LabWar SandSide「砂漠の国の姫狼」
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LABWRA SAND SIDE
FIGHTRECORD・001
『砂漠の国の姫狼』
一・真昼の襲撃
息をするのも、億劫なくらいに。
「あっつう……」
不規則に揺れるホロ付き四輪駆動車(ジープ)の中には、サウナも真っ青な熱気がモンモンと立ちこめていた。とめどもなく流れる汗のせいで、頭からつま先まで泳いだ後のよう。
だったら窓の覆いを外せば良いと言われるかもしれないけど、そうすると今度は容赦のない直射日光で肌から目から全て灼き尽くされてしまう。全く、砂漠ってのはなんて所だ。
「まだ着かないんですかあ?」
ボクの問いは、ターバンの運転手には届かない。人工知能(ワイズ)だって世辞の一つくらいは言えるこのご時世、暑さというのは人を無口にするらしい。お陰でこっちは目的地にたどり着くまでに孤独死しそうだ。くそ。
口を開くのも疲れてきたので、ボクは唯一の荷物であるナップザックの荷を解き、資料の束を取り出す。せめてこれで顔をあおぎつつ、これから向かう先の情報を確認しとこうって魂胆だ。
ボクが今居るのは、ユーラシア大陸から突き出した三角の半島を領土とした王国、天竺(インディ)。国土の七十パーセントを枯れた砂で覆われた砂漠の国は、国内の抵抗勢力からの激しい攻撃にさらされている。
戦いの理由。それは、“腐る砂”だ。
海底に眠る“燃える氷”、空から降り注ぐ“豊穣の光”に並ぶ、再開(AR)世紀を支える貴重なエネルギー資源。その名の通り砂の形をしてるらしい……けど、腐る砂って、何だ。
ともあれ。それを手にすれば、百万の民を養う事ができる。いや、その力をもって、さらに豊かな土地を奪う事ができる。戦争だ。AR十三世紀の人々は、争いを好む。
そして。戦いのある所、禿鷹のように舞い降り、群狼のように戦い、害虫のように金を貪る奴らが居る。
傭兵商社(マーセナリー・ファーム)ーーMF。
彼らMFの人間がどのような生活をしているのか。それを取材して記事を作るのが、新聞記者たるボクの今回の仕事だ。ボク自身も、彼らにはとても興味がある。特に、今回訪問する、ある特殊なMFには。
「にしても、おっそいなあ」
結局、あおいだ程度では熱気は逃げなくて。やれやれと思いつつ資料から顔を上げる。
そこで、やっと気づいた。
さっきまであれほど騒がしかった車の揺れが、無い。そしてなぜか、運転手はステアリングから手を離し、降参のポーズを取っているのだった。
とっさに浮かんだ嫌な予感。それが的中したと分かったのは、車の覆いが全てはぎ取られ、その向こうから銅色の腕が突き出してきた時だった。
「ええと、ちょっと待って。うん、自分で降ります」
ボクと運転手を外に引きずり出した男たち。その風体は盗賊。本当に、その二文字が良く似合う一団だった。
ざっと見ただけでも狼皮鎧(ウィアウルフ)ーー甲殻のような増力装甲(パワードスーツ)型接続兵器(AM)を着た人物が四体。更に長銃(ライフル)を握った男たちが一、二、三、たくさん。そりゃ、四輪駆動も止まるってもんだ。
こういう時真っ先にやるのは、こちらが敵意を持っていないと証明することだ。荷物を放り出し、両手を上げ、武装なんか持っちゃいないよと身体で説明する。
もっとも。盗賊さんの方は、ボクの少ない荷物に明らかに落胆したようで。しかも、荷物の中、ほとんど資料……あ、しまった。
奴らが見つけてしまったもの。それは、奮発して買った日本(ジャポーン)製の極地対応一眼レフカメラ。ちょっと待て、それは高いぞ、お前らの月収の十倍は軽く行くぞーー奪われてたまるか!
思いが身体を突き動かし、気づけば袖に隠したLRデリンジャーを狼皮鎧に向けて発射していた。間抜けた跳弾の音。装甲に傷一つ付いていない狼皮鎧が、“複眼”とあだ名される三本の筒状をしたカメラアイをこちらに向ける。
「あ、いや、その」
待てよボク。個人兵装とはいえAMに素裸同然で立ち向かうなんて無謀だろ。やばい、突撃銃(アサルトライフル)の銃口がこっち向いた。報道者ひとり殺したって、こいつらには得にはならない。けど、対して損にもならない。やー、死ぬなら自宅のベッドの上が良かったんだけど。さすがに嫌だなあ、砂のベッドの上はていうか誰か助けてああこんな砂漠のどまん中で助けなんて来るはずがヤバイヤバイ銃口三つもこっちに向いてる完全に殺害モードだしクソあの傲慢デスク化けて出てやるから覚悟いや死にたくなーい!
「ッ!」
巻きあがる砂埃。思わず腕で顔を覆って……え?
腕と腕の隙間から、様子を伺う。盗賊たちは、明らかに別の方向へ注意を向けている。つまり、今がチャンス。
迷っている暇はなかった。歩きづらい砂をけり上げ、盗賊の手からカメラを奪う。盗賊がこちらを向いた瞬間、再び、いくつもの砂の柱が吹き上がった。
誰かが何かを放ってる。でも誰が? そんな事を思いつつ、四輪駆動車の影に隠れる。ついでにカメラを構えたのは、みそっかすでも報道者である意地というものか。
ファインダーの向こう。陽炎の奥に、何かが居る。カメラをズームモードにして、探る、探る、解析ーー完了。
そこに居たのは、黄色と青色のペイントをされた二体の狼皮鎧。黄色は両手に軽機関銃(サブマシンガン)を、青色は長銃(ライフル)を構えている。
更にズーム。腰の装甲版に刻まれた紋章を見つける。風と狼のマークーー間違いない、奴らだ。
「『疾風団(ギブリス)』!」
『なんだと?!』
盗賊AMの誰かが声を裏返して叫ぶ。でもボクは、その声をほとんど耳に入れずに、この砂漠でもっとも恐れられる傭兵団、いや、傭兵商社の姿をカメラに収めていた。
向かう前に迎えに来てくれるなんて。この仕事、意外と幸先が良いじゃないか。さあ見せてくれ、君らの力を。
「どうするカシラ、逃げるか?」
『いやーー遅い』
その言葉通り。砂漠に吹く風(ギブリ)と呼ばれる彼らは、その牙の届く範囲まで盗賊たちに接近していた。
狼皮鎧の一斉放火。それを、黄色機は華麗にかわしていく。足下にズーム。砂漠でもその効果を発揮するローラーが、両の踵で勢い良く砂を吹き上げている。
突如の雷鳴。慌ててカメラを向ければ、盗賊機の一体が頭部から火花を散らせて倒れていた。
小型機とはいえ、AMの装甲はかなり分厚い。それを、一撃で?
