奥様は最強08『睦言編:ラプンツェル姫君の場合』
子供の頃の私は、お気に入りの人形を抱いて寝ていた。
お母様やお父様と一緒に寝ることはない。
広い寝室で私ひとり。広いベッドで私ひとり。
さびしくはないけれど、どこか物足りない。
だから私は、お気に入りの人形を抱いて寝ていた。
今の私に、人形は必要ない。必要ないというか、あると困る。
狭い寝室で私とあの人。狭いベッドで私とあの人。
とてもではないが、人形の入る余地はない。
というか――これはいくらなんでも狭すぎではないだろうか。
私と夫が夜ごともぐりこむベッドは長さは2mを切り、幅は1mに満たない。これは私ひとりで使っていたベッドの四分の一の面積でしかない。ふたりで寝ると、互いにどこががくっついてしまう。
私がこのベッドを共有する相手にそれを伝えると、こういう答えが返ってきた。
「僕はうれしいけどね。ラプンツェルとくっついて一緒に眠るのは。それともラプンツェルは嫌なのかい?」
だから私は断固とした態度と口調で宣告したのだ。
私の方がもっとうれしいし、幸せであるから、このベッドはこれでいいと。
しかし、この問題はこれで良いとしても、私の新しい家にはいろいろと謎というか、腑に落ちない点がある。
まず、城主の部屋がやたらと狭い。たとえばベッドのある寝室にはサイドテーブルがあるが、これは壁に収納された板を留め具を外して倒して広げるというもので、ベッドを椅子代わりにして使うものだ。椅子を置くスペースなどどこにもありはしない。
よくよく部屋を調べてみたところ、どうやら元々はベッドもテーブル同様に壁に収納型であったのが、長い年月で壊れたため今のベッドが持ち込まれたようだった。
「……あら、このベッドは持ち込んだのではなくて、部品に分けて中で組み立てたのですね。ドアが小さくてこんなベッドすら入らないなんて」
寝室の分厚くて丈夫な扉は、最初こそ襲撃を警戒してのものかとも考えたが、明らかに小さすぎる。
あれこれ調べていると私は、かつてベッドが収納されていた壁についた古いパネルに気が付いた。
「太陽系連邦所属、航宙自衛隊、外宇宙護衛艦ヤマト? この城の名前ですわね。そういえばタケルもこの城には昔の宇宙戦艦の備品があちこちで使われていると言ってましたわ」
たとえば、私のF-22ラプターも置かれている格納庫は宇宙戦艦の搭載機格納庫だ。戦闘機兵を100機収容可能で、大きさだけなら私の実家にはもっと大きいのがある。しかし、整備のために格納庫内に設置された機材はこちらの方が圧倒的に多い。先のロンハンとの戦いでもこの整備用機材があればこそ、少ない機兵を有効に活用して城を守り抜くことができたのだ。
「つまりこの部屋、いえ、城のこの部分は丸ごと宇宙戦艦の居住区か何かなのですわね」
その夜、私は夫に自分の推測を語った。
タケルは私の髪をブラシで梳きながらうなずいた。
「君の考えた通りだよ。この寝室がある塔は、居住区を取り外して設置してあるんだ。城全域の電力供給にも、宇宙戦艦の補助エンジンを使っているんだ。無尽蔵というわけじゃないが、ヤマト城ぐらいなら10や20は余裕で維持できる」
「電気が豊富なわけですわね。王都でも一般のエリアには1日に8時間ほどしか電気は供給できませんのに、ここはどこでもふんだんに電気を使っていますから」
「料理も暖房も、ここでは全部電気だ。電気以外の燃料は乏しい国だから、ありがたい話だよ」
タケルが優しい手つきで私の髪を梳く。こうしていると、この狭い寝室というのはとても居心地がいい。何しろ二人でいっぱいいっぱい。私と夫の他には誰も入る余地がありはしないのだ。
ちなみに、二人の間には暗黙の了解がある。ブラッシングの後で私の髪を包むかどうかで、寝るまでの作業手順がちょっと違ってくるのだ。包めばキスをしてお休みなさい。包まなかった場合は、キスをして……ええと、まあ……その先は内緒だ。
「何か、悩み事でもあるんですの? それならば相談に乗りますわ」
しばらくの後、私は夫の顔をのぞきこんで言った。
