石田衣良、作、『西口ミッドサマー狂乱〔レイヴ〕』(『骨音』池袋ウエストゲートパークIII所収)
『西口ミッドサマー狂乱〔レイヴ〕』は、石田衣良さんの「池袋ウエストゲートパーク」(I.W.G.P.)連作の1本。3冊目の作品集『骨音』の、巻末に収められてる書き下ろし。
多分、単行本刊行時に書き下ろされ、雑誌掲載作を採録した他の3本より長め。盛りだくさんなのにスピーディーな展開に、迫力がある。
語り手キャラのマコト(真島誠)は、池袋のストリート・ギャングの“キング”、こと、タカシ(安藤崇)に、幕張まで呼び出される。タカシは、商業レイヴ会場の楽屋で、マコトを「Gボーイズの頭脳」と言って、レイヴのオーガナイザー「ヘヴン」の幹部たちに引き合わせる。
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「こいつがさっきから話題になっていた真島誠。池袋のGボーイズの頭脳で、なぜかこいつがかかわると事件は、のろのろとだがうまいエンディングにむかう。特別な勘というか、不思議な運があるのかもしれない」
タカシはおれを見てにやりと笑った。
「こんな間抜けづらで、ファッションセンスもいけていないが、外見ほど頭は悪くない」
〔後略〕
「ヘヴン」は、この5、6年、各地で大規模レイヴを成功させてきたオーガナイザー。マコトがはじめて体験した幕張の商業レイヴは、来場者5千人程の規模だったようだ。
タカシの段取りでレイヴを体験見学(?)してたマコトは、深夜12時過ぎに楽屋に呼び出されて。ヘヴンの幹部たちとの顔合わせになる席には、代表の御厨ソウメイや、看板シンガーでモデルでもあるトワコ(永遠子)も出てた。
〔前略〕
「ほんとにだいじょうぶなのかな、この人」
計算のできる犬を見るような目でおれを見る。キングはゆったりとソファに身をあずけ、トワコに笑いかけた。
「Gボーイズの保障つきだ。おれも何度か危ういところを助けられた。こいつに解決できないなら、あんたたちにも警察にも絶対やつらは押さえられないだろう」
信頼はありがたいが、おれは弱っていた。〔中略〕
「やつらって誰」
御厨が周囲を見まわした。目が合っても秘書のような男たちはまったく表情を変えなかった。ため息をついてからヘヴンの代表は諦めたようにいう。
「ウロボロス」
タカシがマコトを引き込むことになるのは、ヘヴンが執り仕切るレイヴ会場からドラッグ・ディーラーを排除する、って依頼。
「ウロボロス」は、ヘヴンが排除したがってたディーラー・グループで、連中はオリジナル・ドラッグ「スネークバイト」を扱ってる。
だんだん仕事の筋が読めてきた。おれがうちの果物屋でやるのと同じだ。大切な商品を全部ダメにするまえに、段ボール箱のなかから腐ったリンゴだけを抜き出して捨てること。おれはいった。
「ソフトドラッグの売人はそっとしておき、ウロボロスだけ排除したいんだろ。もちろん警察の手は借りず、すべてないしょのうちに」
「安藤くんのいうとおりだ。真島くんはのみこみがいい」
御厨はうっとりと笑う。おれにはやつが笑っているのか、ドラッグが笑わせているのかわからなかった。〔後略〕
マコトは、「でたらめな暑さの八月にはいるまで、おれはドラッグにもレイヴにも興味はなかった」。そのせいか、なし崩しとも思えるほどあっさりした感じで、依頼を引き受けちゃう。
マコトは、ヘヴンの幹部たちに「Gボーイズの頭脳」と紹介されたわけだから、依頼はGボーイズがヘヴンから請け負ってる形。過去にタカシは、Gボーイズが暴力団から振られた依頼をマコト個人に振って、ちゃっかり仲介者の立場に立ったこともあったけど(『エキサイタブルボーイ』)。今回は違う。
多分、そんなわけで、マコトは、Gボーイズがヘヴンに手を貸すって、タカシのお膳立てに乗る。
オーガナイザーがソファを離れると、おれは小声で王様にいった。
「あいつらっていつもこんな調子なのか。どっか浮いてるっていうか、まったりしてるっていうか」
タカシは鼻の先で笑ってうなずく。
「そうだな。天国みたいに浮世離れしている」
「Gボーイズがこんな仕事を受けて、なんのメリットがあるんだ」
タカシが横目でちらりとおれを見た。
「ヘヴンは日本全国にネットワークをもってる。海外にも手広くな。ときにはGボーイズも池袋の外の世界とつながらなきゃならないのさ。経営学の基本を知ってるか」
