石田衣良、著、I.W.G.P.外伝『赤・黒〔ルージュ・ノワール〕』、ルーレットは回り球は踊る

『赤・黒〔ルージュ・ノワール〕』は、I.W.G.P.池袋ウエストゲートパーク)の「外伝」と銘打たれた長編。もちろん、石田衣良さんの作品だ。
 スピード感のある作品で。2転3転する展開のスリリングさは、長編ならでは。

 街のダーク・ゾーンに引き込まれそうになってる30男が、起死回生に挑むことになるストーリー。物語のトーンは、本編連作とちょっと違います。音楽で言ったら、プレイ(演奏)のスタイルが違う、みたいな感じ。

 この作文は、I.W.G.P.の小説シリーズを読んでて、これから『赤・黒』を読もうかな、って方を想定した紹介文。
 シリーズ作品を未読でも、単独作として充分楽しめる作品なので。シリーズ本編を未読の方は、別に書いた単独作としての紹介文を、よければどうぞ。

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(文春文庫版、書影)

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(徳間文庫版、書影)

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『赤・黒』は、I.W.G.P.の「外伝」。つまり、まず、本編連作と独立して楽しめる作品だ。
 その上で、本編と関連付けながら読んでも、また違った楽しみ方もできる。丁度、朝の光で視る光景と、夕方の光で視る光景が、ちがってみえるような感じ。

『赤・黒』で描写されてる世界も、I.W.G.P.ワールドの別のみえ方なんだ、って思える。だから「外伝」。多分ね。

 主人公の小峰渉は、「もうそれほど若くない」フリーの映像ディレクター。池袋のマンションで暮らしてて、数年前に仕事の取材で知った池袋の非合法カジノで、ギャンブルにはまってる。
 税金対策と言ってスポンサーを募っては、年に数本、ヴィデオか映画を作って暮らしてる小峰は、『赤・黒』の物語で池袋や東京のアングラ社会、非合法な世界を巡ることになる。
 アングラ・ワールドの案内役のようにして小峰に付き添うのが、本編連作にもちょくちょく出てくるサル(斉藤富士夫)。

 小説版I.W.G.P.のファンには、小峰よりも十歳以上若いヤクザ、サルの活き活きとした描写が楽しい。

「〔前略〕どんな組織でもその場の状況より、そいつ個人の力が上ならなんの心配もない。組織なんて鉄棒といっしょさ。ぶらさがってりゃ、苦しくてたまらない。でも一度踏ん張って、鉄棒をまたいじまえば、あとは座ってるだけでいい。別に尻の肉は疲れないだろ」
 小峰はサルを見あげた。映像製作の才能に疑いをもつことさえなかった二十代の自分を思いだす。小峰は若い氷高組構成員の自信がまぶしかった。危うさと同時に、自然に好意を感じた。〔後略〕

 例えば、サルがルーフ可動型のオープン・カー転がしてるなんて、アタシ思ったこともなかったわ。
 黄色のカプリオレのことを小峰は「サルさんらしくないクルマだな」って言うけど。結構トッポい感じが、それらしい気がする。

 サルは最初に『エキサイタブルボーイ』に登場した頃より、暴力団内で出世してて。『赤・黒』の頃には「池袋で売り出し中」の「氷高組の出世頭」。
 ちなみに「氷高組」ってのは、I.W.G.P.でおなじみの関東賛和会系列の、多分、小組。「(株)氷高クリエイティブ」って会社組織で、「博打と経済」をシノギにしてる。
 電話ボックスに貼ってあるような風俗店の小さなチラシとか、池袋あたりで使われる分は一手に製作してるらしい。後、風俗店のサイトのデザインや管理も請け負ってるみたい。アタシなんかが、漠然と想像するヤクザ屋さんにしては、妙に勤勉な感じで、ちょっと、おかし味がある。

 物語序盤のあたりから、少しだけネタバレさせよう。

 ギャンブルでこさえたらしい借金を抱えてる小峰は、彼に非合法カジノを教えたヤクザ者、村瀬の誘いに乗って、非合法カジノの売上金強奪に加担。狙いは、氷高組が経営してる「セブンライブス」の1週間分の売り上げ。計画は、セブンライブスの雇われ店長も内通した狂言で。被害者を装う店長が、犯人について嘘の情報を流すって、絵に描いたような計画だ。

 強奪は成功するけど、犯行グループ内での殺人、持ち去られる強奪金と、目まぐるしく事件が続き、小峰は氷高組に拉致されちゃう。氷高組は、発信者不明のファックスで、小峰たち実行犯の素性を知ってたのだった。
 村瀬を利用し、自分たちも操った陰の首謀者がいる、と知った小峰は、ハッタリ半分で、自分と氷高組をハメた謎の首謀者の素性を小峰自身が暴くと、氷高組長に掛け合う。
 開き直ったような駆け引きを面白がった組長は、1カ月の期限をきって小峰を泳がせる。もし、暴けなければ、小峰は5千万の借金を被されて、ヤクザの組関係で下働きだ。
 まあ、氷高クリエイティブなら、うまく立ち回れれば、企業舎弟になれるかもしれない(?)。すでに犯罪に加担してる小峰は、警察を頼ることもできない。