傷と対角線になる地点を見る。そこに居たのは、長銃を構えた青色機。次の瞬間、銃口から白色の光が吹き出した。それは空を貫き、盗賊機の胴体に直撃する。
「電磁長銃(ビームライフル)!」
すごい。映像でしか見たことのなかった兵器たちが、間近で、巧みに扱われている。これが戦場ってやつなのか……別に、震えてなんかない。ちょっと熱で足下がおぼつかないだけだ。
残り二体まで減った盗賊機は、それぞれ黄と青に分散して戦いを挑もうとしている。黄色機に迫ったのは、重装甲を施した狼皮鎧。軽機関銃程度の攻撃では、その装甲を貫くことはできない。それでも、黄色機は何かの確信を持って、敵機へ迫る。
近接距離よりも更に近い距離に到達する直前、黄色機が片手の軽機関銃を投げ捨てた。盗賊機の注意がそちらにそれた瞬間、黄色機は残りの軽機関銃を乱射しつつ、開いた片手で背中に手を伸ばす。
背中のバックパックが開き、出てきたのは巨大な……杖? 疑問を解決するより早く、黄色機は残りの軽機関銃も投げ捨て、刃のない斧のような杖を振り上げる。
一瞬の間、そして。
「え?」
攻撃をした訳ではない。ただ杖を向けただけ。それなのに、重装甲を誇った盗賊機が、痙攣と共に倒れ伏した。彼の狼皮鎧からは、焦げ臭い匂いと白煙が漂い……!
「電脳魔術(エレジック)! しかも高精度の!」
魔術の域に達したハッキング技術、それが電脳魔術。その性質上、軍事部門に応用されてるのも多いけど……こんな高速軌道をしながら敵の回線をショートさせるなんて、一体どんな頭してるんだ?
そして。もう一方の戦いにカメラを向けたボクは、青色機の電磁長銃を、盗賊のカシラがかわすのに遭遇する。
電磁長銃の間合いの内側に飛び込んだカシラは、鋼のの拳を固めーーうわ、殴った!
『この、“雌犬”共があ!』
叫びと共に。青色機の“複眼”がひしゃげ、レンズの破片が飛び散る。だめだ、目を潰されれば、もう攻撃目標を定める事なんて。
そう、思ったのに。
青色機は電磁長銃を捨てる。“複眼”から火花を散らしたまま彼は己を殴った敵機の腕を両手で掴み――投げた。
大地に転がったカシラに、青色機は腰から抜いた拳銃を向ける。細い光条(ビーム)が雨のように降り注ぎ、カシラの胴体を何度も、何度も、何度も貫いた。
「うげ」
そこに、容赦なんてヒトカケラもない。そこに自分の姿を重ねて、喉がグキリと鳴った。
ただ。『疾風団』のAM乗り(AMP)たちは、腰を抜かしながら逃げ去る人間たちには手を加えなかった。彼らは所詮、AMの敵ではない。だから、攻撃対象ではないんだ。
残されたのは、もはや動かない四機の狼皮鎧と、こちら運転手が逃げて動かなくなった四輪駆動車。後は、暑さも忘れてシャッターを押しまくったボクくらいのもん。
……さて、どうしようか。
恐る恐る、鋼の狼たちの死骸を越えて二人の前に現れる。黄色機がボクに気づいて、こちらに来るように促した。
黄色機は、半ば砂に埋まったボクの荷物を掘り出し、返してくれた。その間、一言もしゃべらないのが不気味だ。
その時、何か粘着質のものに空気が通るような、ぬちゃっとした音が耳に響く。振り返れば、青色機の搭乗口(ハッチ)が開き、中からヘルメットを被った人間が姿を現していた。
接続服(アームドスーツ)を身にまとい、どろどろとした半透明のローションのようなものに全身を覆われた人型。彼の首筋には無骨な接続具(プラグ)が突き刺さり、そこから延びた電動紐(ケーブル)が、狼皮鎧の内部へと続いている。彼らの乗る機械は、搭乗者と感覚を接続する事により動いている。腕のように動かせる兵器――ARMECKと呼ばれる所以だ。
ローションを拭う素振りも見せず、彼は接続具を首から引き抜き、ヘルメットに手をかけ、顔を外気にさらし――いいや。彼じゃない。彼女だ。
短く切った灰色の髪。緑がかった大きな瞳。背はボクよりも頭二つは小さく、細いが均整の取れた身体付きをしている。
どう見ても女の子にしか見えない青色機のAMPは、ボクに目を向けて。
――くしゃっと、大輪の笑みを浮かべた。
「ふう。ひやっとしましたよ、あはは」
「ひ、ひやっとですか、は、はは、はあ」
「ええと、黒十字通信社のミコト・ランゲージさんですね。お迎えに来たのですが……」
「あ、い、いや、大丈夫です。覚悟はしてきましたから」
なんて、大嘘つき。明らかに挙動不審なボクに、彼女はにこりと微笑む。えくぼがとても可愛らしく、守ってあげたくなる可憐な容姿。接続服姿でなければ、村娘だと誤解しただろう。
「ランゲージさん?」
「あ、いや、はい。ミコトでいいです。それで、ええと、あなたは」
「ああ。わたしはサクヤ、サクヤ・コノハナといいます。サクヤでいいですよ。あそこに居るのがライラ・シュトレゼーマン。無口な子だけど、怖くはないですから」
ね? と、何もかも見透かした顔で微笑むサクヤ。それにうろたえるボクは、まだまだ修行が足りないみたいだ。
ともあれ。これでようやく、彼女たちへの取材を始められるらしい。なんとも波乱含みの出会いだが、なに、それくらいの方が面白いものだ。きっと、多分、恐らくは。
ニコニコと嬉しそうにちらを見つめるサクヤに、ボクも笑顔を作り、手を差し出す。握手を求められたと気づいた彼女は、ローションで湿ったままの手を握って開いてしてから、申し訳なさそうにボクの手を掴む。
砂漠の国でのファーストコンタクト。その感触は、どろりと冷たかった。

二・夕食戦
そこに到着するころ、砂漠の日はだいぶ傾いていた。
サクヤが用意した毛布を不思議がっていたボクは、さっそくその恩恵に預かる羽目になる。なんだこの気温変化は、とても人間の住む場所じゃないよ。