「ばれちゃったか。隠してるつもりだったんだけど」
「だって今日はいつもより、その。乱暴……でしたし」
「あ、ごめん。痛かった? 本気でいやがってるわけじゃないと思ったから、つい」
「い、いえ。乱暴は言い過ぎでしたわね。情熱的で、その、こういうのも――な、何を言わせるんですか! ごまかそうとしてもダメですわよっ!」
私は枕で夫の顔を殴った。カウンターで良い具合に決まったらしく、夫の身体がベッドから転がり落ちる。鈍い音が響いた。
「タケル、大丈夫?」
「あたたた……うん、大丈夫。ほら、壁も床も硬いけれど衝撃を吸収する素材が貼ってあるから、よほど強く打ちつけないと怪我はしないよ。宇宙戦艦は戦闘機動をしたり敵の攻撃を受けるとものすごく揺れたらしい。慣性制御で吸収しきれない衝撃で、艦は無事なのに乗員が全員死亡したという例もあったそうだ」
「ふうん。この城にはいろいろと不思議な技術がたくさん使われていますのね。ロンハンがこの城を攻めたのは、領土目的ではなくてこの城なのかしら?」
「それは違うよ、ラプンツェル。これらの技術は今の世界ではあれば便利という程度のものでしかない。確かにこの城の地下にある宇宙戦艦本体にはさまざまな超技術が使われているけど、僕たちの手には負えない高度なものだ。ましてや技術の継承では劣るロンハンでは今のままを維持することすらかなわないだろう。けど……」
起きあがったタケルはベッドに腰をすえると、ころんと倒れた。ちょうど頭の位置が私のふとももの上にくるように。こう見えて意外と甘えん坊なのだ、私のご主人様は。
「この一年間、ロンハンの動きがおかしいんだ」
「一年前というと、あなたのお義父様が戦死なさった時のことかしら?」
「うん。あの戦いでは父と、父の宿将の全員が戦死している。僕の父は30年以上戦場に立ち続けた老練な戦士だ。革命後の粛正で軍ががたがたになった今のロンハンに大敗をするはずがない」
「でも、それはあなたにとっての謎であって悩みではないのでしょう?」
「うん。むしろ僕の悩みになっているのは、今回の戦いの勝利なんだ。父を倒した手際からすると、今回のロンハンの戦いには不可解なことが多すぎる」
タケルの瞳に、怜悧な色が浮かぶ。
私の背筋に、痺れににた甘いものが走る。そうだ、この瞳だ。私が父の反対を押し切ってタケルの妻になったのは、彼のこの瞳に魅せられたからだ。私の周囲にいた男達の野望や野心とは根本的に違う――渇望の色。タケルにとっては地位も名誉も、目標へ向かう手段でしかない。権力闘争など、タケルにとっては無価値。彼が欲しいのはこの世界そのものにつながる何か。
「此度に侵攻してきたロンハンは、父が戦死する前と同じ弱点を持つ軍勢だった。戦力こそ大きいが鈍重で動きを予測しやすい、戦いやすい相手だった。にも関わらず、僕は予測を間違った」
「間違った? あなたの作戦は図にあたり、ロンハンは敗退したではありませんか」
「違う。僕はその後にこそ本当の戦いがあると思っていた。追撃戦で、父と大鷲のじいを殺した敵が出てくると。ふたりのF-4EJとF-15Jを赤子の手をひねるように墜とした謎の機体が来ると思っていたんだ」
「けれど、出てこなかった?」
「ああ。出てこなかった。おかげでその謎の敵は未だに正体不明のままだ。どんな機体で、どんな能力があるのか。さっぱり分からないままだ。これでは、この先どんな策を立てるにしても、その謎の敵を考えに入れなくてはいけない。まったく、しんどい話だよ」
そう言うと、タケルは私の太ももにほおずりをした。
タケルの父、私にとっては義父にあたる人がいかなる戦士であるかを私は知らない。けれど、京子のF-15FXの動きを見れば、大鷲のじいとやらがどの程度の腕前であったかは分かる。間違いなく機体性能をのぞけば神聖合衆国でもトップクラスの戦士だ。
それを逃げ出す暇も与えずに殲滅する敵――おそらくは、私のF-22ラプターと同じ古機兵。
「ロンハンの古機兵というと、Su-37スーパーフランカーですかしら」
「さすがは僕の奥さんだ。僕たちは同じ結論になったようだね」