知らないというと、意外ときれいな発音でやつはいう。
「アクトローカル・シンクグローバル」
池袋のキングはにっこり笑い、肩をすくめて見せた。自分の街が好きで、世界なんてほんとはどうでもいいとおれはいわなかった。きっとタカシのほうが正しいのだ。
「おーい、真島くん、きみも見ておいたほうがいい。いくぞー」
天国の組織人の声が遠くからやわらかに響いてきた。
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『西口ミッドサマー狂乱』は、長いだけあって盛りだくさんだし、多彩なキャラクターが登場する。
顔合わせ会談の席で、天国の組織人、御厨氏は、ウロボロスのイッセイって人物の名を口にするけど、イッセイの素性を訊ねるマコトの質問を「それは次の機会に」とはぐらかす。
実は、会談の直前、レイヴを体験見学してたマコトは、トイレで「自分の尻尾を喰う蛇(ウロボロス)」のイレズミを手の甲に入れた男たちと偶然に遭遇していた。ウロボロスのメンバーは、マコトにスネークバイトの紛い物を売りつけようとしてたヤク(薬物)の売人にリンチを加えたのだった。
「せっかくの商談中に悪かったな。だが、おまえも偽もののスネークバイトには手を出さない方がいい。あんな粗悪品をくったら失明するぞ。それじゃ」
焦る素振りも見せずに便所をでていこうとする。おれはいった。
「あんたたちなら、ほんもののスネークバイトを売ってくれるのか」
男はちょっと驚いた顔で振りむいた。
「どうだろうな。どちらにしても今夜の分はもう残っていない。つぎのレイヴで会ったら、そのときまた注文してくれ」
マコトが初体験したレイヴは、翌朝まで徹夜で続くんだけど。会場でスネークバイトを摂取して倒れ、病院に運ばれる者が12人でる。内、3人が意識不明。
病院で、集中治療室に入ってる3人以外に訊き込みをした後、マコトは、ウロボロスのことをトワコに問いただす。
「おれにはどう考えても、ヘヴンとウロボロスが無関係とは思えない。イッセイって誰なんだ。事実を隠されたらおれにはウロボロスをとめられないよ」。
「しょうがないか。でも警察にはないしょにしてよ」と応えるトワコ。
トワコによると、佐伯イッセイは、ヘヴン創設メンバーの1人だった。
イッセイは、運営方針の対立から、3年ほど前にヘヴンを離れたそうだ。その頃から御厨氏は、外部にスポンサーを得てもレイヴを一般に広めたい、と考えていた。自然発生的なシークレット・レイヴの流れを重視してたらしいイッセイの方は、外部資本の導入には否定的だった。
物語内の今から3年くらい前、最初に広告代理店と組んだ野外レイヴの成功がヘヴンの流れを決めた、とトワコは言う。
「イッセイさんはヘヴンを抜けて、ドラッグの世界からレイヴにかかわるようになった。LSDやコカインを超える力をもったあのミドリのやつで」。
「ミドリのやつ」っていうのは、スネークバイトの緑色の錠剤のことだ。
八月の日ざしの下で冷たいコーヒーをのむ。思わずつぶやいた。
「……スネークバイト」
「そう。昔イッセイさんに聞いたことがあった。あの尻尾をくわえるヘビの輪ウロボロスのマークは、永遠に醒めない夢、終わりのない知恵のシンボルなんだって。わたしがモデルとしてデビューしたときに、永遠子って名前をつけてくれたのもイッセイさんだった。ソウメイさんは現実主義者で、イッセイさんはロマン主義者なんだな」
小説版I.W.G.P.連作の紹介記事で、1、2度示唆したことがあるけど。マコトを語り手役にした本編連作はリアリズムの小説では無い。少し詳しく言うと、リアリズムっぽい描写と、どこか「おとぎ話めいた」描写とが、双方編み込まれた物語。トータルでは、リアリズム小説の枠に収まっていない。
リアリズムっぽい要素と、おとぎ話めいた要素の配分は作品ごとに異なってる感じなんだけど。
『西口ミッドサマー狂乱』は、2種類の要素が入り混じる網の目がとても細かくて、ほとんど分かちがたい図柄を浮かび出させてる。その点では3巻までの本編連作の内でも、高い達成度を示してると思える。
例えば、右脚が義足の美女として設定されてるトワコ。
彼女は、16歳でハイティーン向け女性誌の「かわいこちゃんモデル」としてデヴュー。数年後に交通事故で片脚を失った。さらに後、義足のモデルとしてステージに立って「今のトワコとして生まれ変わった」とマコトに語る。