狼皮鎧から降りたサクヤの運転する四輪駆動車(ジープ)は、丘陵地帯の上に立つ建物へと近づいていた。白い石のようなもので組み立てられた平屋の家と、格納庫らしき背の高い倉庫。通信用なのか、大きなパラボラアンテナも見える。
丘を登り、四輪駆動車は岩盤で出来た滑走路の上に停車する。夜風が、平らな大地を滑る。
「到着です。お疲れさまでした」
「どうも。砂漠で熱いスープが飲みたいと思うなんて考えもしなかった」
「あはは。そうですね、そろそろ夕食時ですから」
空をちらりと見て、サクヤはそう呟く。実を言えば旅行中ろくに食べ物を腹に入れてない。内容は期待しないけど、暖かい食べ物があるだけでも十分だ。
護衛をしていた黄色機は、そのまま格納庫らしき建物に入っていく。残されたボクとサクヤは車を降り、平屋の方へと向かった。
サクヤがドアを開け、ボクを招き入れる。ボクは会釈しながらその戸をくぐり。
「このクソガキが!」
「ひっ」
身をすくめたボクの背を、サクヤが押した。振り返る、大丈夫のサイン。そうだよね、いきなりそんな台詞は飛んでこないよね、多分。
今後に大いなる不安を抱きつつ、ボクは室内を見回す。大きな広間をカーテンで仕切った内装。漂う香辛料の匂いは夕食の準備のものか。やけに切り傷の多い円卓には椅子が六つ。そのうち一つに、野生児のような長髪をした女性が座り、小柄な子供のような少女を叱っていた。
「毎週土曜の夕食はビールで決めるって約束だろが!」
藍色の髪を振り乱し、女性は威嚇するように胸を張る。豊満な肉体の圧力にも、黒髪をなでつけ丸眼鏡をかけた少女はひるまない。
「そんなこと言うても、本物のビールは高いんや。前の仕事で光化学迷彩(ステルス)ぶっ壊したのは姐さんやろ!」
「そう言うお前だって重機関銃(ヘビーマシンガン)気前良くぶっ放してただろうが! オレは認めん、ビールのない食卓なんて認めん!」
「仕方あらへんやろ。今日から何や新聞社の人が来るいうて、食費が一人分増すんや。ウチだって好き好んでやりくりしとるわけやないわ」
「新聞社ぁ? そんなもんさっさと追い払え。邪魔だ邪魔」
初っ端から邪魔者扱いですか、ボク。
獰猛なため息をついた女性は、ようやくボクに気づく。石像のように固まったボクを見て、女性はしばし沈黙し。
「今日は慰問の日だったか」
「ち、違います!」
「隊長、こちらは新聞記者のミコト・ランゲージさんです。ミコトさん、こちらは『疾風団(ギブリス)』隊長のミリー・ヴォルフさんと、経理担当のタマコ・アイボニー」
「なんでい、新聞記者ってのはあんたの事か」
「取材費はちゃんと出るんやろな。タダ飯食らいはウチに置けへんで」
歓迎ムードとはほど遠い扱いに、さすがのボクも表情がこわばる。雰囲気を察したサクヤがとりなすように笑うも、隊長とタマコと今すぐ仲良くはなれそうになかった。
これからどうしたものか。そんな不安を吹き飛ばすように、濃いナッツの香りが鼻先に漂う。
「みなさーん、ご飯出来ましたわよ」
所々茶色のシミの付いたカーテンを開けて現れたのは、綿飴のような白髪を後ろでたばねた長身の女性。白くしなやかな彼女の腕には、牛でも煮込めそうな巨大な鍋が軽々握られていた。
「あら。サクヤちゃん、この方が?」
「はい。ミコトさん、この人が調理担当のローランド・サキマさんです」
「ローラとお呼び下さい。さ、皆さん、夕食が出来ましたよ」
母性すら感じさせるローラの呼びかけで、刺々しかったタマコも席につき、隊長も渋々ながらビールを諦めたらしい。
隊長の右隣にローラが座り、その隣にタマコが座る。サクヤはその対面で……隊長の隣と対面が開いている。そういえば、護衛をしてくれた黄色機の乗り手が居ない。
「整備、完了しました」
低いテンションの幼い声。振り返れば、タマコよりも更にやせ細った少女が、腰に太いスパナをぶら下げながら立っていた。癖の強い金髪に切れ長の青眼。健やかに育てばかなりの美人になりそうな気がする。
「サクヤの眼も応急処置しておいた。大事に使って」
「うん。ありがとね、ライラちゃん」
謝辞にうなずきもせず、ライラは隊長の左隣に座る。これで五人、席は六つ。これはもしかして……ボク用かあ、なるほどなるほど。ちゃんと歓迎されてるんじゃないか。
ほっと席につこうとした瞬間、後頭部に激痛が走った。
「あが」
「アホ、そこは俺の席だ」
「あ、す、すいませ……ん?」
振り返った先に居た人物。二メートルはあろうかという痩せぎすの長身に、乱暴に束ねたぼさぼさの黒髪。くろぐろとした隈の下には、濃い無精ヒゲが生えており……ヒゲ?
「お、男?」
「おうとも。好事家の新聞記者ってのはてめえだな。俺ぁヨシザネ・ダイコクジ。この基地で雑用係をやってる。ヨッシーって呼びな」
「ざ、雑用?」
「この雌犬共と寝る以外の細々とした事全て。てめえも今日から雑用二号だからな」
低くかすれた声に押され、ボクはおずおずと後ずさる。何だ、この基地の人間にはまともな人間は居ないのか。重くなった肩が、小さな手で優しく叩かれた。
振り返れば、座った時点で崩れそうな椅子を握ったサクヤが、にんまりと笑みを浮かべていた。どうもと会釈してヨッシーとサクヤの間に座るも、雑用二号という台詞が頭から離れない。
「さ、自己紹介も済んだ事だし。頂きましょう」
「うーす。それじゃ、全員手を合わせてー」
隊長の号令で、ボク以外の全員が手のひらを合わせて顔の前に掲げる。慌ててそれに習ったボクは、何かの宗教の祈りでも始まるのかとドキドキしつつ。
「いただきます!」
「いただきまーす!」
……それだけ?
