吉山隆 さんのブログ

どんなものでも書ける人はすごいと思う

日頃貶しがちなんだけれど、何だかんだ言って、面白かったなと思うものがいっぱいある。
プロ志望だから? 当たり前? まあ、そういうことかもしれない。
でも私は読んでいて、胸の奥がざくざく削られる。面白く案じる一方で私はものすごくあせていたから。
 
出入りしません! なんて書きましたが、そういう物を見たくなると書きたくはなります。不出来でも。
でも、書けないのは正直きついです。ハードルを下げろ下げろといっていたのはそういう背景だからです。

書けない関連にまつわるお話

 書きたい。何か書きたい。でも何も書けない。ぐずぐずしているとまた一年が終わってしまうのに一字も進まない。好い加減、何か一つでも書かないと、また何もせず一年を過ごすことになってしまうのにちっとも書けない。
 昨年もとうとう何も書けなかったから、置いてきぼりを食らっているような気がする。どうにかして何かを書かなくちゃいけない。一年はすぐに終わってしまう。過ぎてしまった時間は巻き戻らない。
 机の上に置いた時計を見れば、二〇〇八年一月十三日、午後一時一八分五六秒、五七秒、五八秒……ああ、一九分になってしまった。急がなくちゃ、今から何かキーを打たないと。僕は慌ててディスプレイに目を戻した。

WSの変遷と改訂。昔の作品を使って文章面や設定の再構築を図ってみよう

はじめに

ここはファイル添付をして、公開しながら設定面の大幅な修正や文章面の大幅な変更を試みてみようというページです。
今回使用するファイルは発掘した五年前のものですが、多くの面において五年前よりも劣っています。技術的なものは今の方が上でしょうが、こと、妄想を書き連ねていたのは大昔の方が上だったというわけです。尚、添付ファイルは壮絶に読みにくく、評価にも値しないものであるため、私吉山が評価をお願いするのは、版を変えた方のものであると最初に記しておきます。

めも:ものはだいじに

ずっと放り出していた小さなノートが二冊出てきた。中にあったのはどっちも黒歴史だ。
僕がそれを書いたのは中学生くらいの時だった。その当時流行ったゲームとかアニメの設定をちゃんぽんにして放り込んであるような代物だった。とても他所の人には見せられたものじゃない。だから、当時、僕がこのノートを書き纏めているときはもう一つ別の話も書いていた。もっとも、もう一品の方も他人には見せにくい。けど、ちゃんぽん設定よりは少しだけはマシだから話しやすい気もする。

めも:おもしろいとつまらない

  • http://www.cre.ne.jp/writing/IRC/write-ex1/2010/01/20100107.html#200000

あまりにも長いので要約します。

  • 書くときは「面白かった」という評価を求めてはならない
  • 「面白かった」という理由を尋ねても、「面白かった理由」には行き着かず、作品の良い点に行き着く
  • 「面白かった」というのは作品の特徴であるので、著者の力量や地位と関係するとは限らない
  • 書くときは「つまらなかった」という評価を得てもめげない

中間報告、読み手がいなかった分かりやすいわけ

作文は何のためにありますか?
――ということを百回から二百回ほど考えてきましたので落とします。論考でも雑記でもありませんのでその他に放り投げます。こういうお話はDrupal.cre.jpに落とすべきではないのでしょうが、折角取ったアカウントがずっと放置されているのもどこか寂しいものがあります。使いもしないノートをくださいといったくせに、ちっとも使っていないような申し訳なさを覚えるわけです。
さてさて、大半の方は読ませたいから書いているんでしょうが、どうやら私の場合は違っていました。何が違うのかといいますと、私は読ませたいから書くのではなく書きたいから書くのであり、その書きたい理由は妄想遊びをただ文章で行っているだけに過ぎません。砂場で何か作るでも、落書きを描くでも何でも構いません。とどのつまり、私はそういうものでやってきたわけです。そういうわけなので「俺のほうが**さんよりもうまいよ」というのは「何、寝言いってんだい?」という内側の反発で時折潰します。それでも、気に入ったものが何か欲しいからせっせと読み直してはどこが悪いかなと悪いところを粗探ししたりするんでしょう。大抵はおかしいと感じています。どこか違和感を覚えるのです。ですが、あまりにも漠然としていて何がなんだか分からないというのもまたしょっちゅうです。ちゃんと折った筈の折り紙が歪な形をしているのと同じようなものです。そんな風に、特に理由もないというなんら変哲のない答えに行き着きました。

