「鳶色の瞳、カイザンの夢」第二章(2)
前回投稿した「鳶色の瞳、カイザンの夢」第二章(1)の続きです。
「鳶色の瞳、カイザンの夢」第二章(2)
約13ページ(原稿用紙19枚)
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各地に散らばっていた、もと山賊の三人の頭達。三人共、それぞれの家来を連れて、示し合わせたかのようにぞくぞくとヴァンデラ村に戻ってきた。
「どうにも、いけませんや大将」
「なにがだ」
酒を振る舞い、労をねぎらうカイザンは、みずから男達のたまり場に出向いてきている。
自分は酒が飲めないカイザンは、男どもが豪快に酒を酌み交わす姿を見るのが好きだ。なにがだとカイザンに問われたテムは、つがれた酒を、とにかく一気に飲み干した。
「オルゴワタの連中は、巫女さんのことを鬼か悪魔のように忌み嫌ってますんで」
「それはまあ、しかたあるまい。俺らも以前はそうだった」
言ってしまって改めて、本当にそうであったと、カイザンは振り返る。
──この土地を耕してはならぬ。地中より悪魔がいずる。
──この泉の水を飲んではならぬ。知らず知らずのうちに人体が蝕まれる。
──この山に登ってはならぬ。二度と帰ってくることはできぬ。
チチャ族は、イアが預言したと言っては民を脅し、信じない者には預言どおりの現象を起こして制裁を加える。その上で、疫病が流行る、日照りが続く、大水が起こるなどの考え得る限りの厄災を言い立てて、祈祷料としてその地域から、とんでもない率の税をふんだくる。祈祷したのに災害が起きてしまった、というときには、「不心得者がいる」と称して、気に入らない人物にありもしない罪をかぶせて処刑する。
「一説には、チチャの王は頭がおかしかったって話もちらほらで」
「気狂いか。そんな噂はあったにはあったが」
「あの一族はかなり閉鎖的だったから、内情はいまだに闇の中ってのが本当のとこなんですけどね。最後のほうは身内同士で争って、俺らの想像以上に、中味はガタガタだったらしいですぜ」
そう言われればチチャ族は、ヴァンデラ村に対しても、サナス神信仰の強要や人質の要求などをしてきたが、それらは筋のまったく通らない的はずれな要求ばかりで、検討の余地すらないといえた。カイザンが使者を適当に追い返すと、そのたびに報復行為を仕掛けてきたが、そんな戦に付きあわされて、無駄な死者やケガ人を出すことには我慢がならない。そうして立ちあがったヴァンデラ村の村人が、カイザンをせっついて起こしたのが、先だっての戦である。
「まあ、大将にはちょいと言いにくいことですが」
「ん? なんだ、遠慮せずに言え」
「大将のためを思って言うんですから、おこんないでくださいよ。ヴァンデラ族がチチャ族に勝利したのは、けっしてヴァンデラ族が強かったからではなくて、チチャが勝手に自滅しただけだ、ってーのが、オルゴワタ族の読みでして」
「……なんだと」
これはカイザンのプライドを傷つけた。つまり現時点では、カイザンはその程度にしか、オルゴワタ族に評価されていない。いわば侮られているということだ。
「うあうあ、おこんないでくださいって言ったっしょ大将」
「怒ってはおらん! それで?」
「それでって、それだけでさあ。あいつらがそう言ってるのを小耳にはさんだだけのこって、俺が言ったわけじゃ……」
「怒ってはおらんと言ってるだろう。飲め!」
「へ、へえっ、いただきやす!」
あわててカップを差し出したテムだが、眼前に迫るカイザンの顔は、いつも以上に赤く腫れあがっている。
テムの震える手に、あふれた酒が、こぼれ落ちてきた。
「だ、大丈夫ですかい、大将、どうかなさったんで」
と、声をかけたとたん、
パンパンパン!
カイザンが、両手で頬を叩きはじめた。
パンパンパン!
腫れあがった顔面に、一気に熱いものが噴きあがってくる。ただれた皮膚の毛穴のすべてに、内側から、針を一本一本突き刺されるような激しい痛みだ。
パンパンパン! パンパンパン!