拍子抜けしたボクを置いて、六人の戦いが始まった。
「今日は鶏肉やな。あれは安くてええんや」
「ローラさんの香辛料使いはやっぱり最高ですねえ」
「ておい、ヨッシー、てめえ手羽三個も取ってんじゃねえ!」
「はあ? てめえの壊した光化学迷彩の調整で朝も昼も食ってねえんだよ!」
「……辛い」
「あらあら、それじゃ牛乳を足しましょうか?」
「そりゃあかん! 牛乳は貴重品やで!」
「ジャガイモ五つも六つも取るなクソ野郎!」
「お前こそ人参避けるな。その年で好き嫌いするなエロ女郎が!」
「……熱い」
「あ、じゃあ、わたしがフーフーしてあげますよ。ふーふー」
「あ! ローラ姉さん、あのスパイスは高いから使うな言うたのに!」
「まあ。その味が分かるなんて、やっぱりタマコちゃんはいい舌してるわねえ」
「うおらぁ! スープばっか無駄に取るんじゃねえ!」
「カレーは飲み物なんだよ! 一気に飲むんだよ!」
「……美味い」
……。
頭の中で会話の整理をしている間に、目の前のカレー鍋の中身がどんどん少なくなっていく。これはもしかして、ボク食べられない流れ? いや、さすがにそれは。でも、この濁流のような流れに飛び込む勇気はさすがになく……。
困ったボクを救ってくれたのは、さっぱりサクヤだった。
「はい、ミコトさん」
「あ、すみません。いやー……賑やかで良いですね」
「そうですねえ。食事時はみんな仲良くて楽しいです」
そうか。彼女にはそう見えているのか。
ものの見方というのは人それぞれだなと思いつつ、サクヤがよそってくれたカレーをパクリ。ううん、確かに美味しい。カレーは天竺(インドゥ)の名物料理らしく、ここに来る前にも食べた。でも、このカレーはそれともちょっと違う、もっと濃厚でフルーティな味わいがする。
でも結局、ボクが食べられたのはその一皿のみで。食後の挨拶が済んだ後は、空になった鍋をローラが流しに運んでいく。ライラはAMの整備があるといって格納庫に戻り、タマコは一人で経理の整理がしたいと部屋に帰ってしまった。残されたのは、どこか物欲しげに食後の枝豆をつまむ隊長と、力尽きて爆睡しているヨッシー。そして、ローラの元に皿を届け、戻ってきたサクヤだった。
「すみません、いきなり騒がしくなっちゃって」
「いや、大丈夫です。皆さんの雰囲気も分かりましたし」
「新聞で人格問題云々書かれるのは御免だぜ?」
「まさか。ボクは単純に、天竺(インドゥ)のMFの実状が知りたいだけで」
「実状、ねえ。それでわざわざ『疾風団(ギブリス)』まで」
気合いの抜けていた隊長の目が、一瞬だけ鋭さを増す。思わず震えるボクを見て、隊長は八重歯をむき出しながら大きく欠伸をした。食べたら寝る。本当に野生児のような人らしい。
「サクヤ、後の事ぁ任せた。あとヨッシー殺しとけ」
「五十パーセント了解しました」
ニコニコと笑うサクヤにやさぐれた苦笑を浮かべ、隊長はレースのカーテンで仕切られた区画に向かう。めくられたカーテンからちらりと見えた向こうには、床に直接敷かれた布団が見える。どうやら、本当に寝てしまうらしい。
「そういえば、ボクの寝床は……」
「ヨッシーさんと相部屋ということで。作戦室と電算室も兼ねているので、少し狭いのですが」
「へえ、ヨッシーさんには部屋があるんですね」
「俺の城だ」
「わ! 寝てたんじゃなかったんですか?」
「寝るのにも体力いるんでな。来い、部屋の案内ついでに、ここらの情勢の話でもしてやる」
のっそりと立ち上がったヨッシーの後についていこうとして、ふと、サクヤの視線を感じた。振り返ると、やけににこやかな笑顔で手を振られる。ここは喜んでおくべきか、それとも嫌な予感を感じ取っておくべきか。
今回は前者に従って。ボクは、すたすたと歩くヨッシーさんの後を追った。
三・砂の国
部屋に入ったボクを出迎えたのは、四角い顔だった。
『ごきげんよう』
「ど、どうも」
机の上に現れた顔ーーホログラム装置から四角く照射されたデフォルメフェイスが、笑顔のような表情に変わる。まるでゲームの画面を見ているようで、そこでようやく、“彼”が人工知能(ワイズ)であることに気づく。
「我らが聖人、コダマさんだ。懺悔も葬式もやってくれる」
「どっちも遠慮したい所ですね」
『主に行うのは治癒ですが。神は全ての者に等しく治癒を与えるのです』
頷くように顔を明滅させるコダマさんに愛想笑いを向けつつ、ボクは内心舌を巻いていた。洗礼教の司祭(ウォッシャー)になれる人工知能が居るとは。しかも口振りから見れば、治療具を与えられるほどの階級らしい。全く、この砂漠は何がどうなっているのやら。
「その程度でカルチャーショックたあ、ずいぶんと温室育ちなんだな」
ケケケ、と悪役笑いをして、ヨッシーさんは配線でこんがらがったデスクに直接座る。椅子の上にはなぜか菓子の包みが広がっていて、床には大量の辞書、小説、漫画なんかが転がっている。奇妙なことに本は全て紙製で、無駄にかさばる。足の踏み場がないとはまさにこの事。
「確かにボクは楽園(オアシス)出身ですけど、新聞記者としての知識は」
「ほう。それじゃ、この天竺(インドゥ)で起こっている事の説明をしてもらおうか」
力試しとばかりに、腕組みしてニヤリと笑うヨッシーさん。その長身をぐっと見上げて、ボクはここに来るまでに調べた天竺の概要を必死に思い出した。
「天竺は、再開後(AR)十三世紀でもっとも人工の多い国家。運営形態は王政で、国王は代々、シッタールダ一族が勤めています。国境は洗礼教(ウォッシュ)と勢力を二分する生産教(ワーク)で、王族も代々僧侶(ワーカー)です。産めよ増やせよの精神が人口増大の要因となっており……そういえば、コダマさんは洗礼教ですね」
『何事にも反極というのはあるものです』
「はあ。ええと、主な工業は第一次、および第二次産業が占めており、都心部周辺では農業も盛んです。ただ、増大する人口と穀物燃料(バイオエタノール)による消費がそれを上回り、国民はそこまで豊かな暮らしをしていません。それにより、地方に行くに従って盗賊や反政府組織などが暗躍する事も多くなっています」
「てめえも襲われたしなあ、ケケケ」
「結果的には良かったんですからいいじゃないですか。で、天竺の貴重な外貨獲得手段が、“腐る砂”から取れる燃料の輸出で」
「OK、十分だ。多分に頭でっかちだが、まあ及第点といった所だな。ご褒美にこいつをプレゼントしよう」
知識の発掘に集中しててボクは、放り投げられた小瓶を慌てて掴み取る。片手に収まるくらいの瓶の中には、砂漠の砂が入っていた。もしやこれを渡されただけで追い返されるのか、なんて思いつつ、何気なく瓶のコルクを外し。
ドブの中のような強烈な臭いが、ボクの鼻を貫いた。
「う、ごほ」
「ケケケ、驚いたか? それが“腐る砂”よ」
『ヨッシーさん、少々大人げがありませんね』
「うるせえ。新聞記者なら足で稼がなきゃダメなんだよ」
言い争う一人と一個の前で、ボクはコルクを閉め直し、曲がりそうな鼻をごしごしと服の袖でこする。確かに“腐る砂”だけのことはある。腐敗臭とは少し違うけど、強烈なのは同じだ。
小瓶をしまったボクにニヤリと会心の笑みを浮かべ、ヨッシーはコダマさんの頭を小突く。顔になっていたホログラムがディスプレイに代わり、見渡す限りの砂漠と、その砂を背負って運ぶ人々が映し出される。
少量でさえ蒸せかえるような臭気、あの砂漠に漂う激臭はどれほどのものなのか。ぼろ布で身体を覆った人々はバンダナ一つで作業を進めている。明らかに顔色の悪い人々の腕や足には、得体の知れない水泡がいくつも出来ていた。
「この砂は再開前(BR)にはオイルサンドって呼ばれててな、その名の通り石油(オイル)を含んだ砂だ。それを絞って石油を取り出し、他国に売り払うってわけだ」
「これだけあれば、ずいぶんな量の石油が取れますね」
「ところがどっこい、一ガロンの石油を取るには、それの何十倍もの“腐る砂”が必要なのさ。再開前もそいつの処理とコストの加減で手が着けられなかったって代物だ。今こうやって掘れてんのは、人件費がクソ安いのと、楽園でさえ“豊穣の光”が届かなければ生活が成り立たないっつーエネルギー事情のせいだ。お前も楽園出身ならわかるだろ? 良いご身分だ」
ケケケ、と嫌な笑い声を上げて、ヨッシーは再びコダマさんの頭を小突く。四角い顔の姿を表したコダマさんの顔は、とても悲しそうな表情をしていた。
『人が富む為に、それより多くの人が病む。それはとても嘆かわしい事です』
「そんな繰り返しを、人類は延々と繰り返してきたんだよ。なあ坊主」
顔を見合わせたボクとヨッシーは、お互い、気まずい顔で苦笑する。ほんと、人間ってのはいつまでたっても成長しない生き物だ。戦いを続け、搾取を続け、再開した世界を再び戦乱に巻き込もうとする。
でも。ボクが今居るMFという組織も、その流れを作る原因の一つなんだ。
「ま、死なない程度にお前の言う『実状』ってやつを見るこった。最近仕事は暇だけどな」
「仕事って、つまり、その」
「傭兵の仕事つったら戦争に決まってるだろ。政府の管理してる採取場にやってくるハエを叩くのが俺らの仕事よ」
パチンとな、とジェスチャーを交え、ヨッシーは愉快そうに笑う。AMPでないとはいえ、この人も傭兵の一員なんだと実感した。
「とりあえず明日から掃除洗濯その他諸々。忙しくなるぜ」
言うがいなや。ヨッシーは机に座ったまま壁によりかかって目をつむる。それから数秒、小さな寝息が聞こえてきた。
気づけば、もう夜も遅くなっている。ボクもそろそろ寝て……どこに寝ればいいんだ?