草稿文その1

れっつ一時間晒し。草稿書き散らし版。

 昔のアウデラートの大海原はもっと暖かかったな。
 エーケンタールは冷えた潮風を浴びながら思い起こした。残念ながら、かつてのアウデラートの大海原の名残はひとかけらも残っていなかった。鮮やかな青い空もなければ、燦然と輝く太陽の姿もない。ただただ分厚い雲が空を覆っている。見上げている間にどれだけ雪と光の粒が頬を撫でただろうか。
 降りしきる様子を伺えば、止んでいるようでも、止みそうにもなかった。

見せ方の問題

よく駆け出しのころに書いたような代物とかは頭の方にどかんと説明というか事前情報が詰め込まれていて、後は流れだけ流してあるだけのお話だったりする。こうなると読む気が薄れるというか、もう読んでいる気にもならない。ちょっとだけ進歩して一段階上になると、どかんと固められた説明は全体にばらけて流れの中に挿入される。うるさいけど、まあ、読めなくはない。しかしちょこちょこうっとうしい説明でテンポが悪い。さらに改良をくわえてもう一段階進歩されば、やっと不要な独自情報の説明は薄れてシーンだけで表現されていく。ああ、いい感じ。苦痛なく読める。イメージしやすい。色々分かる。
――なのだろうけど、どうにもうまく上の段階にいけない。さすがにシナリオ形式みたいな冒頭説明どっかんはやらないけれど、都度の説明は多いので必死にぼかそうと努めている。テンポが悪い云々より「何でこんなことまで説明してるの?」と思うわけで、徹底的に除去しているわけだ。ところが、説明を除去していくと今度は必要な説明まで除去しかねない。たとえば、次の要素が含まれたお話を書こうとしたら相当厄介だろうなあと。

自己課題:三人会話

課題:三人の会話を行い明確に人物を描き分けなさい
結果:以下はsiabisさんことyosiyamaさんによる試行錯誤の回答です

 あまりにも難しい内容を頭に入れようとすると肩がこって仕方がない、とかどこかで聞いた覚えがある。
 たぶん、目前で顔をしかめている斉藤くんの肩は血行不良を起こしているんだろう。
 彼は手に取っていた本を脇に置いた。ああ、堆い塔と化している魔道書の群れがまた一冊分高くなった。
「お前らよくこんなもの読めるな……」

書き散らしている人の紹介

何か用意しないとダメかなーというわけで遅くなりながらも提出。

使用アカウント:siabis / yosiyama / yosi_***
使用している名:吉山 / 吉山隆
生息している場:siabis.jp
以下、長い紹介:

文士、書き手、編者――とは呼べない人。千葉県に生息しているらしいが詳細は不明。もしかしたら別の地域を生業としているのかもしれない。百合とBLとノンケの違いが分からず、時折、すべてごったにして「全部一緒じゃないのー?」とかのたまう。あらゆる物事の「境界」や「距離」などが曖昧であるとされており、たいていの場合、何かしらの事象を等位平面であるかのように捉えたりするようである。思考回路が「公平」というよりも「平等」なようであり、多々水をぶっ掛けに行く姿が見られる――のかもしれない人。

ショートショート:トーストのようなもの

「これは何でしょうか?」
「トースト」
「『トースト』だったものではありませんか? 炭になっている経緯を訊ねてもよろしいでしょうか?」
「あーひどーい。ちょっと焦げただけジャン」
「真っ黒な『トースト』を見たことがある方の方が珍しいですよ。墨にでも浸したのですか?」
「墨じゃない。黒砂糖をたっぷり」
「常識的に考えて食べられません」
「たぶんおいしいと思うよ?」
「何で訊くんですか――味見もしてないってことですか」

コンテンツのシンジケート


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