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 <title>Drupal.cre.jp - 何故「優しいドラマ」が私は嫌いなのか１．５ - Comments</title>
 <link>http://drupal.cre.jp/node/2155</link>
 <description>Comments for &quot;何故「優しいドラマ」が私は嫌いなのか１．５&quot;</description>
 <language>ja</language>
<item>
 <title>思考のフィールドが離れ過ぎちゃった人間同士だと・・・</title>
 <link>http://drupal.cre.jp/node/2155#comment-467</link>
 <description>&lt;p&gt;わかってもらうのが難しいですね。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「優しいドラマ」が嫌い。同意する者として声援送っちゃいます。&lt;br /&gt;
で、２回目でも、どうもやはり「優しい」という言葉の意味が多&lt;br /&gt;
くのみなさんに伝わってないような・・・。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;それとなんというか、「優しいドラマ」というのはつまるところ、&lt;br /&gt;
“厨二病”“ご都合主義”的安易な作劇手法を肯定しまくったド&lt;br /&gt;
ラマはイクナイ！ということと自分は理解してるんですが、そう&lt;br /&gt;
いう指摘をされて少なからぬそういうドラマが嫌いではない方々&lt;br /&gt;
が我が身に思い当たるところあって些か鼻白んでらっしゃるんで&lt;br /&gt;
はないかと思われます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;主人公の平凡な少年が道端で美少女とぶつかるのだって、じつは&lt;br /&gt;
この時これこれこういう二人がぶつからざるをえない理由があった&lt;br /&gt;
のだ、という理詰めの話が背景に用意されていれば、「優しいド&lt;br /&gt;
ラマ」度は多かれ少なかれ低まり薄まるわけですよね。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;ちゃうかしら？&lt;br class=&quot;clear&quot; /&gt;&lt;/p&gt;
</description>
 <pubDate>Wed, 11 Mar 2009 01:12:19 +0900</pubDate>
 <dc:creator>超時空漁船</dc:creator>
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 <title>(int)10000*2^0.5</title>
 <link>http://drupal.cre.jp/node/2155#comment-363</link>
 <description>&lt;p&gt;最近ログ読みもして無いので、かなり外してるはずです。先に謝っておきます、ごめんなさい。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;123456 でも 666666 でも 141421 でも確率は同じです。123456 より 141421 のほうがぱっと見たところ、綺麗ではないですが、ある意味では、123456 よりも美しいと言えます。123456 でも 141421 でも、それに意味を与える主体がいるから、綺麗だと思われるのです。逆に、物語は、そのように意味を与えてくれる主体がいることを前提に、特定の意味が与えられるような世界を提供するのだと思うんです。&lt;br /&gt;
美しかろうが、醜かろうが、優しかろうが、厳しかろうが、物語は、サイコロが特殊な目にそろった世界といえると思うんですよ。つまり、ほぼすべて、特殊な世界であり、その特殊な状況は意図的に作られた世界なんじゃないんでしょうか。不条理であれ、ヒューマニズムであれ、ほぼすべての物語と称されるものは、綺麗な出目なのだと思います。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;お話、物語、ドラマはほぼすべて、「綺麗にそろう瞬間」でしかないと思うので、優しい＝綺麗な出目というのはまったく同意できないですし、「優しいドラマ」が低い確率でしかないことを dain さんが強調する理由についてはさっぱり分からないのですが、「優しい物語とは民衆の麻薬である」とかのはなんとなく分かります。&lt;br /&gt;
ただ、この文章って、「優しい物語とは民衆の麻薬である」に同意してもらおうという意図で書かれているものじゃないんですよね、多分。&lt;br class=&quot;clear&quot; /&gt;&lt;/p&gt;
</description>
 <pubDate>Wed, 01 Oct 2008 03:03:49 +0900</pubDate>
 <dc:creator>noraneco</dc:creator>
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</item>
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 <title>意外な展開</title>
