『機動戦士ガンダム00』のSFネタ解説その7:民間軍事会社
ガンダム00の第6話『セブンソード』を見た。広島の放映は相変わらず1週遅れであるが、思えばインターネットで見ている人も同じなわけで、意外とコレはコレでいいかも知れぬ。
今回のお題は、モラリアという国と民間軍事会社、つまり現代の傭兵である。
で、これは実をいうとSFネタというよりはガチなミリタリネタである。P.W.シンガーの『戦争請負会社』という名著をはじめとして、この業界についてはけっこう良書があるので、そちらもご参考にしていただきたい。
近代で軍隊が傭兵から国民兵へと変わっていったのはヨーロッパでは18世紀から19世紀にかけての頃だ。啓蒙君主の時代、つまりフリードリヒ大王の七年戦争のころが傭兵型常備軍の全盛期であり、この時の勝利の栄光に輝くプロイセン軍を打ち砕いたのが一世代後に登場したフランス革命の国民常備軍と、ナポレオン・ボナパルトである。
傭兵常備軍と比べて国民常備軍の最大の強みは何か。
それは、徴兵によって大量に兵士を集めて前線に送り出せる点だ。すなわち、物量で揉み潰す数の力こそが、国民常備軍の最大の強みなのだ。ナポレオン戦争は、フランスに栄光をもたらすと同時に大量の若者を戦場で死なせてもいるのだ。ヨーロッパを駆けめぐった大陸軍(ラ・グランタルメ)とはそうした光と陰の両方を持つ存在なのだ。
国民を動員して戦場へ送り出し、その命を消耗することで国家が勝利を得るという図式は、その後も続いた。その極致が20世紀において行われた第一次、第二次世界大戦である。両大戦の参戦国は平和な日常生活から湯水のごとくくみ上げた青年を戦場に送り出して勝利を求めたのである。
戦争末期には日本やドイツなどの敗戦国側はついには本来は動員されるべきではない子供や年配の人間まで動員せざるをえないほどに追いつめられている。その是非はともかく、国民常備軍というものがどういうシステムかはこれでおわかりいただけるだろう。
が、冷戦が終わり、21世紀を迎えた今。
そのような国民常備軍の力は失われつつある。
今や、戦争は大量の青年を動員し、訓練し、まあそれなりに銃の引き金ひけるレベルなら使えるからいいやという形で前線に送り出したのではどうもならないほどにハイテク化が進んでしまっている。もちろん、貧乏な国の内戦のようなぐだぐだな戦いであれば、今なおアサルトライフルをもてる兵士の数が重要で子供も送り出すという例はしょっちゅうだが、先進国レベルの軍隊ではもうどこも、そんな戦いに戻ることはできない。
今やハイテク兵器と優秀なプロの軍人の組み合わせこそが先進国の軍隊であり、戦争である。さらに、国民の意識の変化により、国民常備軍の利点である、戦場でどれだけ死のうが後方からぞくぞく兵士を送り出せるというシステムは、もう、利点でもなんでもなくなっている。前線で兵士として自国の若者が死ねば、それだけ国家が揺らいでしまって勝利どころではなくなってしまう。むしろ、欠点の方が多くなっている。
ベトナム戦争でアメリカが敗北したのは、アメリカ軍が弱くて戦場で負け続けだからではない。戦場で死ぬ兵士の数が戦争の天秤の勝利の側ではなく敗北の側により重くのしかかるようになったからなのだ。
また、軍のハイテク化や必要とする支援の増大は、ベトナム戦争において前線で兵士ひとりを戦わせるために10人くらいの後方勤務の人員が必要だというくらい、コストパフォーマンスの悪いものになってしまった。ベトナム戦争のアメリカ軍はこれを全部自国の軍隊でまかなおうとしてコストがべらぼうにふくれあがり、これもまたベトナム戦争においてアメリカが敗北した原因のひとつとなっている。
それくらいなら、ちゃんと訓練されたプロの軍人を、必要な時にだけ雇い入れて利用するほうが理にかなっている。民間軍事会社というシステムはその必要性によって登場した。
かくして、19世紀からの国民軍の栄光の時代ははかなく終わりを告げ、再び古来から続く傭兵軍の時代になったのである。
というわけで、ガンダム00のネタに戻ろう。
ガンダム00の世界における主力兵器はモビルスーツである。戦車も戦闘機もモビルスーツに置き換えられている感じだ。そしてモビルスーツは後方の人員が大量に必要な兵器だ。6話で百機以上のモビルスーツが動員される大規模な演習が行われていたが、この百機のモビルスーツを動かすために、数千から数万もの人間が後方でせっせと働く仕組みになっているはずだ。しかもその多くは技術者として学がある人員で、教育や育成には時間と金がかかっているだろう。24世紀のガンダム00な世界で民間軍事会社が埋めるニッチは広そうである。
6話で民間軍事会社と戦うソレスタルビーイングであるが、思えば、彼らも民間軍事会社と同じく国家に忠誠を誓った組織ではない。目的は金銭ではないだろうが、彼らもまた傭兵と言っていいだろう。
SFで宇宙で傭兵というと、やはりすぐに思い出すのが『ドルセイ!』(ゴードン・R・ディクスン)やホーカー・シリーズでのディクスンの相棒ポール・アンダースンによる『天翔る十字軍』、あるいは『地球から来た傭兵たち』(ジェリー・パーネル)であろう。最近でいえば、『戦士志願』(ロイス・マクマスター・ビジョルド)がひょんなことから傭兵になる少年(青年)の成長を描いている。
このうち、『天翔る十字軍』(中世のイギリス貴族とそこの兵隊)や『地球から来た傭兵たち』(20世紀のアメリカ人の傭兵)は、現代や過去の兵士や騎士がひょんなことで宇宙に行って異星で戦争しちゃうというものである。何も地球から遠く離れて見ず知らずの星でまで出向いて戦争せんでもとは思うのだが、人間の業というものであろうか。なるほど、このままではダメだとソレスタルビーイングが動くはずである。
しかし同時に、モラリアという国家やモビルスーツという軍事体系は、この世界がそれだけの生産力や技術力という余裕を持つということも意味している。世界のみっつの超大国は第一次世界大戦や第二次世界大戦のような人の命を蕩尽する戦争をしているわけではないのだ。
刹那の過去にもあるように、世界中のどこもが平和というわけではない。が、やはり疑問は生じる。
なぜ――今、なのだろう?
ソレスタルビーイングが、今、動く理由は。
どんな必要性があるのだろうか?
その答えにもつながりそうなSFネタ、『心理歴史学』(サイコヒストリー)についてはまた今度ということで。
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