 こんな小峰のお目付け役を命じられたのが、サルって展開。
 そういうわけで、非合法カジノの売上金強奪を陰で利用した相手を求め、小峰は、池袋と東京のアングラ・ワールドを巡っていく。

 狂言強盗に失敗してから、自分の人生はまるで予測のつかない方向へ転がりだしてしまった。小峰の頭にホイールの外周をぐるぐると回転するルーレットのボールが浮かんだ。左端に0と00が並んだアメリカンタイプのレイアウトも見える。フェルトの緑が深い。これは平山が店長をしていたカジノバー「セブンライブス」の台に間違いない。鮮やかなイメージは、勝手に小峰の脳裏によみがえる直感映像の記憶だ。
 いつか勢いをなくして、自分もどこかのスポットに落ちていくのだろう。問題はその先に待つのが、血の赤か闇の黒の数字しかないことだった。〔後略〕

 シンプルに読めば、自分の苦境を人ごとのように、距離を置いて眺めてる「腐りかけ」の中年男(小峰)の心象なんだけど。
 イメージの焦点は、回転するルーレット盤、落ちずに走ってる球の運動。「いつか勢いをなくし」ちゃうことは、わかってるわけだけど。

 小峰は「緊張すると、周囲の風景をカメラのようにフレーミングする癖」がある。「切りとられた映像は脳のどこかに蓄えられ、しばらくは忘れることができなくなる」って設定。周囲の風景に、心理的な距離を置いて視るよう、習慣づけられてる。「映像関係のプロダクションを渡り歩いた」だけはある職業柄。

 作中のあちこちで小峰の「直感映像」の設定ははうまく使われてて、地の文の描写も、マコト(真島誠)の回想である連作本編とちょっと違ってきてる。
 マコトは、かなり鋭敏な感受性を持ってるから、描写に文飾が多い。もっと言えば、リアルな外界にマコトの脳内の夢想を被せたような描写も目立つ。照れ隠しみたいな饒舌さもある語りが、テンポよく繰り出されてくのが、I.W.G.P.本編の語り口。(それだけに、マコトが語らない事が、暗に描写されると面白いんだけど)

『赤・黒』でも、長短様々の断章を連ねる石田作品の基本スタイルは踏襲されてて、テンポはいい。序盤のスピード感、クライマックスから終盤にかけての加速感がすっごく楽しい。

 ただし、連作と比較すると、文飾の類は比較的控えめ。饒舌さも無く、基本的には、本編より客観的な感じの語りが多い。これって、小峰が習慣づけてる、風景との心理的距離感とも関連してると思える。

 そういうわけで、外伝の語り口は、本編連作とはちょっと違う。

 著者が『赤・黒』で選択した手法は、小説では決して珍しいスタイルではないけど。「自分もどこかのスポットに落ちて」いきかねない期限1カ月の状況を、小峰がどこか他人事のように眺めてしまってる感じが、物語全体にシニカルなユーモアを漂わせてる。
 シニカルなユーモアは、本編連作でもみれないわけではないけど、一旦、語り手キャラ、マコトの視点を経由してる。マコトは、基本的には、前向きなので、本編の方のシニカルなユーモアは、物語内での小さな出来事に対するアドリブって感じ。
『赤・黒』の方では、物語を通じて微かに続いてる基調トーンのようにして、シニカルなユーモアが感じられる。

「池袋の底に張り付いて生きている」(『骨音』)マコトの「どうせ貧乏人は互いに盗みあい、助けあうものだ」(『銀十字』)って、前向きな開き直りと、「若い氷高組構成員の自信がまぶし」く思えるような「もうそれほど若くない」小峰との違いでもあるでしょう。

 だいたい、小峰は“狂言強盗に失敗してから、自分の人生はまるで予測のつかない方向へ転がりだしてしまった”とか思ってるけど。小市民的なお行儀のいいセンスから言ったら、非合法ギャンブルなんかにハマった時点から、小峰はヂリヂリ転落しだしたんだろうな、と思える。

 その辺の転落物語みたいのは、必要最低限しか語られて無いけど。
「度胸もなかなかだし、頭も切れる。だけど、あんた、なにか大事なもんが一本抜けてんな」
 サルが小峰を評した言葉だ。
 まさか、サルが小市民的なセンスで「大事なもん」を言ってるとは思わないけど。
 ともかく、『赤・黒』の頃の小峰って、「なにか大事なもんが」欠けてるように思える男。小峯自身、サルに「一本抜けてんな」と言われたところで、“足りないなにか探すために、自分はギャンブルにのめりこんだのだろうか”とか、思ってる。

