電撃15年祭に行ってきました。

先日の日曜日(25日)に幕張メッセで開催されていた「電撃15年祭」を見てきた。

 とはいえ、ゲストでもなんでもない。単に個人的な興味があったので顔を出しただけであり、扱いは一般客と同じである。
 私が会場に入ったのは午後二時を過ぎており、もう行列も何もなく、すんなりと会場の中に入ることができた。

 三々五々人が帰りつつあるとはいえ、幕張メッセの中は、熱気とカレーの匂いが満ちていた。
 入り口の階段を下りた右手に軽食を売るコーナーがあり、そこでビーフカレーを買った人たちが、床の上に座り込んでカレーを食べていたのである。(w

 これといって、何か目的があったわけではなく、単に、雰囲気を知りたかっただけなので、物販コーナーに並ぶわけでもなく、イベントを見るわけでもなく、会場内をぐるっと一回りして、あとは、ただ、行き過ぎる人並みを眺めていた。
 
 実を言うと、こういったマンガ・アニメ関連の、一般客向けのイベントに行ったのは今回が生まれて初めてである。
 一般客向けではない、業界向けのイベントとか、マンガ・アニメ関連ではない、いわゆるモーターショーとか、そういったものには何度も行ったことはあるが、どういうわけか、こういうイベントとは縁が無かったのだ。
 当然、コミケにも行ったことは無い。

 いや、コミケには一回だけ顔を出したことがある。
 今から二十年以上前。板橋区産業文化会館で開かれた、第二回コミックマーケットに行ったことがある。 (w
 参加サークルが30に満たないイベントで、会議室用のテーブルの上に並んでいるのは大学のマンガ研究会の会誌、そして青焼きコピー誌、という実に牧歌的なイベントだった。

 ……この当時のことを話すと、どうにも「若い頃に見た関が原の合戦の話をしている村の古老」のようなポジションになってしまうので、その当時のことはまた別の機会にするとして(w

 電撃15年祭の印象を一言で言えば、メディアワークスの隆盛は、まさしく映像化の勝利だ。ということである。
 映像化することによる、裾野の広がり。その一言に尽きる。
 物語のコンテンツを映像化するノウハウの積み重ね。それこそがメディアワークスを現在の位置に置いているのだと思う。

 確かに、映像化するには、資金力が必要だろう。しかし、いくら資金があっても、それができる人材を発掘し、集め、使うノウハウが無ければ、映像化はできない。できても売れない。
 売れるコンテンツを作る才能。それを映像化する才能。さらにそれをアニメというメディアにする才能。この三つが揃わなければ、メディアミックスは成功しない。

 一つの物語コンテンツが、アニメになるためには、無数の人の手が必要になる。それだけの数の人の手が加わってもなお、輝きを失わないもの。そう言った作品だけが、映像化できるのである。

 私が良く使う言い回しに「実力とは他人の力である」という言葉がある。
 つまり「何かを成し遂げようとするときに、何人の人が力を貸すか、その人の数が実力である」という意味である。

 この言葉の概念で言うならば、映像化される作品をこの世に生み出すことができる作家こそが実力のある作家だと言えるだろう。

 そんなことを考えながらぼんやり立っていたら、いきなり声を掛けられた。
 振り向くと、そこに「三田誠」氏が立っていた。
 三田氏も、ゲストではなく、単に作家連中が集まるので顔を出しに来た、とのこと。
 そのまましばらく立ち話をしていると「成田良悟」氏がやってきた。
 そうこうするうちに「グランドフィナーレ」とやらで、ゲスト諸氏は、そっちに行かねばならないというので、シャナの絵がついた「電撃茶」を息子のおみやげにもらって、会場を後にした。

 実質、会場に居たのは一時間半ほどであったが、なんとなく、雰囲気がつかめたので、行った甲斐はあったと思う。
 
 帰りの電車の中で考えたのは
「本が一定数以上売れる」=「人気がある」=「顧客を確保できる」=「映像化しても採算が合う」という計算式が成り立つということは、
「本が売れるから映像化する」→「映像化するから本が売れる」→「本が売れるから映像化する」(以下繰り返し)
 というサイクルが成り立つのではないだろうか? ということである。

 そして、このサイクルが成り立つと、私のような作家は、どう考えても、このサイクルに入り込む隙間が無い(w

 つまりは、私のような作家は、映像化なんて無謀なことを考えるよりも、生き延びることの方を考えた方が良さそうである。

 ……できることならば、電撃20年祭のときも、作家として、生きていたいものである。(w

 

 


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