佐藤さんシリーズ:「カレーへの道」
いよいよ夏も終わりを迎えてきた。セミの命を燃やした叫びは弱くなり、コオロギが台頭しつつあった。
楽しかった夏休みも終わり、そろそろ現実に目を向けなければいけない頃なんだが……。
俺がいま目を背けているのは現実ではなくタマネギだった。
「ちくしょう……ぐすっ」
染みる、染みるぞー。
興味しんしんと横から覗いていた佐藤も、タマネギの被害にあってぐすぐすしている。
「なあ佐藤、そんなに凝視してなくったっていいんだぞ」
しかし佐藤はぶんぶか首を横に振ると俺の隣でタマネギを凝視する作業に戻った。本人が真面目なのでこう言っちゃ悪いが、アホの子がいる。
それとも、俺が料理するのがそんなにも珍しいっていうのか。これでも一応、一人暮らしをしてるんだが。
熱した鍋に油を多めにしいて、みじん切りにしたタマネギをじうじう。
焦げないように適当に炒めたら適当に切った野菜を放り込んで、めんどいから肉も投入。本当は別々のほうがいいんだぞ。
火が入ったら水を入れてキューブのコンソメをひとかけ入れて煮る。適当なところで調味料を入れて、ルウを投入。また煮る。
適当なところで火を止めて、できあがりだ。
まったく分量を計ってないところがいかにも男の料理って感じだが、さて今回はうまくできてるだろうか……。
三十分も煮込んだ後、テーブルの前にはカレーライスが湯気を立てていた。
ちなみに福神漬けがなかったので沢庵で代用。
俺と佐藤の声がハモる。
『いただきます』
とはいえ自分の作った料理を人が食べるのはやっぱり気になるもんだ。俺は自分で食べるよりも先に、佐藤の反応を見てしまう。はっきり言って、緊張するぞこれは。
最初の一口を食べた佐藤の顔が、驚いた顔に変わった。
「ど、どうだ?」
「おいしい……」
一言だけ口にすると、佐藤はまたカレーを口に運ぶ作業に没頭した。その様子を見て、俺は成功を確信した。
おお、確かにうまい! これだけうまくできたのは人生史上初かもしれないってくらいだ。
自画自賛になるかもしれないが、俺は自分の作ったカレーに満足していた。いや、自分で作ったからうまいのかもしれないけど。
カレーの成功に気をよくした俺は洗い物もこなし、最後の食器をゆすぎ終えた。
いつも佐藤にしてもらってばかりじゃ、やっぱ悪いしな。……とその当人を見てみると、なにやら真剣な顔で何かを見ている。
それは俺が先ほど作ったカレーに使ったルウの箱だった。裏にはルウの原材料と簡単なカレーの作り方が書いてある。
「お、カレーの作り方か」
俺が聞いてみると、佐藤は箱から目を離さずに、こくりと頷いた。
「今度はお前が作ってくれるのか?」
「……うん、がんばる」
冗談で聞いたつもりだったのに、佐藤は意外にも真剣な様子だった。
「そっか、楽しみにしてるぜ」
たまには自分で作るのもいいが、やっぱり俺は食べるほうが慣れてる。俺は佐藤の頭をわしわしと撫でた。さらさらな髪が手に心地いい。
「がんばる」
そして次の日から三日間、佐藤は大学を休んだ。
思えば大学に入ってからというもの、ほとんど毎日といっていいくらい佐藤と顔をあわせてたわけなのだから、こういうのも珍しい。
ふと、あいつの家にでも連絡を入れてみようかと思ったが、それはやりすぎなんじゃないか。思いとどまった。
そもそも俺と佐藤の関係なんてはたから見れば、ただの大学のクラスメイトなんだし。うん。
佐藤のことだ、そのうちひょっこりと顔を出すだろう。多分。
ヒマつぶしに、新聞なんかを買ってしまった。……読むのか?
そんな気もそぞろな大学からの帰り道で、ばったりと佐藤と会った。手にはスーパーの買い物袋。
いつもの通りだった。だけどなんだか随分と久しぶりに思える、不思議な感じだ。
「……」
「……」
いかん。何黙ってるんだ、俺は。
「えーっと、その。買い物か?」
買い物袋を覗くと、そこにはタマネギやニンジン、ジャガイモなどの野菜。肉が入っていた。シチュー・カレー用の牛肉。
「カレー作る」
「そっか……。じゃあ、行くか」
どこへとは言わない。
アパートに戻った俺は、佐藤がカレーを作っている間、新聞を読んでいた。
けどやっぱあれだな、普段読み慣れないもんだからあまり面白くもないが……っと?
俺はふと、ひとつの見出しに目を留めた。
――食品会社に侵入者相次ぐ、産業スパイか。
記事によるとこうである。
××日未明、○○食品会社をはじめとする数社の食品会社の工場に侵入者が入り、深夜に工場を作動させるという事件が起こった。
いずれの侵入事件の共通点は、すべてカレールウを製造している工場だという。この一連の流れを見て、他社の製造ノウハウを奪おうとする産業スパイではないか、との見解が強まっている。
なお、犯人はいまだ捕まっていない。今後は各社とも警備を強化し、警戒態勢に入る予定だという。
「こんな事件もあるんだな……」
ざっと目を通して新聞を畳んだ俺の目に最初に付いたのは、佐藤が持っていたカレールウだった。
不思議なことに、佐藤の買い物袋ではなくバッグから出てきたそれは、銀のビニルに包まれているだけのシンプルな包装だった。
ラベルも書いていない。
「ふうん、……見たことないやつだな」
もしかしたら佐藤はこの珍しいカレールウを探すのに三日も大学を休んだ……というのは、まあ。考えすぎだよな。
なんにせよ、カレーには期待できそうだ。
俺の後ろでは、佐藤がリズミカルな音を立ててタマネギを刻んでいる。
……のはいいんだが、ガスマスクはやりすぎだろう。お前。
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