『戦史の名画をよむ レンブラントの「夜警」』有坂純(『歴史群像87号』)ストーリー性重視のレンブラントとキャラクター性重視のフランス・ハルス

 レンブラントの『夜警』といえば、美術に興味がない人でも、学校の授業などで一度は目にする機会があるだろう。
 薄暗い背景に溶け込むように兵士たちが銃を構えたり旗を掲げたりしている中、そこだけはあざやかに浮かびあがるように、光の中、少女がいる。
 この絵は肖像画であり、絵の中の兵士たちはみな、当時のネーデルランド市民隊のメンバーである。
 市民隊の本部を飾る絵を市民隊がレンブラントに注文し、自分たちをその絵の中に登場させたわけである。

 そういう視点でこの絵を見直してみよう。
 「私」が、その市民隊のメンバーのひとりだとする。
 市民隊、といっても、パートタイムの兵士である。「私」は、おそらく、それなりに裕福な市民であり、ふだんは当時のオランダらしく交易の仕事をしていたりするのではないだろうか。
 オランダは、もともと、スペインの植民地であった。
 しかし、そこに住む人々はプロテスタントを信仰したため、カソリックのスペイン本国とは仲が悪くなり、ついには1568年に独立戦争が勃発する。
 1609年にオランダ共和国はスペインと停戦協定を結ぶが、その後は今度は30年戦争の混乱が待ちかまえていた。プロテスタントとカソリック、神聖ローマ帝国皇帝と諸侯、そしてスペインやフランス、スウェーデンといった周辺諸国の利害や思惑が入り乱れたこの戦争が終わるのは、1648年のウェストファリア条約ヴェストファーレン条約)で、これでようやくオランダは正式に独立を果たすことになる。

 さて、この絵が描かれた時代は1642年だ。
 ちょうど、オランダが正式な独立を勝ち取る前であるが、ことスペインとの戦争に関してはあらかた終わっている。
 さらにオランダはこの頃になると海上貿易によって巨万の富を稼ぐようになっている。この絵を注文した市民隊の「私」は経済的には裕福であり、地域社会においては尊敬を受ける身である。

 では、軍人としてはどうかというと。

 これといった仕事は、たぶんしていない。
 パレードのようなものは、何度か経験しているかもしれない。が、ドイツで行われた三十年戦争は企業化した大規模な傭兵軍によるものであり、市民隊が参加するようなものではない。そして、スペインとの独立戦争でも、軍制改革で有名なマウリッツ将軍らが頼りにした主力はやはり傭兵隊なのだ。

 古代ギリシア、そして古代ローマにおける市民隊こそが軍隊の主力という時代ではすでになく。
 フランス革命後の国民皆兵制度による国民軍という時代は、まだやってこない。

 つまりはまあ、儀礼的には軍隊でございという顔はしているが、実戦経験はおそらく皆無なのだ。市民隊の役目は都市の防衛と治安維持であり、戦わないですむなら、それに越したことはないのだ。
 それについて少々残念というか物足りないものはあるかもしれないが、戦場で空腹を抱え、泥まみれになり、寒さにふるえながら殺し合いをする経験が欲しいかというと、これはもう、断固として拒否したいところであろう。

 だからこそ、レンブラントという気鋭の画家による絵には、なかなか満足がいくものがある。やや暗くて「私」がどれだかわかりにくいという点はあるが、フランス・ハルスが他の市民隊を描いた絵が普段の会合で兵士らしいところがないのと比べると、ちゃんとツボを心得ている。

 市民隊の役目は、郷土の防衛である。ドイツで行われている信仰を隠れ蓑にした陰惨な権力闘争の殺し合いとは違う。中央にいる少女=擬人化された我らが中隊の旗印を守る、現代の騎士。聖なる守護者。
 うむ、悪くない。汚れなき少女を守るためにのみ戦うというのであれば、実戦の経験がろくにないのも決して恥じることではないぞ。

 さてさて。
 以上は、適当な妄想による駄法螺である。
 他の市民隊の肖像画に比べて芸術性、ストーリー性重視のレンブラントの絵は不評であったとか、そういう意見もある。
 その一方で、中央に描かれたコック隊長はこの絵の水彩模写を大事に飾っていたという。たぶん、当時この絵について文句を言った人はそうしたストーリー性重視で登場人物、キャラクター(注文主)重視でない点に不満があったのだろう。
 そして、時代が流れて絵の登場人物が全員墓場に行き、誰が誰でもよくなった未来。
 そのストーリー性重視な部分が際だつようになって、はるか東のジパングの子供たちですら、教科書でこの絵を見るようになったわけである。

 この絵が描かれた時代は、日本では江戸時代の初期だ。後に黄門様と呼ばれることになる水戸光圀の生きた時代でもある。
 水戸光圀という実像よりも、講談や時代劇による黄門様の方が我らには親しいように。
 レンブラントによる肖像画は、当時よりもなお色濃く、実像とは無関係に、ネーデルラントの市民隊を今に伝えているのである。

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