祗園始末帖・陽明編011 句会と秋刀魚
陽明編011 句会と秋刀魚
秋が過ぎ、冬が近づき、寒くなり。
「とにかく寒い、寒いよすごく、と」
かぽーん。
妙に間の抜けたししおどしの音を聞きつつ、にょろにょろろ、と紙札に筆を滑らせる。うーん、我ながら達筆。風流な感じが出てるんじゃなーい?
句を空に掲げて悦に入った瞬間、ちゅん、とくしゃみが出た。うう、玄海の潮風は寒いよお。
今あたしたちの居る離れの座敷は、景色はいいけど冬には弱い。風通しの良すぎる日本家屋の縁側に腰掛けて、スースー涼しい足をしきりに動かす。着物ってこういうときイヤン。
まあそれでも、作品の方はこれで完成。最後に『狐』って印を入れてっと。
「ほらナホ、これなんかど」
「却下」
「早!」
あが、と口を半開きにしたあたし。高瀬なほはそれを見返して、半眼にからかいの色を浮かべてみせた。
艶やかな黒髪に涼しげな表情。いかにも高級そうな派手な柄の着物の袖を口元に当てて、ナホはくすくすと笑う。あまりに人をバカにしたその態度に、かちんとこないヤツはいないわけで。
「じゃあ、ナホはどんなの書いたわけ? 見せろー」
「ふっふっふ。アタシの卓越した芸術的感覚を喰らえ!」
どーん。自信たっぷりに突きつけられた紙札には。
「秋深く、おなかがすくよ、ぐるるるる」
「芋茄子秋刀魚、アラも美味しく。季節感出てるでしょ?」
「これだけ食い気のある短歌ってのも、ある意味」
「そーよそーよ。さすがアタシ、さすがナホ様!」
あーはっはっは、と高笑い。唯我独尊とはまさにこのこと。育ちのいいお姫様はこれだから……。
ともあれ。
句は揃った。後は、判定者に任せるのみ、と。
あたしとナホは、縁側から座敷の畳に上がって、静かに正座する。座敷の奥には小柄な影。彼に向き合って、それぞれの句を差し出した。
「旦那様、やっぱりあたしのですよね」
「伊蔵せんせー、比べるまでもないでしょ?」
二人の視線を真っ向に受けて――“二代目”猫◎屋伊蔵さんは、ふんわりと笑ってみせた。
座った姿は、あたしたちよりも頭一つ半くらい低い。黒染めの着物に『◎』の紋、髪で覆った片眼がトレードマーク。横に置かれた文机には、読みかけの洋書が広げて置かれていた。
虫も殺さないような優しい笑みを浮かべた彼が、泣く子も黙る始末屋の元締めだとは誰も思うまい
……うん、思うまい。あたしもちょっと疑ってる。だってさあ、この人ほんっっっっっっとにいい人なんだもん!
旦那様の表の顔は、読んで字の通り、祗園で一二を争う豪商『猫◎屋』の旦那様。初代の猫◎屋、桜辰さんから店を継いで、もう二十年近くになるらしい。
お客様への態度はとても柔らかくて、それと同じ態度であたしたちにも接する。声を荒げて怒る事なんかなくて、でも、諭す言葉はとっても重い。
まあその分、商売っ気があまり無くて、実質的な店の経営は奥さんの竜子様がやってる。でも、この人が店主ってだけで、店の空気がとっても良いんだよね。
そんな旦那様の前であたしたちが何をしてるかといえば……これもまた、始末の準備の一環なわけで。
「お二人とも、今の気持ちが正直に出ていると思います。良いですね」
「本当ですか!」
「当たり前よ」
「ただし。これを前口上に使うわけにはいきませんねえ」
ほんわか笑顔で、きっぱり断言。あたしとナホは、ぽかーん。
先に復活したナホは、文句を言おうと片膝を立てようとする。その動作を、伊蔵さんがすっと手を伸ばして制した。
「まあまあ。始末の前口上は、ある意味で儀礼的なものですから。そう練度が求められるわけでもありません」
「まあ、それはそうだけど」
「ただ。我々の理念が最も反映される台詞もまた、前口上なのですけどね」
つまりあれですか。今できなくて悪いってことはないけど、将来的には上手くなってね、ってことか。
ナホも同じ意味を旦那様の台詞から感じ取ったらしく、不承不承、姿勢を元に戻す。
それにしても、と。旦那様はあたしたちの句を手にとって、ふうむ、と呟く。
「確かに、この部屋は寒いですし。それに、そろそろ夕餉の支度をしなくてはなりませんね」
「はい! アタシお腹すいた!」
「こらっ。またウチで飯食べてく気か!」
「はは。いいではないですか。キー坊さん、竜子さんに、今日は秋刀魚にしましょうと言っておいてください」
「おお秋刀魚! 秋刀魚!」
「テンション高いなもう! ほらナホ、あんたも一緒に来る!」
これ以上ナホと旦那様を一緒にしておくと、どんな頼み事を受けるかわからない。優しいってのも時には考え物だよ、もう。
ぎゃーぎゃー騒ぐナホを引っ張り出しつつ、あたしはちらりと、自分の書いた句に目を向ける。旦那様はそれを、嬉しそうに眺めてた。
あたしにもいつか、勇壮な前口上を言える日が来るのかな。本物の始末人に、なれちゃったりするのかな。
よし。頑張るんだ和葉希望。夢はでっかく、特級始末人だ!
「秋刀魚!」
「まだ言うか!」
……手始めに、このうるさい姫君を始末して、と。かぽーん。
おわり。
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