──大将はこうなると、症状が治まるまで、どうしようもない。
それがわかっているテム達は、ひたすら顔面を叩きまくるカイザンを前に、酒を飲むわけにもいかず、かといって介添えをするわけにも、ましてや席をはずして小便に立つなどということは、とてもじゃないが思いついてもできるはずもなく、要するになすすべもなく、ぼんやりとカイザンの回復を待つしかなかった。
ようやくカイザンがひと息ついたとき、テムがさらに言いにくそうに口を開いた。
「俺らが留守のあいだ、この村に農民が押し寄せてきたってことですけど」
「遠慮はいらん。はっきり言え」
「あれもどうやら、オルゴワタ族のしわざ、くさいんで」
「あり得ないことではないが、わざわざ他部族の民衆を扇動した、その目的はなんだ」
「こりゃぁ、おいらの勝手な予測なんですがね、たぶん巫女さんの力を試したんじゃないかと」
「イアの力、か」
「へえ、そうで。あいつら、チチャ族の偏狭な性質を恐れてたフシはあんのですが、巫女さんのことは、全然畏れてないというか信じてないというか、とにかく鼻をほじくりながら、チチャが駄目になっていくのを横目で見てたというか……」
だんだん話が込み入ってきたので、テムの歯切れが悪くなってくる。横にいた、ほかの男が口をはさんだ。
「ただ単に、巫女さんのことが気に入らねえだけだと思うけどな」
「そうだ。熱烈なサナス信者であるやつらにとって、巫女さんは邪道極まりない、ただのまやかしものでしかねえんだ。そんなまやかしものにうつつを抜かしてヴァンデラ族と同盟を結んだ部族のことを、今は、からかって面白がってるだけで、やつらはいずれ、本格的に巫女さんつぶしにかかってくる。俺が探りを入れたとこでは、オルゴワタの連中は、そんな冷めた感じだった」
もしこの男達の言うことが本当だったら、オルゴワタとの戦いは、イアの言う通り、まぎれもない聖戦となるだろう。
こうなってくるともう、カイザンには理解できない世界になる。なんといっても生活密着型多神教のヴァンデラ族である。たった一人の神を巡って、なぜここまで話がややこしくなってしまうのか、サナスを唯一神とあがめたて、独占しようとする者の心理が、まったく掴めない。山奥に潜む相手だけに、今まで情報が少なすぎたこともあるが、まずは敵の心理が読めないと、戦い方を見誤る。
しかしオルゴワタとの戦に勝利すれば、この一帯に、しばらくの間でも平和が訪れることは間違いない。そのためには──。
「アガシ! アガーシ!」
月のない、星のきらめく空の下、
「イアを裁く、裁くぞアガシ!」
カイザンの声が根城に響いた。
あたふたと上着をはおりながら廊下を走ってきたアガシは、白髪を振り乱してカイザンの顔に飛びついてきた。
「声が大きゅうござるっ」
例によって、強い語調ではあるが、ひと目をはばかる小声である。
「なぜ急に、そのように心変わりを催された!」
やみくもに歩き続けるカイザンに、猿のようにしがみつく。
「なにもかも、わからなくなった」
「はっ?」
「だから、俺の手で裁く」
「それはいったいどういう理屈で」
「とにかく明日だ。昼までに村人を集めておけ!」
と、心はやらせるカイザンから、山賊達の持って帰ってきた情報を聞き出したアガシは、
「なるほど、坊自身に迷いが生じてしまわれたのでござるな」
物知り顔に、腕を組んだ。ちょっと息が切れている。
ここはアガシの寝所である。興奮したカイザンを、なんとかここに連れこむことに成功した。
「そういうことでござれば、明日というのは性急に過ぎる。裁きはせめて明後日とし、明日のうちに村人代表を五名ほど、村人の手で選出させましょうぞ。なんにせよ独断は禁物でござるぞ、坊」
「村の代表を同席させるのはかまわんが、やるのは明日だ。俺がイアに訊きたいことを訊き、イアが俺に、ヤッパの神の前で答える。それだけのことに、明日一日を無駄にする必要はない」
「しかし」
