奥様は最強07(1/2) 幕間劇『メイドさん真昼の決闘(前編)』
若君の午後のお茶のお時間が終わり、洗い物をしていたときのこと。
「いや、まいった……」
そう呟きながら、若君のお部屋のすぐ近くに用意された給湯室に入ってきたのは、京子さんだった。
普段は人前で愚痴などこぼさない人なのに、よほどのことがあったのか。
「どうなさいましたか?」
「うむ……」
いつものように尋ねてみたのだけれども、
「まあ、そうだな、うん」
などと、言いよどんだ。
よほど言いにくいことなのだろうか。
「いやはや……」
などと呟いてはいるものの、私にすぐに話すつもりはないらしい。
まあ、それでいいと思う。
京子さんには京子さんの、私には私の、それぞれの仕事や悩みがある。
「京子さん。そんなしかめっ面で考え事をしていると、お顔にしわが出来ちゃいますよ?」
「な!?」
「お肌の曲がり角が来ちゃったら、若君に嫌われちゃいますよ?」
「ななな!?」
若君、という言葉はホントに京子さんに効果大。顔を真っ赤にしてあたふたし始めた。
「そ、そそそ、そうだろうか……?」
「うふふ。ほら、レモンティはいかがですか? ビタミンはお肌によいのですよ?」
思わず笑みを浮かべながら、京子さんにお茶を勧めてみる。レモンがお肌にいいのは、レモンパックだと思うけど、要は、リラックスするお茶を飲んでもらうきっかけになれば、どんな理由でもいいのだ。
「ん……なら、せっかくだから……」
そう言って、京子さんは近くの椅子に腰掛けた。
「ちょうど私もお茶をいただこうと思っていたところなので、すぐにご用意できますよ」
給湯室に、お茶の良い香りが立ちこめている。
イーウィーニャさんの一言からはじまった、傭兵事業が意外と上手くいき、はやくもお城に現金収入が入り始めたおかげで、メイドの私にもお茶を楽しむ余裕が出来た。
具体的にどれくらいの収入になっているのかは、ラプンツェル姫が一切を取り仕切っているのでよくわからないけれども──姫の張り切りようは、尋常ではなかった。あのとき、お風呂で少し姫君をからかいすぎただろうか……いや、いいのだ。私だって、その、なんというか、もう少し、若様に、もうちょっとでいいから……
「と。そろそろいい頃合いです」
取り留めもないことに頭が働き始めたのを、切り替える。
ティーポットの中のお茶の葉は、そろそろいい具合に開ききっただろう。
あとはちゃんと温めたカップに注いで、レモンの薄切りを浮かべれば、できあがり。
「さあ、どうぞ」
一口飲むと、身体の中にお茶とレモンの香りが広がっていく。
京子さんも香りを充分に楽しんでから、ほぅっと息をついた。
「ああ……うん、たまには洋式の茶も、いいな」
「そうでしょう? そういえば、姫君はお抹茶がお気に入りなんですよ。ミルクとお砂糖をたっぷり」
「なに!? 抹茶に砂糖は入れないだろう!?」
「意外と合うんですよ」
「いや、それはない、ありえない」
「今度は京子さんにも淹れて差し上げますね」
「いや、それは遠慮する」
「若君もお好きなんですよ」
「若殿も!? む……ま、まあ、一度くらいは……試してみよう」
「ふふふ」
わかりやすい。なんて京子さんはわかりやすいんだろう。
さて。
空気もお茶の香りでほぐれたことだし。
先ほどのこと、聞いてみよう。
「ずいぶんと考え込んでいたようですけれど、何かありました?」
「む……ああ、傭兵団のことでな……」
京子さんも、お茶で少し気が和らいだのか、今度は話してくれた。
「あら。なにも問題はないと聞いていましたけれど?」
「いや、傭兵団自体は、全く問題ない」
「ならそんなに考え込まなくても」
「傭兵団に、入らないと言っている捕虜が、いてな」
「あらぁ」
私は、食いぶちが増えるだけの捕虜は解放して、お国に帰ってもらったらいいと思うのだけれども、それは若君と京子さんが、反対していた。じゃあどうしよう、ということで考えた結果が、持って帰れずに戦場に置いていかれた戦闘機械を使って、傭兵をやってもらう、という方法。
捕虜の人たちの説得は、京子さんの担当だったのだ。
「単によりよい条件をこちらから引き出そうとしている者もいるのだが、まあ、その者たちは、若殿が直接お話をしてくださることになったからな」
「なら、それで大丈夫なのでは?」
若君は、そういった交渉事を得意としておられるのだから。
「しかし、ひとり、やっかいなのがいてな……」
「やっかい?」
「腹を切らせろといって聞かんのだ」
「ええー!? それじゃあまるで京子さんじゃないですか!」
「……待て。いくら私でも捕虜になったからといってすぐに腹を切るわけは」
「ないですか?」
「……ない」
私は、京子さんがもし捕虜になったら、状況次第では本当に自害してしまうんじゃないか、と思う。その状況とは、心の支えとなっている方が既に……つまり……
ううん。そんなことを考えてはだめだ。そんなことには絶対させない。私の二つ名(スーパーホーネット)に懸けて。
「でも、その捕虜の人、なんでそんなに頑固に?」
「うむ。その理由なのだが……」
そこで、京子さんはまた、言いよどんだ。
お茶だけじゃ足りなかったかしら。仕方ない、大事に大事にとって置いたお菓子を……
そう思って立ち上がろうとしたとき、私の足下の方を見ていた京子さんが、こう言った。
「あの戦いで、自分の戦闘機械が撃墜されたのは、フロック(まぐれ)だと言ってな。その汚名をそそぐ機会なしに、傭兵などできん、と。こういうわけだ」
「ええと、つまり、自分を撃墜した相手と、もう一度戦わせろと、言ってるんですか?」
よかった。秘蔵のお菓子は出さずにすんだ。
でも、もう一度戦わせろ、なんて。わざわざまた戦うなんて、軍人さんの考えることは、いまいちわからない。
「そうだ。それで、困っているのだ。どうしたらいいと思う?」
うーん。
なんで軍人さんは、こうも戦いたがるのだろう。やっぱり、お茶が足りないんだろうか?
「そうですねえ……お茶でも飲んで落ち着いてもらうか、それでもだめなら……」
「それでもだめなら?」
「訓練戦闘でよければ、もう一度戦わせてあげればいいんじゃないでしょうか」
「ふむ……やはり、ライナもそう思うか?」
「それで気が済むんなら、いいんじゃないでしょうか?」
と。
私がそう言ったときに。
京子さんは、笑った。
間違いない。
にまーっと、笑った。
「そうか、そう思うか、うむ。それはありがたい。実はその捕虜を撃墜したのは、状況からしてF/A-18E……つまり、ライナ。あなたが撃墜した相手なのだ。いや、ライナがそう言ってくれるのなら、事は片付くのだ。本当にありがたい。では私は段取りをしておくからな。ライナも仕度を頼むぞ。では」
私が、え、あの、とかいうヒマもなく、京子さんは一息にそう言って、私の肩をぽんぽんと叩いて、笑顔で給湯室を出て行ってしまった。
さすがは若殿だ、おっしゃるとおりに話をしたら、ライナはあっさりこちらの思うとおりのことを答えた、いや、さすがは若殿だ、とか、言いながら。
しまった。嵌められた。
わざわざ給湯室に来たのは、そのためだったのか。
つづく。
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