『そこのロッカーに寝袋が入っています。古ぼけてはいますが未使用ですので』
「あ、ありがとうございます。それで……」
沈黙。眠るどころか座るスペースもない床を見つめるボクに、コダマさんはこう仰った。
『事後承諾は有利。と、神も仰っていますから』
四・正体
床を作るついでに本のバリケードも作り、ボクは寝袋の中で眠りにつく。
とはいえ、慣れない姿勢と環境での睡眠は、温室育ちのボクには少々つらくて。結局、寝返りもできぬままに真っ黒な天井を見上げる羽目になる。
埃臭さが抜けない寝袋の臭いを嗅ぎつつ、ボクは本社でのデスクとのやりとりを思い出す。
――『MFの話題なんざ、今更物珍しがる奴は居ねぇよ』
ヨッシーにも似た髭面のチーフデスクは、そう断言してのけた。世界中の軍事活動でMFが活躍し初めて、もう何世紀も経つ。再開後(AR)時代も十三世紀が経過てた。人々は再開前(BR)時代のことを忘れ、再び世界をその手で変えようとしている。
だからこそ。ボクはMFという組織の真の姿を知りたい。彼らは、一体何者なのか。
そう主張したボクがここへ来られたのは、ひとえに社へ出資しているランゲージ財閥の力のたまものだ。世の中は結局金なのだと、今更ながらに実感した。
その最たるものが、金のため戦争を行うMFだ。その存在は、ボクにはまだ理解も納得も出来ていない。あんな可憐な少女が銃を手に戦うなんて。世の中は間違ってる。
そこまで考えたとき、木が擦れるかすかな音が聞こえた。まるで、扉がゆっくり開くような……!
とっさに息を詰める。誰かの気配をかすかに感じる。その気配は、次第にボクへと近づき、本のバリケードを軽やかに越えて。
「ミコトさん、起きてますか?」
サクヤ?
飛び出しかけた声を、ぐっと押さえる。聞き間違えるはずもない。風鈴が鳴るようなささやき声は、サクヤのもの。
しかし、一体何でサクヤがここに。疑問が、頭の中で二つの台詞に行き当たる。
ーー今日は慰問の日だったか。
ーーこの雌犬共と寝る以外全て。
まさか。いや、閉鎖された集落の中には、外から来た旅人の血を混ぜるという習慣があるとものの本にっていうかここは単なる傭兵団だぞ! 落ち着け、落ち着くんだボク。
そんな内心とは裏腹に、サクヤは寝袋のジッパーを降ろすと、しばらくのためらいの後、ボクの身体に触れる。
抑圧された軍隊内でもっとも解消し難いのは性の欲求。唯一の男であるヨッシーがその役を担わないなら、外から来た旅人ならぬ新聞記者は格好の餌食だろう。
いやでも、それは、困る。とても、いや、かなり困る。
なぜなら、ボクは。
「ミコトさん」
「サクヤちゃん、ダメだ」
「何がダメだってぇ?」
予想外の声。次の瞬間、サクヤの腕がボクの背を羽交い締めにする。
そこでようやく、この部屋進入したもう一人の女性に気づく。野獣のように完全に気配を消滅させ、迫る彼女は。
「ああ!」
その動き、まさに疾風。しなやかな指がボクの服のボタンを一瞬にして外し、その下の変装下着を力任せにはぎ取る。なされるがままにされたボクの目の前、隊長が笑う。
「はー、マジで女とは驚いたわ。楽園産の娘ってのは発育がいいねえ、ぐへへ」
「ちょ、触らないで、揉まないで!」
拘束されてるのを良い事に、隊長はあれやらこれやら好き勝手ああん、ダメ、摘んじゃだめ、そこは敏感なんではああん、だめ、だめええ。
「なんやなんや、こんな夜中に何やっとんねん」
嗚呼無情。甲高い少女の声と共に、電灯が灯される。
明るくなった部屋の向こう、扉の前には、タマコ、ローラ、ライラの三名が勢ぞろいしていた。三人とも、ボクの身体を見つめたまま、目が点になっている。
「嘘やろ。すっかり男やと」
「こうして見ますと、確かに女性ですわねえ」
「……でかい」
かっと顔が熱くなるのを切に感じる。せめて釈明くらいはさせてもらわないと、この場に居られなくなりそうだった。
「お、女が戦争の取材してても、どこ行ってもナメられるんですよ。だから」
「ほう。ただの坊ちゃんかと思ったら、それなりに肝は据わってんだな」
「てか何で分かったん? 隊長が?」
「そういうことならサクヤさんでしょう? あなたの解析回路は優秀ですものね」
「か、解析回路?」
あられもない姿になっているのも忘れて、サクヤを見る。ボクを見返し、サクヤは優しく笑って見せた。
「わたし、人造人間(ワース)なんです。戦闘工作用の」
「え……ええええええええええええええええええええええ!!!」
「ウチにとっては、あんたが女やったって方がよほどの驚きやけどね」
「MF関連会社では、人造人間や改造人間はあまり珍しくないですものね」
平然とした彼女たちのまっただ中で、ボクはひとり、事実を飲み込めないでいた。
可愛らしい少女の外見をしていても、彼女は、戦いのために作られた人形だったのか。ボクが女であることを隠していたように、彼女は兵器であることを隠していたのか。
一瞬浮かんだ隔意の気持ちは、自分を振り返れば消えてしまう。誰しも、生まれた時から背負ってしまった宿命が存在する。それが本人の本性を決定するとは、思いたくない。
そう思った瞬間、がくりと力が抜けた。ずっと胸を押さえていたせいか、吸う息がやけに美味しい。はああ、と大きく深呼吸をして。
「で、取り込み中悪いんだが」
「きゃあ!」
寝ていたはずのヨッシーの声。驚きに押されるままにサクヤの枷をふりほどき、服を胸にかき抱く。今日一日でなんど驚けば気が済むんだろう。砂漠って、ほんと恐ろしい所だ。
「ちなみに俺も気づいてたがな。匂いが違う」
「見ました?」
「いいや」
「そうですか、よか」
「俺はもうちょっと平べったいのが好きなんだ」
「って見てるじゃないですか!」
「まあ、それはおいといて」
手慣れた言動であっさりと矛先をかわし、ヨッシーは机に置いてある足付きの球体をつつく。それに合わせて、コダマさんの顔が四角く浮かび上がった。
『狼の皆さん、お仕事ですよ』
「あらあら、随分と急ですわね」
「上の奴らはノロマなもんだ。お陰で哨戒ライン突破されちまった」
「夜討ち朝駆けってやつやね。反政府軍もようやるわ」