 そんな小峰が、起死回生の勝負を非合法カジノの大イベントで仕掛けようとするあたりから、物語はクライマックスに向かってく。
 小峰が仕掛ける大勝負は、当然のようにルーレット。

 不必要なネタバレを避けたいから、詳しくは書かないけど。
 クライマックスに向かうあたりから、物語のサスペンスはヂリヂリ高まってく。
 クライマックスで描かれる大イベントのあたりでは、加速感と緊張感を一挙に楽しめる。濃密な描写から目を離せない感じで、一気に読めるはず。

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 ところで、『赤・黒』には、Gボーイズとタカシ(安藤崇)が登場する場面もあります。
 本編のマコトも知ってはいるんだろうけど、多分意図的に距離を置いてるんだろうGボーイズの一面が描写されてて、サルの描写同様に、本編とは別の面が読める。
 ことにタカシについての描写は、短めだけど、面白い。

 マコトのことは、サルやGボーイズとの会話で語られています。
「〔前略〕午後一で迎えにいく。バックれようなんて思うなよ」
 小峰の犯人探しのお目付け役を命じられたサルが、調査初日に小峰に入れた電話でのセリフです。

「〔前略〕バックれようなんて思うなよ」
「わかってる。ぼくたちのあいだに秘密はないんだろ。こっちはこれからシャワーを浴びる。見にくるかい」
 サルは鼻で笑った。
「ふん。あんたはなかなかおもしろいよ。おれの知り合いにひとり、あんたみたいなガキがいる。マコトっていうんだが」〔後略〕
「その彼は、うまくやってるかい」
「ああ、まあまあだ。そう幸せそうには見えないがな。じゃあ、あとで」
 小峰は不思議だった。百パーセント幸福な人間を見たことはないが、百パーセント不幸な人間ならすぐに指を折ることができる。それが池袋の街のせいなのか。自分の人生のどん詰まりのせいなのか、よくわからなかった。

 サルからみると、マコトって「そう幸せそうには見えないが」なのね。なるほど、なるほど。

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『赤・黒』の原形は、雑誌「週間アサヒ芸能」に連載されてたそうです。連載時期は「テレビドラマが放映されていた時期に相当する」(徳間文庫版解説)て話なので、2000年かな(?)。その後、単行本化に際して、大幅加筆改訂されたそうです。

 細かなことになるけれど、2006年に刊行された文春文庫版の前に、2004年刊行の徳間文庫版もあって。
 徳間文庫版では、石田衣良流で多数に分割された断章の間には、みな1行開きの空行が置かれてる。
 文春文庫版では、本編文庫と同じように、断章の間には、簡素なカットがアイコンのように置かれてる。
 読み易さについては、アイコンを置かれた文春文庫版の方が読み易いと思います。
(ちなみに、文春文庫版のアイコンは3種類のカットが機械的ローテーションで置かれてて。多分、長編作品のヴォリュームを意識してのことだと思う。『うつくしい子ども』の文庫版みたいにアイコンの種類が特別な指示機能を担ったりはしてないはず)

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書誌情報:
石田 衣良,『赤・黒 池袋ウエストゲートパーク外伝』,徳間書店,Tokyo,2001.
ISBN 4-19-861308-7

石田 衣良,『赤・黒 池袋ウエストゲートパーク外伝』(徳間文庫),徳間書店,Tokyo,2004.
ISBN 4-19-892013-3

石田 衣良,『赤・黒 池袋ウエストゲートパーク外伝』(文春文庫),文芸春秋,Tokyo,2006.
ISBN 4-16-717410-3

備考:
物語内の今=物語で語られた出来事は、主に、ある年の8月の、1カ月に満たない期間に起きている。
単独作として読む場合、これ以上の時期特定は期待されていないようだ。
連作で読むと、物語内の出来事は『水の中の目』で語られた一連の出来事と少し重なる8月に起きた、と思える。
西一番街テイクアウト』の頃までに、サルは、関東賛和会の本部長代行に出世している。おそらく、『赤・黒』で語られた出来事が出世のきっかけなのだろう。少なくとも、サルが直接所属する氷高組が、賛和会の内で優位に立ったことは、『西一番街テイクアウト』で語られる。
語り手の今=実質的には1人称に近い面があるが、形式的には3人称が主体のスタイルなので。物語の語り手の痕跡は、テクストの表層から、ほとんど隠蔽されている。
語り手の視点は、神の視点とは微妙に異なる。そのことが、物語内の今と語り手の今が、ほとんど一致しているかに見えて、微妙にズレるカ所もあって。微細なペース・チェンジのような効果を生んでいる。

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