「ふと入った立ち食い蕎麦屋で○○に出会った」

#初めまして、ぁタマ。と申します。以後お見知りおきを。
#早速の投稿、競作にしようか自作品にしようか迷いましたがとりあえずこっちを。
#面白くなくても泣かない。

 びゅうびゅう吹く風が身に凍みる。
『絶壁』、そう読める屋台が目前にあった。恐らく食い物の類を扱っているのだろう、湯気が灰色の煙突から昇っている。
 辺りを見渡すと、そこは荒野だった。どうりで叩きつける風が容赦ない。
 前を見ると、例の絶壁がある。のれんはかかっているので、営業はしているのだろう。まだ店主や客の顔は見ることが出来ない。
 取れる選択肢は少ないので、ひとまず赤い屋台ののれんをくぐってみた。
「へいらっしゃい!」
 屋台の店主は、絶壁だった。
 ごつごつとした凹凸はあるので、ヒルクライマーならば登ることは出来そうだ。
「やっさん、イカ天蕎麦ひとつ」
 私の後から入ってきた人物が、絶壁に向けてそう言い放った。
「あいよ」
 即座に客の目前にイカ天蕎麦が出された。
 一体どのようなからくりなのだろうか、私は凄く気になった。
 横を見ると、どの客人達も皆、麺を啜っている。
 色合いからして蕎麦であろう。
 ということは、この屋台は蕎麦屋らしい。
 不思議と、先まで身に凍みた風も無く、暖かい湯気と汁の香りが鼻腔をくすぐる。
 ここまで来て、ふと私は、身にかかる重圧感を感じた。
 一体何故?私が何かしたのであろうか。
 はて、と思い周囲を見渡す。
 左右の横には客と蕎麦。
 後ろは荒野。
 前には絶壁。
 絶壁、と思い一つ心当たった。そうだ、ここは屋台だった。
 屋台ののれんをくぐり、私は未だに注文を取っていない。
 恐らく、この重圧感は絶壁から発せられているものだろう。
 私は、先ほどから包まれている香りに思わずぐぅと腹を鳴らし、観念した様子で絶壁に向かって話しかけた。
「すいません、何蕎麦がありますか」
 少しの間を置いて、絶壁から返事があった。
「どんな蕎麦でも置いてるよ。お客さんが望んでる限りは、ね」
 なるほど、どんな蕎麦でも、か。
 この言葉で私は、持ち前の悪戯心にともし火された事に気が付いた。
「じゃあ、空気蕎麦を一つ」
 空気蕎麦。一体どんな蕎麦であろうか。
 自身が放った言葉だというのにワクワクしながら、待つ事数秒、あっという間の出来事であった。
「あいよ」
 絶壁はそう言って、私の前に空のどんぶりを出してきた。
「何も入ってないじゃぁないですか」
 当たり前のケチをつけてみた。
「まぁ、まぁ。そう仰らずに食べてみて下さい」
 絶壁は落ち着いた雰囲気で、なだめるようにそう言った。
 なんだかその様相が気に入らないので、私は割り箸に手を伸ばし、割った。
 どんぶりを見据えると、やはり中には何も入っていない。
 こんなものをどうやって食べろと言うのだ、なんて思いながら、どんぶりの中へ箸を突っ込む。
 それを仰々しく口へ運んでみる。
 するとどういった仕掛けなのだろう、美味いではないか!
 まず最初に、ふんわりとした花の香りが口の中に広がった。
 それは蜜の味であり、草の香りであり、茎の味であり、虫の香りでもある。
 大草原で寝転がったら、このような香りがするのでは無かろうか。
 そしてそよそよと吹く気持ちが良い風の音。
 少し傾いた角度から降り注ぐ太陽は、良い草花を育てんと笑顔を振り撒く。
 私は夢中になって二口目に手をつける。
 これがまた美味い!
 同じ味がするかと思いきや、二口目は海の味であった。
 深い、暗い深海の底。
 海の水は塩っ辛いと聞いた事があるが、事もあろうに、その水は真水に近いものであった。
 新鮮な水の味。
 どうやら、近くに水源があるらしく、そこから噴き出る水のなんと清らかな事か!
