『北方十字軍 バルトの異教徒に向けられた聖なる剣』荒川佳夫(『歴史群像No.88』より) 欲望でも狂信でもない、騎士団の存在理由をかけた戦いとは
十字軍については、これまでもいろいろな本を読んできた。
中東を目指すタイプの十字軍以外にも、異端や異教を撲滅するために、さまざまな十字軍運動が行われたことも知っている。
だから十字軍というモノも、十字軍の行動理念も、その歴史的意義も、私個人としてはあくまで趣味的に楽しむものであるというスタンスをとっている。
私にとって十字軍や聖騎士団とは、『ヘルシング』におけるアンデルセン神父の「暴力をふるっていいのは、異教徒と化け物(フリークス)だけです」とだいたい同じレベルである。そういうのでニヤニヤと笑いはするし、ゲームともあれば悪ノリして「聖なる手榴弾とスペイン宗教裁判をくらえーっ」と叫びはするが、あくまで趣味の悪い冗談の一種で、本気になったりはしない。
『北方十字軍』という記事で荒川佳夫さんが書かれた内容も、大筋としては私がこれまで読んできた内容を補完する形であった。
けれども。そこに描かれた聖騎士団の持つ哀しみに、存在理由を失うことの恐怖ゆえの十字軍に。胸をつかれもしたのである。
12~13世紀の東ヨーロッパはまだまだカソリック――ローマ教皇を頂点とするキリスト教の勢力は浸透していない。異教徒と異端の土地である。
そこへ、世俗の利権と宗教的熱狂の双方を求めた北方十字軍運動が起こる。
ドイツ騎士団(チュートン騎士団)もまた、そうした十字軍運動を背景に発展をしてきた。
中東で、巡礼を行うキリスト教徒への病院の経営をしていた騎士修道会は、十字軍運動の中でいつしか多くの騎士による軍事力と寄進によって得られた経済力とを合わせもち、カソリックの教会による社会的地位まで兼ね備えた一大勢力へと成長していたのだ。
だが、強大で富裕になれば安全で安心かというと。
もちろん、そんなことはないのだ。
強大で富裕であればこそ、己の存在理由を、社会における己の居場所を必要とする。騎士団は国家という世俗に根を張った組織ではない。十字軍という理念に人と金が集まった、その根幹にきわめて脆弱な面を持つ組織なのだ。
……余談ではあるが、戦争根絶という理念でガンダムマイスターが集まったソレスタルビーイングみたいである。(『機動戦士ガンダム00』)
閑話休題。
十字軍という理念を、異教と異端を撲滅するという理想を守るために、ドイツ騎士団は戦い続ける。
だが、それはしだいに、その理想を求めるからというよりは――
その理想がなければ、ドイツ騎士団は存在理由を失い、消えてしまうからだった。
ドイツ騎士団と同じように、きわめて有力であったテンプル騎士団が1307年にフランス王によって壊滅させられたように。
異端と異教と戦わない聖騎士団は、その軍事力と財力ゆえに、社会から抹殺されてしまう。
狂犬のように。狂信者のように。
残された聖騎士団は、異教と異端と戦い続けた。異教徒の町を襲い、異教徒の船を襲い、盗賊のように海賊のように、破壊と略奪をまき散らした。
私はこれまでそれを、彼らが狂犬であり、狂信者であるからと――そういう風に考えていた。
しかし、違うのだ。
彼らは、キリスト教世界の守護者でなくてはならなかった。ヨーロッパを異教と異端の侵略から守る英雄でなくては存在が許されなかった。さもなければどうなるかは、騎士の多くが拷問すら受けて異端の証拠をでっちあげられたテンプル騎士団の運命が教えてくれた。
だから彼らは戦い続けたのだ。その呼び名の通りの、聖騎士としての己の存在を示すために。
狂犬のように。狂信者のように。
聖騎士団は異教と異端と戦い続けた。
しかしついに、最後の時がくる。
それは、敗北ではなく、勝利の形で。
彼らの敵である異教の国リトアニアの大公が、ポーランドの王女と結婚してキリスト教徒になってしまったのだ。
キリスト教の勝利――それは、ドイツ騎士団が戦うべき異教が消えたことを意味する。
このときに、ドイツ騎士団の存在理由は北方の地に消えたのだ。
それでも、ドイツ騎士団はあがき続けた。リトアニアのキリスト教への改宗は偽物であるとして、彼らに戦いを挑んだのだ。
異教がなくては、存在できない。誰よりも、何よりも、異教と異端を必要としていたのは、聖騎士団だった。
しかし、すでにリトアニアはドイツ騎士団では太刀打ちできぬほどの強国であった。それがポーランドと連合したのである。他の十字軍同様に、世俗の欲望や思惑が絡み、各国から兵が集まりはしたが――もとより、ドイツ騎士団に勝ちの目は薄かったと言える。
そして、タンネンベルクの戦い。ドイツ騎士団はここに壊滅的な敗北を喫する。騎士団総長をはじめ、名だたる騎士の多くが戦死する。これがドイツ騎士団の退勢を決定的にしたとも言われているが私はそうは思わない。
>>>
一五二五年、騎士団領プロイセンは世俗的なプロイセン公国となり、十四世紀の最盛期には約一二〇〇人の騎士修道会士が属したという騎士団国家はここに消滅する。
だが、その一〇〇年も前、タンネンベルクの戦い以前に、異教国家の消滅と共に騎士団国家もその役目を終え、北方十字軍もすでに終焉を迎えていたのである。
>>>『北方十字軍』より(『歴史群像No.88』p161)
記事を書かれた荒川佳夫さんの言葉の通り。
戦うべき異教と異端がなくなった時に、ドイツ騎士団はその存在理由を失っていたのだ。
十字軍と聖騎士団のありようを、異教の民である私は、良しと思えない。信じる神が違うからといって暴力をふるう理由には、ならないとも思う。けれども、そのようにあらねばならなかった彼らの運命に思いをはせると。
悪と切って捨てるつもりにも、なれないのである。
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