昭和初期の生活を給料と物価から知る――『「月給百円」サラリーマン 戦前日本の「平和」な生活』

昭和一桁当時の大卒の初任給は? 工場労働は? 小学校をでと仕事をはじめた子供の賃金は? 「月給百円」サラリーマンでは、当時の雑誌やエッセイ、小説を引きつつ「生活の相場感覚」を数字を用いて示しています。

もはや第二次世界大戦前に大人だった世代も遠くなり、今の人々はたいていは戦前の相場感覚というものをサッパリ理解できないと指摘していますが、確かにその通りですね。色々と意外なこと、納得の行くことが盛りだくさんです。当時から女性物の和服は高かったけど、洋服は安いがためもあり貧乏な感じがして嫌がられたとか。当時は教師の初任給はたいへん高かったとか。

興味深いことに、見習いだと物価換算して月収で5円(一万円相当)くらいなど、安い労働力はとことん安かったことが良くわかります。最低賃金制度が導入された現在がいかに幸せかわかりますな。住み込み女中も月給10円(二万円相当)だからこそ、中産階級でも普通に雇えたわけです。

物価からの貨幣価値は、当時の2000倍。しかし平均給与からの換算だと5000倍。当時に比べて平均の給与は2.5倍の価値になっているわけです。それだけ昔の生活はギリギリのものだった、あるいは現代では購入するものがたくさん増えた、というのがわかりますね。これだけ平均収入に対する物価が落ちているというのは、農家などにとっては致命的なデフレとなったであろうことも、想像に難くありません。

そんな給与格差などはあるものの、既に大学の前にノートをコピーして売る店ができていたり、サラリーマン向けの金融と借り換えサービスも始まり、中学受験戦争で問題の異常化が問題となり、塾通いも模試もあり、「馬にでもわかる微分積分」なんて本も出て、大学生は就職すればも抜けのからなどと言われ、バブルの時期には内定者に学費を出したり食事をおごったり海外にいけると約束し……。いまの日本と似通った光景は増えてきています。

最後に書かれていますが、格差面など色々と現在の中国と似通った側面はありますね。しかしデフレから賃金上昇なき景気回復な現在の日本とも似ているとこは多いように思いました。

しかしこう。はじめにで「戸建ての日本家屋に住み、主に和室で生活し、ふだんの買い物は八百屋や魚屋といった個人商店ですませ、日常の足は公共交通機関に頼る」というのが「昭和ヒトケタから昭和三十年代なかごろのでの日本人の基本的ライフスタイル」と書かれていてショックを受けましたよ。個人商店の専門店はスーパーといっしょくたにモールに入っているものの、そっちのほうが品質も値段もいいし。いまのうちの生活もこんなもんです。うーむ。やはり都心部では、そうでない生活が多数派なんだろうなあ。カルチャーギャップを感じます。

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