石田衣良、作、『骨音』(『骨音』池袋ウエストゲートパークIII所収)
『骨音』は、石田衣良さんの「池袋ウエストゲートパーク」(I.W.G.P.)3冊目の作品集の表題作。
採録4作の内、巻頭に収められてる。
「西一番街の果物屋の店番とちまちましたコラム書きで、異常な暑さの七月と冷たい八月が終わった」頃、ストリートのトラブル・シューターとして知られるマコト(真島誠)は、立派な顔立ちのホームレスから、依頼を受けることになる。
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「あんたはもぐりだが腕のいい探偵だときいている。それに、ストリートギャングにも顔がきくんだろう。たいした額じゃないが、仲間から集めた金もある。『骨折り』をなんとか探しだしてくれないか。〔後略〕」
池袋のホームレスの顔役らしい“日の出町公園の新さん”が、マコトに持ちかけた依頼はこんなふうだった。
物語内の池袋では、その夏「〔ホームレスの〕襲撃事件がやぶ蚊のように多発して、警察も手のつけようがなかった。終電にのり遅れたガキが憂さ晴らしに公園で寝てるホームレスを襲う〔後略〕」。
新さんの話を聞いたマコトは、はじめは依頼を断ろうとした。
“〔前略〕愉快なオヤジでいつかコラムのネタにつかえるかもしれない。だがそれと依頼は別の話だ。”
「悪いけど、役に立てそうにない。こっちはひとりだし、襲われる人間も襲うやつも不特定多数で、ばらばらに散らばってるんだろ。それじゃ手の打ちようがないよ〔後略〕」
役に立てそうにない理由を説明するマコトに、新さんは「骨折り」の話をする。
「池袋周辺でこの夏、襲撃事件が十五件起きている、たいていはその場で酔った若いのが補導され、事件は解決している。未解決はそのうち五件だけだ。さらにそのなかの一件は多人数の乱闘騒ぎで筋は見えている。だがな、残る四件は様子が違う」
4件の事件では、何かクスリで眠らされたホームレスが骨を折られていた。
“それなら犯人は同一人物の可能性が高かった”そう思うマコトは依頼を受けることにする。
「〔前略〕たいした額じゃないが、仲間から集めた金もある。『骨折り』をなんとか探しだしてくれないか。あんたみたいな若いやつからすると、おれたちなどいてもいなくてもいい無用の存在かもしれないが、この街で生きてる人間には変わりないだろう」〔中略〕
「そうだな、なんにも変わらない」「おれだってたまたまこの街に親の店があるだけで、あんたたちと変わらない。別に立派な人間でも、金を持ってるわけでもないさ」
この引用だと、マコトが綺麗事言ってるみたいに採られることもあるかもね(?)。
ちょっと前のヵ所も引用しておきます。
おれはホームレスの男たちの二十代の姿を考えた。今の若いやつと同じで勢いだけで生きていたのだろう。将来のことなどまったく心配していなかったに違いない。とても人ごととは思えなかった。おれ自身がそうなる可能性は、ニューヨーク・メッツの新庄の打率くらいの割合で確実にある。専門の技能もないし、果物屋だっていつ潰れるかわからない。ファッション誌のコラムの原稿料は、高校生のアルバイトと変わらなかった。
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『骨音』では、セミ・プロのコラム・ライターに馴染んできてる頃のマコトが、探偵もどきに依頼に対処する様子が描かれてる。
「もどき」と書いても、別にカラカイの気分を込めてるわけじゃぁない。請け負った依頼に対処するマコトは、真剣だし。
でも、マコト本人だってわかってることでもあるのね。
カツシンはよく響く声でそれから三十分ほど話した。メモを取り、欠けている情報を質問で埋めていく。まるでほんとうの探偵みたいだった。〔後略〕
“カツシン”ていうのは“日の出町公園の新さん”の別のニックネーム。どちらも本名では無いらしい。「おれらの世界では名前なんぞ意味が無い」ので、とおり名の“日の出町公園の新さん”を名乗った。
