石田衣良、作、『月の草』(『4TEEN』所収)

月の草』は、小説家石田衣良さん著の、連作短編集『4TEEN』(フォーティーン)に収められた1編。
 東京の月島界隈で暮らす、中学生男子4人組を描いた短編連作の2作めで。
 語り手キャラの「ぼく」、北川テツローくんの、恋愛のような体験の物語だ。

 恋愛の「ような」なんて、もって廻った書き方になるのは、モダン・クラシックな恋愛--つまり、いかにも近代小説風の恋愛とは、タイプが違う物語が書かれてるから。

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「ぼく」は、一学期が始まってひと月半ばかりたった頃、クラスで3人めになる不登校児あてに、学校のプリント類を“配達”することになっていた。
“クラスで七番目か八番目にかわいい子”立原ルミナの住むマンションが、テツローくんの住むマンションの隣に建ってたからだ。

 もっとも最初のふたりは、クラス替えになるまえから学校にきていなかったから、顔もみたいこともない幻のクラスメートだった。だから立原ルミナがほんとうは初めての登校拒否になる。そんなの日本中の中学に五十万人くらいいて、ぜんぜんめずらしくはないけれど。

 だいたい週に2度くらいのペースでプリントを届けるテツローくんは、ルミナに誘われ、立原家に上がって、お礼のおやつを貰うようになる。って、言うか、対人恐怖症気味になってるルミナが、それでも級友とのコミュニケーションを求める感じで、テツローくんに頼んで、家にあがってもらうように運ぶ。

「ごちそうさま。おいしかった。プリントはテーブルにおいていく。お母さんによろしく」
「待ってよ。私、一日中誰とも話せないんだから、ちょっと話をしていってくれてもいいでしょう」
 浮かせた腰を椅子にもどした。話すのはかまわない。でも、ルミナとぼくに共通の話題なんてあるのかな。〔中略〕

 引用は、テツローくんが3度めの“配達”に行って、立原家にはじめた上がりこんだ時の様子の一部。
 共稼ぎのルミナの両親は家にはいなくて。ルミナは鍵をかけた自室に篭ってる。トップスのチョコレートケーキが用意されてたリビングにいる「ぼく」との会話は携帯越しのもの。

 2週間後、多分7回めの“配達”の雨の日に、ルミナは自室から、テツローくんのいるリビングに出てくる。

 歯槽膿漏に悩んでる牛くらいの速さでカロリーメイトをかたづけると、ルミナはフルーツ牛乳で錠剤を一気にのんだ。ぼくを見て笑う。なんだか目玉と歯に笑いかけられたような気がした。ルミナの声はひどくハイだ。
「もう少しで目標の二十五キロなんだ。それまではがんばるつもり。今日は北川くんの顔も見れたしよかった。知ってる? 初めて配達にきたとき、バルコニーから見ていたんだ。あのポストがあかなかったのは、私が瞬間接着剤でとめちゃったからだよ」
 なんといったらいいのかわからなかった。

 小学生のころ、駅ビルみたい(新宿ルミネ)ってからかわれて「自分の名前大嫌いなんだ」って言うルミナは、「自分も大嫌いだ」と言う。
 本人は「がんばって」ダイエットをしてるつもりでいるんだけど。目標25kgって思い込みは、行き過ぎで、摂食障害と思える。
「いつからダイエットしてるの」と聞く「ぼく」に、「学校にいかなくなったころから」、と応えるルミナ。
「どうせいつかはまたクラスにもどるんだから、そのあいだになにかできることはないかなって思ったんだ」。

 この物語で語られてる体験は、アタシ(紹介者)には、クラシックな恋愛体験と言うよりは、むしろ異性間の友情の要素が濃いもののように思えるんだけど。
 こんなことが気になっちゃうのは、アタシが根が古いヤツだからかもしれない(苦笑)。

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『月の草』ってタイトルの含みだけど、多分次のヵ所に書かれていないこと(暗に示された事柄)を読んでいくのがいいんじゃぁないかな。

「私たちってあの月みたいなものかもしれないね。太陽と同じで光っているのは大人たち。私たちはおこぼれをもらっているだけ。自分ではなにもできないし、なにも決められない。草一本はえてない不毛の星。あーあ、せっかくふたりで歩いてるのに、こんなこといっちゃう。やっぱり私は私が嫌いだな」
 ならんで手すりにもたれた。ぼくは顔をだしてしたの水面を見ていた。運河の水はくれていく空を映して一段と暗く澱んでいる。
「ぼくも自分はあまり好きじゃない。でも、中学なんて永遠に続くわけじゃないよ。いつかはぼくもルミナも変わっていく。光を反射してるだけだってあれくらいきれいなら、月も悪くないじゃないか」

 引用したのは、ルミナが「一ヵ月ぶりに」部屋から外に出た「散歩」のときのやりとり。
「ぼく」がルミナと話すようになったきっかけには ルミナが仕掛けた作為(瞬間接着剤)があった、と明かされた後、“なんといったらいいのかわからなくなった”テツローくんが、「今日は雨だからだめだけど、つぎは散歩にでもいかない」と、“自分でも意外なこと”を約束した、そのつぎの配達日の散歩の時のやりとりだ。

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『月の草』は、見かけよりも微妙で、味わい深い物語。
『4TEEN』採録作の内でも、読みがいのある作品の1つと思える。

『月の草』では、ロウ・ティーンの少年と少女が、気持ちを響かせあう体験が描かれてる。
 描かれてる体験は、いかにも近代小説風の恋愛(モダン・クラシックな恋愛)とも、モダン・クラシックな恋愛の日本的な変種である純愛物語の類ともタイプが違う。
 だからと言って、もちろん色恋人情風のふしだらな話が書かれてるわけでもない。最後のは、言わずもがなだけど、いちおー(笑)。

 描かれてるのはクラシックな恋愛感覚ではなくて、むしろ異性間の友情の要素が濃く混じってるようにも読める。
 恋愛が描かれていないとか、恋愛になっていない、とか言ってるわけではないのね。
 友情の要素が濃く入り混じってはいても、トータルでは「恋愛のような」感情経験が描かれてると思える。
 クラシックな形態の恋愛物語や純愛物語が、どうしようもなく古びて見えちゃうご時勢の内、今風の恋愛感覚の可能性のようなものが、描かれてる気がします。
(ちょぉっと、誉めすぎかな??)

 サーッと読んじゃうと、ルミナの方の情動、書き込みが浅いように読めるかもしれないけど。そんなことはない、と思う。
 連作集を読むと、以降の作品に立原ルミナが登場しないのが、残念と言えば残念。

 新潮文庫版に収められた、著者あとがきによると、『月の草』は、連作1作めの『びっくりプレゼント』が、雑誌「小説新潮」に掲載されてから、「一年半以上もたっていた」頃に書くことが決められた作品らしい。

「最初の一本を書いてから二年半近くたって、ようやくシリーズ化を決めた」『4TEEN』採録連作の、シリーズ化決定の最初の作品、ってことになるわけよね。

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