『狙われているのはアシュラード採砂場。あと二時間で防衛ラインに到達します』
「……敵の内訳」
「狼皮鎧(ウィアウルフ)が五体、戦輪車(ウィール)が一体。後は雑魚だな」
「報酬は幾らになるんや?」
『前金で十万。任務達成で更に五十万。時間外手当も付きます』
「政府軍の支援はあるか?」
「ンなもんアテに出来たら俺ら要らねえって。葬儀屋くらいは手配してくれんじゃねえの?」
ここまでのやりとりにかかった時間は、せいぜい一分ちょっと。その切迫感は、本社に緊急ニュースが入電した時の反応にも似ていた。
思わず服から手を離して、ボクは呆然と天を見上げる。その視界に、サクヤの顔が飛び込んできた。
「ミコトさんは、どうします?」
「え?」
弾ける笑顔。彼女はそれ以外の表情を持たないのではないか。そんな錯覚さえ覚える。
そんな人が戦場へ向かうのなら、ボクは。
「ボクも……キミの見る戦いを、見てみたい」
「よし。各員装備を整え三分後に滑走路集合!」
「了解致しました」
「よっしゃ、稼ぐでえ!」
「……ラジャ」
弾かれるように駆け出す傭兵たち。彼女たちの顔は、水を得た魚のように晴れ晴れしていた。
その後ろ姿を見送ったボクの背中から、サクヤの感触が離れる。隊長と共に格納庫へ向かうサクヤの表情は、やはり、日の差すような笑顔だった。
嵐のような時が過ぎ。ボクはまだ動けないでいた。とりあえず、息を整えて。
「ま、ちゃんと服着てからいけよ」
「ひゃあ!」
前言撤回。不埒な男の視線から逃れるため、ボタンを留めながら部屋を飛び出す。
滑走路へ向かいながら、強い鼓動を胸に感じた。それが先ほどまでの恥ずかしさのためなのか、それとも彼女らの闘気に当てられてなのかは、今は判別つかない。
でも。言ってしまった以上は、見届けないといけない。
サクヤが。彼女の仲間たちが見る、戦場というものを。
五・戦場へ
狼たちは、きっかり三分で狼皮鎧(ウィアウルフ)を装着し、コダマさんが操縦する輸送用装甲車に乗り込んだ。
三人四列、十二人掛けのシートは、AM五体とボクが乗り込んだだけでぎっしり満杯になる。
間近で感じる狼皮鎧の圧力は、想像以上に恐ろしいものだった。外観は甲虫にも似たこのスーツが、狼の皮で出来た鎧――北欧神話における狂戦士のシンボルと同一に名付けられているのも良く分かる。
防衛ラインの前まで向かう途中。最後部の座席を全て占領していた隊長が、小さく笑みを漏らした。
「止めてくれ。ここで降りる」
「え? 戦場まではまだ遠いですよ」
「姉さんはスナイパーなんや。この程度目やあらへん」
そう言われても、戦場になるであろう防衛ラインからここへは、かなりの距離がある。AMの演算能力をもってしても、命中させるのは難しいんじゃないか。
素人のボクの思惑も知らず。隊長の接続した深緑色の狼皮鎧は、自分の身長よりも長い狙撃銃(スナイパーライフル)を手に、装甲車から降りる。
何も言わずに走り出す車内。彼女たちは、隊長がこの距離からも援護をくれると信じている。その信頼感は、どのような戦いによって培われたものなのか。
『ミコトさん、緊張してます?』
「あ、いや、大丈夫。少し、考え事を」
隣に座るサクヤに相づちしながら、ボクはいいようのない違和感を感じていた。機械ごしでやや荒れているものの、その声はサクヤのもの。しかし、彼女の身体は今、殺戮をもたらす狼の鎧へと変わっている。人と同じ五体を持つ姿とはいえ、接続(アームド)の感覚を想像するだけでも震えてしまうボクが居る。
『そろそろ目的地に到達します』
接続しても変わらないコダマさんの声を聞いた瞬間、胃がキリリと痛んだ。おかしいな。ボク自身は別に戦うわけじゃない。それなのに、この緊張感は何なのか。
その原因は、装甲車が停止し、『疾風団』の面々が降りていくに従って判明した。なんのことはない、ボクは彼女たちの緊張にあてられていただけなんだ。一人車内に残された瞬間、感じる安堵。やっぱり、AMは兵器なんだと痛感する。
『我々はここで待機し、通信を担当します。この車には戦況報告用カメラが搭載されていますが、使用しますか?』
「あ、はい。お願いします」
さすがに、戦闘区域でカメラを構える勇気はない。それに、軍用品はきっと良品だろう。
予想通り。装甲車に搭載されていたカメラは、ボクのものより更に遠く、細かい精度で、戦場を映し出してくれた。コダマさんが気を利かせて大きくしてくれたホロディスプレイに、がっちりと顔を近づける。
四機編隊の先頭は、白銀にきらめく装甲を点けたローラ機。その後ろに青のサクヤ機と黄のライラ機が続き、最後尾は赤のタマコ機が押さえる。一糸乱れぬ行軍は、どれだけの戦いを経験して身につけたものなのか。
『良好(オーライ)。そのまま防衛地点に着け』
そうだ、この人も居る。『疾風団(ギブリス)』を束ねる隊長は、はるか彼方から部下たちの動きを把握し、いつでも狙撃を行える体勢に居ることだろう。
……全く、外見にだまされちゃいけない。彼女たちは、本当の戦士だ。
『喉が乾いたらいつでもお申し付け下さい。濾過水ですが、用意してあります』
「あ、はい……コダマさんは、洗礼教徒なんですよね」
『はい、そうですが』
「人を助ける立場にあるあなたが、なぜMFに?」
『ああ』
空耳か。コダマさんの声に笑みの色が混じったように感じた。彼は、少し間を開けて続ける。
『私は人を助け、より高位へ洗練させる為に存在しています。そして彼女らは、助けなくてはならない存在なのです』
「え?」
『誰も、何の理由もなしに傭兵などになっているわけではありません。あの鎧の中ひとつひとつに理由(わけ)がある』
「理由、ですか」
『ええ。あなたにもあるのでしょう? MFを訪ねる理由が』
言われて、とっさに言葉を返せない自分が居た。
単なる戦争、傭兵で片づけられない動機が、MFの中には渦巻いている。ただの勢いだけでここに現れたボクよりずっと。そういうこと、なのか。
……少し迷う。でも、あえて言おうと決めた。
「コダマさん。彼女たちに通信は繋げますか」
『ええ……どうぞ、全員に届きます』
