石田衣良、作、『銀十字』(『少年計数記』池袋ウエストゲートパークII所収)
『銀十字』は、石田衣良さんの「池袋ウエストゲートパーク」(I.W.G.P.)連作の1編。
池袋界隈で、ストリートのトラブル・シューターとして知られるマコト(真島誠)が、語り手キャラクターになってる中篇だ。
2冊目の作品集『少年計数器』収録4作の内、3番めに収められてる。
ウエストゲートパーク(池袋西口公園)真近、西一番街のちっぽけな果物屋が実家のマコトは、年を越してから4ヵ月で、13件連続したひったくり強盗事件の犯人を捜すことになる。犯人を捜してくれと相談を持ち込んだのは、七十くらいの年のしょぼいジイさん2人組みだった。
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「サクラはとうに散っているがまだ肌寒い四月のなかば」昼前に果物屋の店を開けたマコトを訪ねてきたジイさん2人組みは、背が高くひどく痩せているキヨジ(有賀喜代治)と、蟹みたいに横につぶれた体格で、下ネタを言わずに口をきけない、下のテツ(宮下哲郎)。
作中の池袋に勢力を持つ3大暴力団の1つ、関東賛和会羽沢組組長の紹介で訪ねてきたと言う2人を、マコトははじめ相手にしようとしない。
「そっちの世界の話なら聞くつもりは無いよ」
とてもヤクザには見えないジジイにそういった。あっちの世界も不景気だそうだから、年寄りの兵隊はこんなうらぶれた格好をしているのかもしれない。ジジイは顔を崩して笑った。もとから深いしわが骨まで届きそうに深くなる。
「心配せんでいい。羽沢とは士官学校時代の同期だ。わしらはヤクザなどとはなんの関係も無い。話を聞いてもらえるかな」
背の高いジジイは感情の読めない目でみおろしてきた。哀願しようとも、気に入られようともしない目。長い間川底で磨かれ、角を落とした小石をはめこんだような目だった。冷たく澄んで、一点の光を秘めている。
「いいよ。ここじゃなんだから、西口公園にいこう」
おれはそのジジイのまっすぐな視線がなぜか気になった。池袋の街をうろつくガキどもの日なたの泥水のような目ばかり見ているせいかもしれない。
マコトがキヨジとテツから聞いた話をかいつまむと、こうだ。
2人は、東部東上線池袋駅前にある老人ホームで暮らしている。同じホームに住んでる福田まち子さんが、一月ほど前にひったくりの被害を受けた。うしろから突き飛ばされたまち子さんは、手首の骨を粉砕骨折し、腰骨にもひびがはいった。
「年を取るとわずかなことが命取りになる。今、まち子さんは寝たきりになるか、ならんかの境でベッドにいる」。だから、「引ったくり犯人を捜すために力を貸してくれんか。警察はあてにならん」というのが、うらぶれた2人の相談だった。「あんたは池袋の青少年には顔が広いと聞いておる」から相談したようだ。多分、羽沢組組長に聞いたのでしょう。
ただ、僅かな年金で暮らしている2人は、「仕事を頼んでも払う金が無い」とも言う。
働き続けてだか、ねちりんこし続けてかはわからないが、七十の荒波を越えてきた年寄りが、小銭さえゆるがせにできず、目のまえで金を持たない自分を恥じている。ちいさくなったふたりを見て、なぜか猛烈に腹が立ってきた。五十年後の自分を見てしまったせいかもしれない。
“お人よしかもしれないが、それで結構。”と、マコトは2人の相談に応じることにした。
“どうせ貧乏人は互いに盗みあい、助けあうものだ。別に変わりはしない。盗もうが助けようが、どっちにしても貧乏なままだから。”と、思ったらしい。
池袋ウエストゲートパーク、正編の連作は、いずれもマコトが語り手キャラで、いずれも、マコトが関わった事件がひと段落した後の時点から、一連の出来事をマコトが回想整理して語ってる形式と思える。
でもまぁ、「お人よしかもしれないが、それで結構」のあたりは、その時マコトが思った事柄ではあるらしい。
〔前略〕豊島区の中部から東部にかけて、年明けから連続する引ったくり事件の十数人目の被害者だ。それでも盗まれたのが金だけなら運が悪かったで済むだろう。
だが、それが金で買えないものだったらどうする?