「ひとつ、おまえに訊きたいことがある」
「なんでござろう」
「おまえはなぜ、イア擁立を唱えた俺の、肩を持った? あの娘をかかえこめば、事態がここまで広がるであろうことを、おまえは俺以上にわかっていたはずだ。俺がイアを連れ帰ってきたときに、つばを飛ばして反対したおまえなのに。いったいなぜだ」
カイザンの問いに、アガシが表情を豹変させた。
「じいは、まだ望みを捨てたわけではござりませぬからな」
──アガシの、野望。
「わしは一刻も早く、一国の王となった立派な坊をお連れして、祖国に錦を飾りたい。坊がなんと言おうとも、これはじいに残された、たった一つの使命でござる。あきらめろと言われても、到底あきらめられるものではござらん」
椅子にかけようとしたアガシは、おのれの乱れた風体に気づき、はだけた胸に、上着を重ねあわせた。
「本当なら、ヴァンデラ族の同士全員に、再びタミカ王国の地を踏ませたかった。あのようなことでコバを死なせてしまったのは、いかにも無念。じい、一世一代の不覚でござる」
それを言われるとカイザンもつらい。
まだ子供だったともいえるカイザンが、アガシに連れられ、祖国タミカ王国から逃走したのが、もうかれこれ十三年前のこと。カイザン十五歳、アガシ三十二歳の冬だった。
カイザンの母親カイラは、タミカ王に見初められ、王の第三夫人として、ヴァンデラ族初の後宮入りを果たした出世頭だ。だがカイラと王との間に生まれたカイザンは、醜い顔を持つ、異様な姿の男児だった。カイザンをひと目見たカイラは、死産を装って、すぐさま首を絞めようとしたが、カイラの失脚を企てていた第二夫人の手の者によって殺人は阻止され、異相のカイザンは予言者によって『不浄なる者』との烙印を押され、僻地の山村に隔離された。
そんな不遇の生涯を送ろうとしていたカイザンを盛り立て、いつか日の目をあててやろうと、カイザンを養育しながら山村で細々と暮らしていたのが、アガシ、ジェイラム、コバをはじめとするヴァンデラ族の貴族の面々である。
タミカ王国国内においてヴァンデラ族は、少数部族でありながら勇敢な者が多く、おもに軍事面で重用されていた。カイザンの母親カイラは、美形の多いヴァンデラ族の女の中でもひときわ容姿が優れ、才知あふれる頭脳を併せ持つためにタミカ王に溺愛されたが、そのぶん冷酷で残虐な面ばかりが増長する、そんな女であったため、ヴァンデラ族の中では、じつは敬遠されていた。
だが醜いカイザンを産んだのちにも王から受ける寵愛はなんら衰えることはなく、すぐに次の男児を出産したカイラは、第一夫人、第二夫人の子供を失脚させ、自分の産んだ第二子であるアルベルトを王位後継者にせんと、着々と身の回りを味方のヴァンデラ族で固めはじめた。
そこでどうしても目障りになってくるのが、自分の腹から生まれ出たにもかかわらず、自分の心の醜さを映しだす鏡となってしまったカイザンと、物好きにもカイザンに忠誠を尽くし、付き従うアガシ達だ。
伝え聞くところによれば、カイザンは異相ながらもたくましい青年へと成長しつつあり、我が身の不遇を嘆くこともなく、近隣の民からも慕われながら不自由なく暮らしているのだという。
──アガシらは、いずれカイザンをダシにして、わたしのことを糾弾してくる。
そんな妄想に取り憑かれたカイラは、カイザンらを暗殺するようにと、取り巻きの男に命を出した。
雪の降る真夜中、その情報を察知したアガシは、カイザンを連れて国を逃れる。
カイラとその取り巻きのやり方に常々不満を抱いていた者達が、アガシのあとを追ってきた。亡命さきとしてジェイラムのつてで、海を渡ったところにある小国ツェンブルを頼ったが、じきにカイラからの圧力がかかり、その地にも長居できなくなる。
その日から、八年近くの放浪生活が続いた。