「あんたはもぐりだが腕のいい探偵だときいている」ってマコトに依頼を持ちかけた新さんは、噂話を元に、マコトのことを少し誤解してたのかもしれない。あるいは、切羽詰まってて、噂話でもすがらざるを得なかったのか。
なんにしても、請け負った依頼に対処するマコトは真剣だけど、探偵の真似事であることは、マコト本人もわかっててやってる。
じゃぁ、コラム・ライターのネタ探しの延長でやってるのか、と言うと、その辺もビミョい。
〔前略〕まるでほんとうの探偵みたいだった。電話をきってから、その夜タカシにわたすためのペーパーをつくった。コラムの二十四倍速で終了する。
この調子で量産できるなら、プロのコラムニストになれるかもしれないと思った。毎回池袋のホームレスの話を読みたがる読者など、どこにもいないだろうが。
それに、マコトを探偵だと思って読んでくと、「骨折り」犯の処遇を他のキャラに委ねちゃう展開が物足りなく感じるかもしれないよ?(これはネタの先取り)
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『骨音』は、長さの割りに盛りだくさんな作品だ。それでも、石田流でテンポのいい物語に編まれてる。
「セミ・プロのコラム・ライターに馴染んできてる頃のマコトの探偵もどきの行動」は、いろんな断片から編まれてて。
例えば「『骨折り』事件を巡るサスペンス」、「自分の生活を『池袋の底に張り付いて生きている』と思うマコトの納得」、「ストリート・ギャングの“キング”タカシ(安藤崇)とマコトの『仲がいいなんて関係からは最も遠い』付き合い」などなど、他にもいろいろ細かな図柄を読み採れる。
アタシ(紹介者)としては、序盤の読みどころとして、マコトとタカシの付き合いから挙げていきたい。
序盤では、こんな描写が読める。
「池袋にもいろいろなガキがいるものだな」
おれはうなずいていった。
「まったくな。おまけにホームレスの骨をたたいてまわるやつもいる」
「骨折り」事件への対処にGボーイズの応援を要請しようと、マコトがタカシを呼び出した時の会話だ。
マコトから「骨折り」事件の概要を聞いたタカシは、うっすら笑って言う。
「なにかのゲームみたいだな。足から腰、助骨から肩、鎖骨を抜けて腕。だんだんと『骨折り』の部位が人間の身体をあがっていく」
“それはおれも気になっていたことだった”マコトは思った。
「そうだ。残っているのは首か頭。つぎに狙われたやつは、ほんとに悲惨なことになる」
タカシは平然という。
「それで警察が本気になれば、それはそれでいいんじゃないか」
おれはすこしムッとした。
「人の命がひとつかかっていてもか」
キングはフロアに落としていた視線をあげて、ちらりとおれを見た。いきなり木枯らしが頬をなでたようだった。タカシの視線には物理的圧力がある。しばらく黙ってやつはいた。
「それがマコトのいいところなんだろうな。だが、『骨折り』がやらなくても、あと三ヵ月もすればシベリア寒気団が十人単位でやつらを連れていく」
それは動かしようのない事実だった。セミが秋を越せないように、東京のホームレスも冬を越せずに死んでいくものがいる。数百か数十になるかは知らないが。〔後略〕
「それは違う」と、マコトはタカシに言う、「人が死ぬのと誰かに殺されるのは別の問題だ」
「それにホームレスの男たちは、おれやGボーイズのガキどもとぜんぜん変わらない。ついてないことが重なれば、今どんなに恵まれていても、おれたちはいつか公園で寝泊りすることになる。それが今の日本のかけ値なしの姿だろう」
“今度ははっきりと笑ったタカシ”は、めずらしく長めのセリフでマコトに応じると、マコトの応援要請にGボーイズを動かすと請け負う。しかも「ギャラは負けといてやる」。
ここのやりとりは、面白い。「ギャラは負けといてやる」の前後のタカシのセリフは是非、作品を読んでほしい。I.W.G.P.の連作を読んで無い人でも、タカシがロハでGボーイズを動かすことの意外感と納得感を味わえるはずだ。
意外感は、引用箇所からも読み採れると思う。納得感の方は、作品から読者がそれぞれに読み採るところだろう。