 <link>http://drupal.cre.jp/node/2155#comment-361</link>
 <description>&lt;p&gt;　意外な展開で。予想外の大ネタが出されたのにビックリ。&lt;br /&gt;
　「ちょっと、一般論化がすぎるような気がします。」て初歩者さんの意見にアタシも同感。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　「とりあえずそのへんを今回は補遺できれば」とあるけど。補論の方が&lt;a href=&quot;http://drupal.cre.jp/node/2145&quot; title=&quot;reference on 前の論&quot; target=&quot;_self&quot;&gt;前の論&lt;/a&gt;より大ネタになってて、バランス良くない感じ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　論考文の類では、補論の方が本論より大ネタなこともありますけど。&lt;br /&gt;
　バランスが良くないのは、一般論化がすぎるのもあると思うし、無理が大きくなってるせいもある。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　dainさんの定義する「優しい物語」が何かは、大分、わかったと思います。かえってアタシにとっても違和感増えたけど、そのお話は置いておきましょう。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　dainさんの定義する「優しい物語」については、前進はあったわけですけど。&lt;br /&gt;
　論旨の軸が「物語のタイプ（作品群）」の話題なのか、「作者の意図」の話なのか、「受け手（読者など）が求めるもの」の話なのか、あるいは「消費市場の風潮」といった、もっと別な論題なのか、掴みどころがなくなった感じです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　アタシなりに挙げてみた論題の例、多分、筆者の脳内では、一連の関連した話題なんだろうな、とは想像します。&lt;br /&gt;
　読者にとっては、どこにピントをあわせた論なのか、判断しがたくて困る。前の論でも、話題の焦点、少々曖昧だったんですけど。今回の論は、論旨のピントが、より散漫になってると思います。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　論の進め方が性急すぎるのだと思います。&lt;br class=&quot;clear&quot; /&gt;&lt;/p&gt;
</description>
 <pubDate>Wed, 24 Sep 2008 10:33:32 +0900</pubDate>
 <dc:creator>鍼原神無〔はりはら・かんな〕</dc:creator>
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<item>
 <title>ちょっと、一般論化がすぎるような気がします。</title>
 <link>http://drupal.cre.jp/node/2155#comment-360</link>
 <description>&lt;p&gt;最初のところの議論から見られる論旨より、あきらかに行き過ぎてるようにみえますね。何より。創作品というものは、すべて。なんらかの手段と目的で順に選ばれているのです。その事自体を否定しても、どうにもならないと思いますね。勿論、選ぶ方針とかには疑問をもっても良いと思いますが。&lt;br class=&quot;clear&quot; /&gt;&lt;/p&gt;
</description>
 <pubDate>Tue, 23 Sep 2008 19:01:03 +0900</pubDate>
 <dc:creator>初歩者</dc:creator>
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</item>
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 <title>何故「優しいドラマ」が私は嫌いなのか１．５</title>
 <link>http://drupal.cre.jp/node/2155</link>
 <description>&lt;p&gt;　さて、やや間が空いてしまいましたが続きをはじめようと思います。&lt;br /&gt;
　最初にお断りを。ほんとーはなんで優しいドラマがいかんのかについてかこうと思ってたんですが、&lt;br /&gt;
前回のを見て優しいドラマとか閉じた世界についてどうも、美味く伝わっていない感がありまして。まずは&lt;br /&gt;
そこをなんとかせいよというご意見をいただきまして。とりあえずそのへんを今回は補遺できればいいなというわけで１．５でございます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　さてさて、「優しいドラマ」とは何か、じゃあ優しくないドラマとはなんなのかということを考えていくと、必然的に&lt;br /&gt;
「ドラマって何よ？」という途方もないめんどくさい疑問がやってきます。もうこれだけで永遠に終わらない議論がはじまっちゃい&lt;br /&gt;