「ありがとうございます……『疾風団』の皆さん、ミコトです」
思えば、この砂漠へ来て初めて、ボクは取材らしいことをしているように思う。たった数日の間なのに、もう何ヶ月もここに居る気がする。そう思わせる何かが、彼女たちにはあるのかもしれない。
その色々を脳裏に浮かべつつ、問う。
「あなたたちが戦場で出る理由……それは、何ですか?」
返事を待つ。しかし。
カメラが移動する。進む先、陽炎を越えて現れる機影。来た。彼女たちの戦うべき敵が。
『教えてやるよ』
「え?」
『オレらが戦場へ出る理由――この戦いでな』
その言葉の真意を、掴む前に。
戦いが、始まった。
六・戦場
一瞬前までひし形の隊列を整えていた『疾風団(ギブリス)』が、陣形を変える。
タマコ機が途中で停止し、背中に装着していた重機関銃(ヘビーマシンガン)の脚を大地に突き立てた。砲台と化した赤狼に見守られ、三機が敵と対峙する。
最初に巻き起こったのは、軽機関銃(サブマシンガン)同士による牽制。それをかいくぐったローラ機は、旗のように背負っていた巨大な槍を身体の前へ構える。
それに続いたのはライラ機。銃弾を撃ち尽くした軽機関銃を捨て、あの巨大な杖を手に構える。その後ろに続くサクヤ機は電磁長銃(ビームライフル)を構え、前戦と後列の間に陣取る。
敵もまた、矢印状の隊列を取り、手にした長銃や軽機関銃を構えて射撃体勢を取る。もはや両者を止める術はない。お互いが、間合いに進入し。
『金や』
「え?」
『ウチには金が要る。ぎょうさん金が要る。やから』
接近する敵味方の向こう、赤狼が、吠える。
『タマ取ったらあぁぁぁぁあああああ!!!』
狙いもなにもない。最低限味方を避けることしか頭にない乱射。しかし、敵AMの動きを止め、こちらが先制するにはそれで十分だった。槍を構えたローラ機が、穂先を定め。
『ロマンですの』
「ローラさん?」
『戦いにはロマンがありますわ。華麗で、苛烈で』
陶酔した声。その勢いのままに。銀狼が、走る。
『落ちなさい!』
予想外の急加速に、敵AMの反応が遅れた。そのわき腹、いや、胴体を巨大な槍が貫き、無惨な姿へ変える。
ローラ機に接近すると危険と悟り、四機のうち二機がライラ機へと殺到した。しかし、ライラはあえて敵に近づき。
『契約』
「ライラちゃん!」
『……命を賭して守るべき、契約がある』
それは、静かな宣言だった。敵に囲まれる中、黄狼は杖を高く天へさし上げ――大地を突く。
『消えろ』
瞬間。ライラを囲んでいたAMたちの後頭部が、爆炎と共に吹き飛んだ。頭脳ごと電子系統を灼かれた哀れな生け贄は、力なく大地に崩れ落ちる。
そのライラへ迫ろうとした機体が、重機関銃の一斉放火を食らって吹き飛ぶ。これであと一体。そして、じっと機を伺っていた彼女が。
『わたしは、別に理由なんて無いんですよ』
「サクヤ……」
『わたしはそのために作られたから。だから、戦うんです』
顔は見えなくとも、彼女の笑みがありありと脳裏に浮かぶ。あの笑みは、自分の宿命もなにもかも、受け止めた上の表情なのかもしれない。
電磁長銃の銃口が光り。青狼が、引き金を引く。
『敵機撃墜』
それは、放たれた光条(ビーム)が敵に到達する前の宣言だった。そして事実、敵機は頭部のカメラを真っ正面から貫かれ、五体を広げて倒れ伏す。
これで五機全てを撃破。『疾風団』の名に恥じない嵐のような素早さで、彼女たちは任務を完了し。
『――まだ!』
「え?」
ライラにカメラのピントが合うのと、ほぼ同時に。
巨大な光の筋が、ライラ機の全身を飲み込む。砂塵が竜巻のように吹き上がり、大地に巨大な穴が開く。
砂の雨が消えた時、ライラ機はそこには居なかった。まさか。不安がよぎった瞬間、カメラが後方に逸れる。そこに、杖によりかかるように倒れたライラ機の姿があった。
『敵さんの本星が来よったで!』
「本星……そうだ、戦輪車(ウィール)が!」
嫌な期待に応えるように、その戦輪車は姿を現す。
ローラの槍より更に大きな砲頭。砦のような装甲は銀色に輝き、自重で砂に沈みかけながら、キャタピラで前へ前へと進んでいる。のろのろとした動きが、逆に不気味さを増大させた。
『まずいですね』
「コダマさん?」
『あの装甲はエネルギー兵器を拡散する特殊装甲です。元々実弾兵器への耐性が高い重戦車を覆うほどですから、通常の攻撃はほぼ通用しないかと』
「そんな……でも、ローラさんの槍なら!」
『はい。ただ、恐らく敵は』
その予想の続きは、現実で再現される。
重戦車の主砲は、砲撃体勢を取って動けないタマコ機へと向けられる。回避するには時間が足りない。そして。
発射される光の大槌。その射線上に、ローラが飛び出した。
「ローラさん!」
タマコへの砲撃は阻止された。しかし、光が消えた後に残されていたのは、全身の装甲から煙をあげるローラ機だった。既に、戦える状態ではない。
『この、どアホお!』
タマコの反撃。しかし、重機関銃の弾丸をもってしても、重戦車の装甲を貫くことはできなかった。そして。あろうことか、重戦車は再びタマコに照準を定めようとしている。
それをかばえるのは一人。そして、その少女は。
『あかん! サクヤ、狙うんや!』
その叫びで、構えを解こうとしていたサクヤ機が動きを止める。返事はない。その代わり、サクヤは再び電磁長銃の構えを取った。
その代償は大きかった。三度発射された光の奔流が、タマコを覆う。重機関銃が爆発し、タマコ機が大きく四肢を広げて大地に転がった。
これで残りはサクヤだけ。しかし、サクヤの電磁長銃は銃戦車の耐光装甲に阻まれてしまう。
このまま全滅してしまうのか。それが戦場というものなのか。力が力を上回り、その競争に負けた者の末路は。
ぞっとした。でも、画面から目を離せない。乾いて張り付いた喉が、嫌な感触を増大させ。
『責任、あるからな』
「――え?」
『オレにはよ。あいつらを守るって責任がさ』
遠い。戦場から隔たれた場所で、この戦いを見下ろす狼の長が居る。
翠狼の姿はここにはない。だが。彼女は、撃った。
『命中(ストライク)』