少しだけ、物語の先取りもすると、「骨折り」事件の犯人を探り出した後、犯人の処遇を巡って、新さんとタカシとマコトの間で意見が食い違う様子が描写されるくだりがある。こっちも『骨音』の読みどころの1つで、このくだりから、マコトの要請をロハで請け負うタカシなど、序盤を読み返すと、意外感も納得感も、また一段細かな色合いが見えてくるはずだ。
(それに、前に先取り紹介しちゃった「犯人の処遇を他のキャラに委ねちゃう展開」とも関連してくし)
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『骨音』は、長さの割りに盛りだくさんな作品。
本当なら、タイトルの「骨音」を、キーにして、ストーリーを読み解いてくのが、多数派の楽しみ方だろうとは思う。
アタシ(紹介者)が、「骨音」について触れなかったのは、紹介文の類では不必要なネタバレは避けるってポリシーがあってのことなんだけど。
実は、アタシ、小説版の「骨音」には、割と手こずったって事情も白状しとくね。
あるいは、あなたは「骨音」について、そんなに戸惑わないで読めるかもしれない。その読み方で物語を読み解いていっても、アタシがこの紹介文で推した読みどころも、きっとどこかで響いてくるだろうと思います。
アタシとしては、小説版の「骨音」、マコトの敏感な感覚を通して描かれた池袋の風景と対照しながら読むと面白かったです。
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あるいは、あなたが、小説版『骨音』も原作として作られたドラマ版『I.W.G.P. 池袋ウエストゲートパーク』スペシャル(「スープの回」)を先に観てた人なら、「骨音」のネタも見えてるかもしれない。でも、ドラマ版と小説版は別の作品。
『骨音』の頃になると、小説版のマコトとドラマ版のマコトの違いも大きくなってる。小説版は、ドラマ版を未見だろうと、観ていようと、楽しく読める物語になってると思う。
うーんと……、「ドラマ版のマコトの方が好きっ」てゆー人もいるのはわかるのよね。
例えば、もし、小説版、ドラマ版のマコトと双子の兄弟が、ドラマ版とはちょっと違った人生送ってたら、みたいに読めたら、楽しめるだろう、とは思うんだ。どっちも楽しめれば、数倍美味しい。
文春文庫版『骨音』にはドラマ版の脚本を書かれた宮藤官九郎さんの解説も収められてて、小説版とドラマ版のマコトのことも書かれてる。面白く読める解説。
小説版の直截なネタバレは全く見当たらないし、短くて読み易いから、文庫版購入検討の手がかりにする、みたいのもアリだよね。
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『骨音』の初出は、「オール讀物」2001年11月号、とのこと。
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書誌情報:
石田 衣良,『骨音』(池袋ウエストゲートパーク3),文芸春秋,Tokyo,2002.
ISBN 4-16-321350-3
石田 衣良,『骨音 池袋ウエストゲートパークIII』(文春文庫),文芸春秋,Tokyo,2004.
ISBN 4-16-717408-1
備考:
物語内の今=『骨音』の物語内で語られる出来事は、主に、マコトが新さんから依頼を受けた9月中旬から、4、5日間のこと。エピローグ相当パートの後日談では、秋の終わり頃の出来事が語られてる。
連作を通じた時間経緯も定かでは無い。マコトの依頼請負と対処は、『水の中の目』で語られた出来事よりも後のこと、と思っておくのが素直な読み方だろう。
語り手の今=語り手の今は、あまり細かくは特定できない。物語で語られた出来事の「秋の終わり頃」よりは後。
連作を通じた時間経緯も定かでは無い。『水の中の目』が語られた「語り手の今」よりも後、と思っておくのが素直な読み方だろう。
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