そうなので、ともかく。「ドラマとは何か」、そして「優しいドラマとは何か」ということについて、簡単にですが仮定義をしてみたいと思います、うう。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　たとえばサイコロを振って、その出た目が連続で６回、１だったとする。あるいは、出た目が１２３４５６と順番に並んでいる。どちらも、４６６５６回に１回の可能性ですね。ドラマとはおそらく、こういうものではないかと私は思っています。&lt;br /&gt;
　ようするに人間が生きていく上での無限の可能性（＝サイコロ）を部分的に切り取って、狙い通りの目がでるように操作したもの。その虚構というか仕組まれた構造の世界が、ドラマなんだ、と考えています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　ドラマというのは、たいていにおいて法則性のあるサイコロの並びを求めるようです。何を持って法則性とするかはそのドラマのテーマであって、そのテーマが実現するようにサイコロの目を操作し、結果として一連のものにしたがった美しい形の世界ができあがり、その中で目を操作した意図が伝わる、とまあここまでいけばおそらく誰にとってもドラマといえるんじゃないかな・・・だめ？抽象的すぎる？&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　具体例をだしてみます。中学生の男の子が朝登校していると曲がり角で女の子とぶつかる。彼女はハンカチを落として去っていく、男の子はそれを拾って届ける。という物語があったとして。これはかなりさいころの目が極端に出た（操作された）ドラマではないでしょうか。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　男女が街角でぶつかるさいころの目はそんなに高くないでしょう（僕は一度もその目が出たことがありません、えーん）ハンカチをおとしても女もきづかず、男も声をかけない。で、わざわざ拾ってとどけようとするなんて、この世知辛い世の中でなんと律儀な男の子でしょう。僕ならスルーして学校へ急ぎます。&lt;br /&gt;
　というように、物語は様々な形でサイコロの目を組み合わせ、結果として（男女の出会い）という場面の目的を遂げるようにできています。このようにほんのちょっとの短いシーンですら、こうなのです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　さて、ドラマの仮定義がやたら長くなってしまいましたが、ではその中で優しいドラマとは？これはつまり、サイコロの目の結果が非常に低い確率を&lt;br /&gt;
示しているかどうか、ではないかとほぼ確信しています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　優しい物語、という言葉のせいでどうもいまいち前回この辺が伝わってなかったな、と反省しているのですが。別に優しい物語はハッピーエンドであったり優しい登場人物がでたりする必要はないのです。僕が「優しい」というのはサイコロの出目の結果が非常に特異なものであるという、そのこと自体をさしているつもりでいるのです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　えーどういうことか説明がいりますね。ようするに、サイコロが１２３４５６という並びででるのは非常にまれなことです。たいてい、それまでに異なる目が出てしまい、美しくありません。これが、普通であり現実なのです。が、ドラマは既にいったとおりこのサイコロの目を意図的に変えられますから、１２３４５６が容易に出せる。その、現実にはほっとんど無理だけど物語だから綺麗に並べてあげるよ、という意思が（あるいは無意識であっても）優しいのではないかと思うのです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　前回の最後に、「優しい物語とは民衆の麻薬である」といえるのではないかと書きました。その、麻薬であるというのは実にこの部分です。&lt;br /&gt;
　私たちはだいたい生きていくうちに、１２３４５６なんかまずでないってことを、思い込んでしまいます。それは僕が街角で女の子とぶつからないように、誰にとってもそれぞれ望ましい現実というのは、めったに起こりません。でもだからこそ、１２３４５６が綺麗にそろう瞬間を望みますし、それを意図的に作られた虚構の世界を感じることで、癒されるのでしょう。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　僕が優しい物語に受ける印象というのは、何一つ目のそろうことのない現実の中で、綺麗な出目を味わわせる、その行為が優しくて、癒されて、麻薬のようであると感じるところに起因しています。であるならば、たとえそれが恋人が死んでしまう話であろうとも、優しいことにかわりはないのです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　なんか、やっぱり整理できてないのでえらいひどい文章になっちゃいました。あとでみなおそう。&lt;br /&gt;
　さて、いよいよ次こそひたすらサイコロの並びの美しい優しい物語がなんでいかんのか、に入りたいと思います。出来るのか？出来るのか自分&lt;br class=&quot;clear&quot; /&gt;&lt;/p&gt;

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 <pubDate>Mon, 22 Sep 2008 16:05:39 +0900</pubDate>
 <dc:creator>dain</dc:creator>
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