その台詞と着弾はほぼ同時。彼方から飛来した銃弾は、重戦車の巨砲の旋回部を貫く。強固な鎧の弱点ーー可動部の装甲が剥ぎ取られ、鋼の骨格を見せる。
その穴めがけ。凝縮された光の針が、青狼の電磁長銃から放たれる。
動きののろい重戦車が、それを回避できるわけもなく。照射された光条が赤炎を呼ぶまで、それほどの時間はかからなかった。
『敵機撃墜』
サクヤの宣言は今度もフライング気味だった。爆発の衝撃が、遠く離れた装甲車にまで届く。
跡形もなく吹き飛んだ重戦車があった場所から、巨大な狼煙が、高く、高く上がる。漆黒の煙と砂が混ざり合い、まるで、これが本当の“腐る砂”であるとばかりに。
ボクの目にはそれが、戦場で死した者たちの怨霊に見えた。天に昇った彼らの魂は、そのまま天の国に迎えられるのか、それとも地に落とされるのか。
『わかりましたか』
「え?」
『理由。わたしたちの、戦う理由』
一種、その声がサクヤのものだとわからなかった。疲れ果て、笑みの色を失った声音。そこまでして戦いならが、サクヤには戦う理由がないという。
いや、違う。キミには立派な理由があるじゃないか。今、壊れた狼皮鎧から這い出した仲間たち、その笑顔を守るという、立派な理由が。
でも。あえてそれを言うのは、なんだか彼女に失礼になると思った。わかっているんだ、キミは、キミの理由を。
「さ、ボクも自覚しないとな。ボクの理由を」
『良い記事、期待していますよ』
車内に顔を出したコダマさんに大きくうなずき、ボクはぎゅっと拳を握る。
出来ることを成そう。そう決意して、ボクは、装甲車のドアを開ける。
しばらくは来られないだろう、砂の国。その空気を思い切り吸い込んで――。
七・帰国
「っくしょん!」
ひとりぼっちの部屋の中。鼻をすすり上げる音がむなしく響く。
頭に貼った鎮熱布は全く効果を発揮しない。鉛のように重い指をひきずって、デバイスに今日の夕刊をダウンロードする。
一面を飾っているのは、遠い海洋国家で、“燃える氷”を採掘する大型施設が出来たというものだった。これにより、ボクらの住む楽園(オアシス)でも“豊穣の光”が途切れる時刻の電源供給が可能になるらしい。
その施設を作るためにいかなる努力が行われたか。施設の運用によってどれだけの利益が入るか。記事を隅々まで見てみたが、その影にどれだけのMFが戦い、どんなAMPたちが消えていったかという話は、一文字たりとも載っていなかった。
ため息と共に、ページを進める。スポーツ、芸能、地域のニュースに続いた三面記事。その片隅に、ボクの記事はあった。
「たった二百文字、か」
取材から帰ってきたボクが書き上げた原稿は、それは壮大なもので。もちろん、デスクからこっぴどく叱られ、がりがりと削らされた。今ここに踊っている文字たちは、肉を奪われ骨を削られ、ただの抜け殻になった哀れな残骸だ。
でも。ボクはデバイスのコピー&ペースト機能を起動し、記事を丁寧に切り取った。今回の取材の全てを記録したメモリースティックにそれを保存して――力尽きる。
「体力つけなきゃなあ」
酷使した肉体は、洗礼教徒の治癒さえも弾くという驚異的な風邪をもたらした。まさかあの国から変な病を持ち込んでやいないかとひやひやしつつ、それもまたお土産か、と妙な点で笑ってしまう。
そうそう、形のあるお土産だってもちろんある。コダマさんからもらったヒーリングミュージックはお気に入りだし、ローラさんがくれたイヤリングはどの服にも良く似合う。タマコは文句をたれながらも故郷のものだという猫の置物をくれたし、ライラは自分で作ったという鉛のペンダントをくれた。隊長がみんなの前で堂々と渡してくれた黒レースのブラジャーは……まあ、その内に使う機会があるかもしれない。あれ、ヨッシーからは“腐る砂”もらったきりだ、薄情な奴め。
そして。あの少女からは。
「いまどき紙の手紙なんてなあ」
苦笑しながら、机の上に開いたままになっている便箋をつつく。手触りの良い淡い青色をした便箋には、ボクの来訪がみんなを楽しませてくれたこと、ボクの活躍を心より願っていること。いつかこっちに来て、一緒に食事でもしたいこと。そんな諸々が書かれていて。
最後、結びの一言に思わず苦笑した。さすが、人造人間(ワース)なだけはある。
ーー『定期調整はちゃんと受けて下さいね。同輩より』
「なーんで分かったかなあ。ボクが人造人間だってこと」
子を持たなかったランゲージ一族の一人が娘として作った人造人間。それがボクだ。だから、そう。ボクだって戦闘用に作られてる。今はふさいでいる接続穴(ホール)に接続具(プラグ)を差し込めば、AMだって動かせる。
だからこそ。ボクは戦闘人形であることを、女であることを嫌った。それなのにサクヤは。
「……ほんと、強い子だよ」
彼女が人造人間だと知った時、ボクはそれを宿命だと思った。宿命からは逃れられないと。
でも。あの笑顔を見ていると、何とかなりそうな気がする。未来が変わる。そんな気がする。
何か、ボクに出来ることはないだろうか。彼女に、感謝を伝えること。
ふと手紙を見る。文面を思い出して……そうか、それだ。
「よし、決めた」
次のボーナスが出たら、彼女たちを全員ここへ呼ぼう。サクヤと名物料理を食べて、ライラちゃんとローラさんを連れて服を買って。タマコは映画なんか見せると喜ぶかもしれない。隊長は酒だな。もちろん、お目付け役にコダマさんも呼んで、不義理なヨッシーは留守番だ。
そのためには……もっと良い記事書いて、稼がなきゃ!
「うっし、やるかあ」
心なしか、風邪も落ち着いてきたような気がする。早く調子を戻して、ボクの理由を果たさないとね。
メモリスティックと手紙を大事なものを入れる引き出しの中にしまって、ボクは次の取材のための下調べを始める。あのヨッシー似のチーフデスクを、今度こそ黙らせてやる。
ふと。空耳のように聞こえる笑い声。振り向いて、鏡に映る自分の笑顔を見て。
――ボクは、盛大にくしゃみをした。
終。
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