 天に昇り、冷やされて固まり、空を落ち、山を下り、砂利を越え、地に染み。
 様々な過程を経てろ過されたその水は、そこから湧き出していたのだった。
 しかし、それではただの水の味というもの。
 何故海の味と分かったか。それは、やはり魚の味である。
 深海のそれに含まれる清らかな空気で呼吸をしながら、同じく清らかな水と空気で育った海草を食べ、肥えたプランクトンを餌に、小魚を食べ、それを獲物とする大魚のなんと美味な事か。
 これほどまでに美味い魚など、いかなる金銀財宝を積まれても食えたものではあるまい。
 さぁ、いよいよに待った三口目!
 私はよだれを垂らす思いでかぶりついた。
 が、そこで気付けばいつもの屋台の情景であった。
「あ、あれ…?」
 四口目、五口目を運ぶが、一向に食べられない。
「あぁ、アンタ。食うのに時間をかけすぎたね」
 言われて、はたと気付いた。私は、あまりにもの美味しさを感動するのに、少しばかり意識が別の場所へと飛んでいたようだ。
 その間に、空気の蕎麦は霧散してしまったらしい。
「う、も、もう一杯!」
 もっとあの味を!と、食いついてみたものの空しく、絶壁が答える。
「悪いね、うちの蕎麦は一種類につき一品限りなんだ。他の蕎麦なら出せるんだが」
 やられた、と自分の頭をさする。
 悪戯してやろうと思い、無理な注文をした筈が、見事な馳走を食らってしまっては目も当てられない。
 私は再び、何か無理な注文は無いものか、と思い考えを巡らせた。
 ならば、と会心のを思いつき、言ってやった。
「不味い蕎麦をくれ!」
 数えること三秒。
「あいよ」と言って、目前に出されたのはどんよりとした色の蕎麦だった。
 見るからに不味そうな灰色。漂ってくる匂いも醜悪だ。
 コポコポとなんだか泡立ってるし、一体何が入っているのやら。
 だが、先の例もあるし、外見に惑わされちゃいけないと思い、一気に啜ってみた。
「ぐっ」
 ま、不味い…!
 痛烈に不味い。これでもかというくらいに不味い。すさまじく不味い。
 泥のような舌触りにゴムまりのような弾力、味はヘドロか重油なのか。腐った生ゴミの臭いが口の中に広がる。
 吐き出すまい、吐き出すまいとなんとか飲み込む。
「…げほっ、な、なんて不味い蕎麦だ!」
 脂汗をたらたら垂らしながら、吐き捨てるように言い放つと、絶壁はこう返した。
「そりゃぁそうでしょう。不味い蕎麦ですからね」
 言われて、ムッとした。
 どうやらこの店主、客が望むならば不味い蕎麦を出す事もいとわないらしい。
 良い根性してやがる、どうやって仕返ししたものかと頭を働かせる。
 そうだ!と悪魔的知恵が働き、一つ注文してやった。
「絶壁蕎麦をくれ!」
 数える事三秒。
「あいよ」
 コトン、と出されるどんぶりの中には、一枚の板が直立に入っていた。
 なんだこれ、と上っかわを摘み上げると、バラバラと右に左に切れ目が入り、くと逆くの字になる一本の麺となった。
 なるほど、こういった仕掛けか、と一思いに啜る。
 すると同時に、ずるずるずるっ!などという音を立てながら、目の前の絶壁が消えてしまった。
「あ、あら?」
 ちゅるん、と絶壁蕎麦を一呑みにすると、屋台の前に立っていた絶壁の姿は既にそこに無かった。
 かわりに、久々に吹き付ける風が、突き刺すように身に凍みる。
 なんてことをしてくれたんだ、と周囲の客が怒鳴ってきた。
 このままでは面目も立たないので、と代わりに私が屋台の向こうに立った。
 客たちは、風除けが十分じゃない私の屋台を次々と離れていってしまう。
 しかし、ちょうど私の目の前に一人の客が来た。
「ここは何の店ですか?」
 私は、蕎麦屋だよ、と答えて、客に蕎麦を出す準備に取り掛かった。

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