日本の外が遠かった時代の外国語学習――『異国トーキョー漂流記』

1986年。国交すら無い時代にアフリカのコンゴで話されるリンガラ語を学ぼうとして、日本にいる話者を見つけ、交渉し、文字の書き表し方が存在しないので正書法を作るところからはじめて学ぶ。そんな根性と熱意あふるる体験談など、外国人と「東京で」過ごした日々から日本の姿を照射するというのが、異国トーキョー漂流記です。

ちなみに学んだ相手はコンゴで最初の日本留学生。その兄は最初のアメリカへの留学生だったりした、そんな時代です。

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irc.cre.jp系でも時折外国からの訪問者もおり、日本語ができる人などは定着している人も何人もいたりします。そのようにインターネット経由で自宅でも気軽に各地の人々と会話できる現在からは想像もつかないことですが。わずか20年前でさえ、日本で外国語を学ぶ、とくに欧米のメジャーな言語以外を学ぶのはたいへんなことだったわけです。

その他、日本でコミューン的に生活する「ブトー」の人々に立ち交じりフランス語学習することで、日本からのインド幻想のような「日本へのヒッピー的な幻想」を理解する話とか。イラク人とのアラビア語と日本語の交換授業でり「湾岸戦争はまだ終わっていないのだ」と言われる場面。視覚障害のタイ人留学生と野球観戦することで声だけから野球を体感することの感動を得る話など。いろいろと面白いモノの見方と体験が詰まっています。他の著作も読んでみたくなりました。

しかし、今や自宅でそのような「海外との交流体験」が容易にできるのですから、ここ20年で世界はずいぶんと狭く感じられるようになったものですね。


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