放浪しながら、さまざまな仲間を集めた。居場所のない者、支配されることを嫌う者、旅をするしか生きる術を知らない者。そんな輩を従えて、ここまでたどり着けたのは、祖国タミカ王国に残りながらも、心の底ではカイラを嫌い、ひそかにアガシらに支援物資を送ってくれる仲間がいてこそのことだった。
祖国に残った連中と、連絡を取りあうのはアガシ。
そのために、鬘をつけて変装している。
まあ、そのためだけ、というわけでは、けしてないのであるが……。
かくしてカイザンは、今のヴァンデラ村、もとは先住民族のナムライ族が開いた土地に、やっとの思いで定住することができたのである。
苦難に耐え、常に明るさを失わず、最悪の事態が起きたときでも、まずはまわりの人間をなごませることに務めてきたアガシが、唯一心の拠り所としてきたのが、
──一刻も早く、一国の王となった立派な坊をお連れして、祖国に錦を飾りたい──
そして祖国で待っていてくれる仲間を、自分達の創った国に、招き寄せたい、ということだった。
「わしは血を見るのが嫌いでござるからな。あの娘を使えば、流す血の量は最小限で済む。考えを、そう切り換えたからでござる」
最初はイアの存在を否定したアガシが、急に考えをひるがえした、これがその理由だった。
なるほど。そんな簡単なことだったのか。
アガシは大真面目に言っているが、カイザンの胸には、おかしみだけがこみあげてきた。
なんとなればアガシは。
いつのころからか、変装用の鬘をかたときもはずすことなく年齢を偽るようになり、この村に定住するようになるとすぐに、みずからを長老と名乗り、前線に出ることから、とっとと身を引いてしまったのだから。
「なにがおかしいのでござる」
「いや。ともかく、俺は国へ帰る気などもうとうない。あんな国に未練はないと、常日頃から言っておる」
「こればっかりは、坊のお考えは受け入れられぬ。わしには家族はおらなんだが、ジェイラムやその他の同士は、家族を置いてここまできた。祖国に残った同士のおかげで、残された家族が無事でいられることだけが、なによりのなぐさめでござる。そんな者どもの気持ちもお酌み取りくだされ」
アガシの言葉つきが、だんだん説教くさくなってきた。
「なによりわしは、坊をなんとか、たとえ大国でなくともいい、一国の王と呼べるまでの人物に仕立てて、坊をお捨てになられた母君と、義姉のゼンメイ姫に、坊の立派なお姿をお見せしたい」
「やめろ! その話はもうするな! 俺にとっては不愉快以外のなにものでもない!」
カイザンが、体中の毛を逆立てた。
誰が──。
誰が好きこのんで、自分を捨てた母親に、立派な男になりましたと、わざわざ報告にいきたがろうものか。
憎しみに、暴れたくなる衝動を抑えながらも、カイザンの頭の中に、あまりにも懐かしい響き、ゼンメイという名前とともに、やわらかな笑顔が思い浮かんでくる。
ゼンメイ。それはカイザンが、はじめて心許した女の名だ。
そしてカイザンは、ゼンメイと離ればなれになって以降、女にまったく興味を示さなくなった。
そう、イアに出会うまでは。
アガシは密かに憂えていた。カイザンが、このまま妻をめとることなく、一生を独身で過ごしてしまうのではないかと。
そういう意味でも、カイザンの『男』の部分を再び目覚めさせかけているイアの存在は、アガシにとって貴重であった。現にカイザンの、ベラッタを見る目つきが変わりかけている。
「おまえがイアをどう利用しようと俺はかまわん。その代わり、俺がイアをどう扱うかについても、口出しはしないでもらいたい。イアの裁きは明日の正午。ヤッパ神の祠前にて、村の代表五名だけを同席の上執り行う。その後五人で採決した結果を、日の入り前には俺が、民の前にて宣告する。異存はないな」
異存もなにも。
口出しはするなと、今その口が、のたもうたばかりじゃ。
そう思いながらも、アガシは答えた。
「御意」
坊にはなにか、勝算があるらしい。
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