「当たり前で……もう、太ももを撫でないでください。くすぐったいんですから」
「ごめん、とても気持ち良かったから。でも、Su-37スーパーフランカーとしても、いくつか謎がある。いや、伝説の中だけで語られるSu-50だとしても――それだけでは、説明がつかない」
「何がですか?」
「なぜ、ヤマトなのだろう。ヤマトにはロンハンがほしがるものは何もない。ヤマト全土を占領したところで、旨味はありはしない。単に領土を拡大したいという欲望であるなら、なぜ他の戦線ではスーパーフランカーが出てこない? なぜ、ヤマトにだけなんだ?」
タケルが私の太ももに顔を強く押しつける。ようやく私はタケルの悩みに気づいた。敵を読み切ることで圧倒的な戦力差をくつがえしたタケルにとり、敵の行動原理という根幹部分が読み取れないことは恐怖でしかないだろう。
それではラプンツェル、しっかり考えなさい。私は妻として何をなすべきか。タケルにどう接すればいいかを。
励ます? 慰める?
どちらも、悩める夫に対する妻っぽい行動ではあるのだけれど……
どちらも、私らしくはない。ならば。
「ロンハンにとって特別でないからといって、その正体不明の敵にとってヤマトが特別でないとは限りませんわよ」
「それはどういうことだい」
「ロンハンの革命政府と謎の敵を一緒にして考える必要はないと思います。謎の敵には、謎の敵なりの理由でヤマトを狙う何かがあると考えてもよろしいのでは?」
「……確かにそうだな。うん、いや。もしかしたら父を倒したのはロンハンですらないのかもしれない」
「古機兵は戦場に出れば目立ちすぎるほどの活躍をします。隠蔽は困難ですから、ロンハンが新たな古機兵を保有したならすぐに太平洋同盟にも情報は伝わるはずです」
「しかし、ロンハンとまったく無縁ということもあるまい。父は敗走するロンハン軍を追撃する途中で戦死している」
「それはどうでしょう。あなたがおっしゃったように、ロンハン軍の動きを予測することは難しくありません。その謎の敵がロンハン軍の敗走ルートを読んで、それを囮にお義父様を待ち伏せしたという可能性だってあります」
これでいい。これが私らしい。この形が私たち夫婦にはふさわしい。
励ましは、メイドでも得られよう。慰めは、年上の幼なじみが与えるだろう。
私は、私なりのやり方でこの人を助けよう。この人と共に歩もう。
私と夫は時を忘れて語り合った。
そのため――
「ふあああ……」
「眠そうですね、若様。コーヒーのおかわりはいかがですか」
「あふ……」
「姫様も眠そうですわね。――はっ、まさかっ?!」
「うん。ちょっと夜更かししてしまってね」
「身体にはお気をつけください若殿。ん? ですが、昨夜はかなり早く寝室に入られたはず――はっ、まさかっ?!」
「昨夜遅くまで、窓から明かりがもれていた、ねえー!」
「やはりそういうことなのですね! ああ、なんてことでしょう。えとえと、やはり滋養強壮にいいものを用意するのがメイドの努めですわね。ここはスッポンの生き血のゼリーをおやつに……」
「こら、ライナ。それでは逆効果だろう。コホン、よろしいですかお二人とも。確かにお若いおふたりであればいろいろと滾るものとか迸るものとかあると思います。お世継ぎの問題もありますゆえ、その、そういった事を否定するわけでは私もありません。ですが、物事には節度というものがありまして、やはりその、えと、やりすぎるのはどうかと……」
「ふたりとも何を勘違いしているのですか! いいですか、私たちが夜更かしをしたのは政戦両面での戦略について語り合っていたからです! へんに勘ぐらないでくださいまし!」
「そ、それは失礼いたしました。申し訳ございません」
「ごめんなさいですぅ」
――いろいろと誤解されてしまったのは仕方がない。
「もっとも、夜更かしの原因はそれだけじゃなかったんだけどね」
「それは言っちゃだめですっ!」
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