大切な人の、金には代えられない大切な何かなら。それなら、誰だって犯人を追いたくなる。手がかりのない、目撃者のいない、顔のない犯人をとっつかまえたくなるだろう。
上は、作品冒頭に置かれた断章の末尾での語り。こちらの語りは、見るからに、一連の出来事が終わり、それなりに全体像を整理した視点からの語りになってる。
というわけで、マコトは、手がかりも目撃者も乏しく、「警察はあてにならん」犯人探しをすることになる。
「お人よしかもしれないが、それで結構」とばかりにヴィジラント(1人自警団)的に動くのは、毎度のことだけど。今回は、金も無い。池袋のストリート・ギャング、Gボーイズのネットワークにも頼れずにマコトは最初から頭を抱えてしまう。
(Gボーイズも、情報を求めればロハで流してくれるだろうけど、手がかりが少ないのであてになるのかならないのかわからない情報ばかりが集まるだろうことは目に見えてた)
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『銀十字』は、I.W.G.P.の中篇連作らしく、軽快なテンポで読める。マコトたち作中人物は、雲を掴むような犯人探しで、さしたるあても無くウロウロする感じだけど、お話自体はスラスラ読めて楽しい。
金がなかろうが、下ネタが得意だろうが関係ない。そのおかしな春の一週間で、おれは合計百四十歳を越えるダチをふたり得た。ひとシーズンなら、十分な成果じゃないか。あとのことは池袋の空の上にいる誰かにまかせておけば、それでいい。
これが、作品のオーラスを締める語りだ。
実は、犯人探しが始まって少しして、マコトはキヨジから「引ったくりが見つかったら、そこであんたの仕事は終わりでいいかな」と言われる。依頼としては探すまでで、犯人の処遇はキヨジとテツに任せてくれって話。この辺のやりとりは、ちょっとハード・ボイルド風で渋いよね。
だから、『銀十字』は、ストーリーとしては、ボランティアでひったくり犯探しを引き受けたマコトが、調査を通じて合計百四十歳を越えるダチをふたり得た、そういうお話って事になる。
でも、作品の読みどころは、「ひとシーズンなら、十分な成果じゃないか」って納得する、マコトの思いの中身の方だ。
一連の出来事が終わった後、マコトは、エピローグ相当パートで語られたある出来事を「なんだかおとぎ話みたいな話」と思う。実は、マコトが語り手のI.W.G.P.の物語は、みんなどこかしら「おとぎ話みたい」な面を持ってる。例えば、同じ作品集に採録されてる『妖精の庭』にしろ、『少年計数器』にしろ、『水の中の目』にしろ、多かれ少なかれ、おとぎ話めいたプロットも、含んでるって話。
おとぎ話成分の多寡(成分比率)は、あまり重要ではない。おとぎ話にしても中篇ごとに味わいはいろいろだし、「おとぎ話みたい」な層が展開する深度もいろいろで。そっちの方が、読みどころ。
『銀十字』については、アタシ(紹介者)は、「おとぎ話みたい」な展開は、ストーリーの浅い層でのことだと思います。この作品の深層の展開では、タイトルに挙げられた「銀十字」が焦点になっています。
「銀十字」が、シンボルとして一般的に連想させる何かが、内容になるわけではありません。フィクション上で、銀十字と結びついた、様々なイメージの錯綜と食い違いが、深層で展開するプロットの焦点になっているのです。
例えば、作品末のエピローグに相当する断章でも、先に触れた「おとぎ話みたい」とマコト自体が評す作品内の出来事を巡るように、マコトとキヨジ、マコトとテツの間でちょっとしたやりとりが交わされてる。
そのおかしな春の一週間で、おれは合計百四十歳を越えるダチをふたり得た。ひとシーズンなら、十分な成果じゃないか。あとのことは池袋の空の上にいる誰かにまかせておけば、それでいい。
この最後の語りで、キャラクターが語ってる納得の形を「なんだかおとぎ話みたいな話」と思うかどうか。それは読んだ人がそれぞれに評価するところだ。
もしかしたら「なんだかおとぎ話みたい」とマコトが思った作品内の出来事についてのマコトの納得も、また、「なんだかおとぎ話みたい」かもしれない。でも、ここで触れてる2つの「おとぎ話みたい」な話は、ずい分、広がりが違う。
読者にとって、外せない手がかりは「銀十字」。例えば、作品の中盤におかれた断章では、途方にくれたマコトが、銀十字についてあれこれ連想を巡らせてる。ここなんかは、読みどころの1つだ。
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不必要なネタバレを避けながら、作品の内容について紹介できるのは、どうもこの辺が限界っぽい。
I.W.G.P.連作としての長いプロットで『銀十字』を読むと、この作品と、後に続く『水の中の目』で、マコトのストリートに対する立ち位置、構えが、微妙に変わっていく様子が描かれてる。連作の読者にとっては、その辺も読みどころ。
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『銀十字』の初出は、「オール讀物」2000年4月号、とのこと。
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書誌情報:
石田 衣良,『少年計数機』(池袋ウエストゲートパーク),文芸春秋,Tokyo,2000.
ISBN 4-16-319280-8
石田 衣良,『少年計数機 池袋ウエストゲートパークII』(文春文庫),文芸春秋,Tokyo,2002.
ISBN 4-16-717406-5
備考:
物語内の今=『銀十字』で語られる一連の出来事は、主に「サクラはとうに散っているがまだ肌寒い四月のなかば」の1ヵ月ほど前(三月半ば)からの出来事で、マコトがかかわったのは「四月半ば」からの「その春のおかしな一週間」の出来事、と作品内で整理されている。
また、連作の『エキサイタブルボーイ』で語られた出来事について、「去年の姫の事件を思いだす。」とのマコトの述懐もある。
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