「今のわたしならかわいこちゃんモデルには表現できないことを、きっと全身でみんなに伝えられる」そう信じて、リハビリに挑んだ、と語るトワコの歌声に、マコトは、シューベルトの「死と乙女」から想起されたイメージを抱いてた(再想起されちゃったのね)。
マコトがなぜか想起したのは、“間近に迫った死神など蹴り飛ばし、全速力で走り出す女”のイメージだ。
トワコは、もしリアリズム原理主義から見るなら、悪口のつもりで「マンガだ」とか言われそうななキャラ。
今時、マジでそんなこと言ってる意見があったら、笑っちゃうと思うけど。
マンガが好きなアタシ(紹介者)とかは、もちろんカッコイイって思う☆
ただ、作家石田衣良が凄いなって思うのは、マンガ風にカリカチュアされたキャラを出しても、描写が尽くされてるとこ。断章形式なのに描写が尽くされてるんだよね。
トワコには、ステージの上の“死神など蹴り飛ばし”ちゃうようなイメージと別に、ちゃんとプライヴェートな暮らしもあって。そちらも描かれてて。キャラのトータル・イメージが、凄くいい。
あるいは、トワコが、現実主義者と評した御厨氏、ロマン主義者と評したウロボロスのイッセイも面白い。
現実主義者と言われる御厨氏は「浮世離れしている」天国の組織人として描写されてて。ロマン主義者と言われるイッセイの方は、レイヴ会場だけでなくストリートでドラッグのブランドを確立するような現実的手腕を示してる。
この2人の対照は、物語のあちこちに分散されて、飛び飛びに点描されてるけど、読み応えがある。
それから、不必要なネタバレを避けたくて、この紹介文では言及しなかったけど、黒人米兵と日本人ホステスが両親って設定のハーフの若者、エディもいいキャラだ。
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『西口ミッドサマー狂乱』の物語内では、主にある年の8月の土曜日から1週間ほどの出来事が語られる。物語内の今からみた、過去についての語りも織り込まれてるけど。主要な出来事は1週間ほどの間にスピーディーに展開する。
1週間ほどの間に、「ドラッグにもレイヴにも興味はなかった」マコトは、義足のモデルとの激しい恋愛と別れを体験し、友達の1人を失う。
依頼を受けた件の決着がついた直後に、マコトは“もう二度とドラッグ絡みの事件は引き受けない”とか心に誓うんだけど。それくらいマコトはハードに翻弄される。
お気の毒様なくらいに、立て続けにいろんなめにあった怒涛の1週間だから、無理ないけど。読者にとっては、盛りだくさんでスピーディーな物語は読み応えがある。
ちなみに、マコトは“もう二度とドラッグ絡みの事件は引き受けない”とか心に誓った後に続けて、“俺には池袋の街と貧乏くさい現実だけで十分だ”とか考えてる。
でも、アタシが思うには、もし、街の住人たちがドラッグに脅かされるような事件が持ち込まれたとしたら、多分、マコトは引き受けるよね(笑)。
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書誌情報:
石田 衣良,『骨音』(池袋ウエストゲートパーク3),文芸春秋,Tokyo,2002.
ISBN 4-16-321350-3
石田 衣良,『骨音 池袋ウエストゲートパークIII』(文春文庫),文芸春秋,Tokyo,2004.
ISBN 4-16-717408-1
備考:
物語内の今=語られる主要な出来事は、ある年の8月の土曜日から、次の次の日曜の深夜から月曜早朝に及んでる。物語内では、物語内の今から見た過去の出来事も語られたり回想されたりしてるけど、物語内の今の主要部分はこの1週間ほどになる。
ちなみに、クライマックスにあたる日曜日は、作中で8月18日と特定されてて。これは本編連作の内でちょっと珍しい。
作品末尾のエピローグ相当パートでは、18日(あるいは19日?)から3日後の出来事が回想されている。
連作を通じた時間経緯は定かでは無いが、『キミドリの神様』で語られた出来事よりは、後のこと、と思っておくのが、素直な読み方だろう。
語り手の今=語り手の今は、エピローグ相当パートで語られた出来事が起きた時点よりは後。どれくらい後かは定かでは無いが、ある程度時間を置いたような印象の語りがなされている。
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