『フェイト/ゼロ3 散りゆく者たち』虚淵玄(ニトロプラス) 蛙の子は蛙、凛の親父はやっぱり迂闊

フェイト/ゼロ3 散りゆく者たち虚淵玄ニトロプラス) 蛙の子は蛙、凛の親父はやっぱり迂闊

 本編の10年前。前の聖杯戦争を描いたこの物語もいよいよ佳境に。

 この巻ではまずキャスターが普通にというか、しごく真っ当に退場。
 続いてランサーがみじめに、そして無念に退場している。

 その最後は実に対照的だ。己の欲望のまま放埒に悪事のかぎりをつくしたキャスターは最後に救いを得て消えた。
 主に仕え忠誠と騎士道を守ったランサーは悲嘆と絶望の中、呪詛をもらして消えた。
 なぜここまで差がついたかについてはいろいろあるだろうが、私としては次の聖杯戦争のマスターへひとつの助言をしたい。

 アイルランド系の英霊って、すごく悲劇的な最期が似合いそうなので、召還したら負けだと思え、と。

 さて、この巻で退場はしなかったものの、バーサーカーのマスター間桐雁夜と、アーチャーのマスター遠坂時臣の対決もある。

 さらに時臣の独白によりこの親父が決して悪人でもなければ無情でもなく、人間味もあれば情愛の心も持つ人物であることが明らかになる。
 ただ遠坂時臣という人物は致命的なまでに粗忽というか、迂闊というか。
 凛の親父らしくここぞというところで、致命的な失敗や選択ミスをする人だと判明したのだ。

 思えば――

 聖杯を作った始まりの三家って、もしかしたらグループワークには最悪の面子ではないだろうか。

 蟲じじいが、そして雁夜がそうであるように、目的を見失って暴走する間桐(マキリ)の家。
 聖杯によってなす理想よりもいかにそれを現出せしめるかという手段にのみ傾注してしまうアインツベルン。
 ここに、いざという時に致命的な失敗をする遠坂が加わっていたのだ。
 なんか、どんな簡単なミッションも、この三家でやれば失敗しそうである。

 してみると、聖杯戦争とは、そもそもの始まりから失敗を運命づけられた戦いであったのかもしれない。

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