月のお姫さまっ! 抜粋:ルナと遼の日常、梢の現状確認やシステムの解説
昼休みになり、束の間の自由と安息がやってくる。
今まで起きた事も、これから起きる事も忘れる事ができる唯一の時間だった。
「ふう……」
明日には自分の命がなくなるかも知れない、あるいは壊滅的な被害が起こるかも知れない。
そんな事実を知った以上、もはや友人などと普通に話していてもいても立ってもいられない為、やむを得ず屋上の貯水塔を背に1人で昼食を取っている遼。
いつも通りの少々大きめの弁当箱を開き、昼食を開始しようとしたその時に貯水塔の裏から人の気配を感じた。
「ん?」
昼下がりの影はほとんど伸びない。
だが、そんな状態でも横目でその影を確認した結果、2対の細長い影をぴょこぴょこと揺らしながらこちらへ歩み寄ってくる姿を見て遼はその正体を悟った。
「……って、ルナか」
「はい……なのです」
遼の応答に答えると、無駄のない動作で遼の隣に座り込む。
「何でわざわざ俺の所に来るんだ?」
「あ……」
返答に戸惑うルナ。
「ごめんなさい……なのです。行けなかったのですか?」
「ああ……いや、ダメって言ってる訳じゃない」
一つ頷いて、遼が再び喋る。
「ルナにも友達とかいるだろ? ……だからその辺の付き合いもしっかりした方が良いんじゃないかって言いたかったんだ」
頷いてる地点で嘘で誤魔化そうとバレバレの解りやすい言い訳だ。
「大丈夫……なのです。お友達とは上手く行ってます。なので、遼の方が心配……なのです」
言い逃れは簡単に一蹴され、ルナが遼の腕に自分の腕を絡める。
「いっ! べっ、別にくっつかなくても良いだろ?」
軽くて柔らかい感触が伝わってくるのがはっきりと解った瞬間、遼は体を硬直させた。
「遼は私の事嫌い……なのですか?」
慌てふためく遼に対して、普段の素っ気ない表情を崩さないルナ。
「ちっ、違う! そう言う訳じゃない。でも……だな……その……」
遼の予期しない行動にルナが不思議そうに目を合わせる。
「私は遼の事が好き……なのです。遼が嫌でなければこうさせて欲しい……のです」
続いて顔を遼の胸元まで寄せ、積極的に迫って来る。
ルナの左右に付いた2対のしっぽの様な髪が揺れると、女の子らしいシャンプーの清楚な香りが遼の鼻孔をくすぐり、更に混乱しかねない気分になる。
「とっ、とりあえずだ。昼飯を食べてからにしよう、な?」
しかし、それを何とか制して話題を反らす。
「あ……確かにその通り……なのです」
それに気が付いたルナも遼の提案を受け入れ、2人で昼食を取り上手くその場を逃れた。
「で、ルナとの調子はどう?」
「ああ、向こうの方から頼んでもいないのにべったりくっついてくるほど良好だ」
学校から帰宅後、遼の家で梢に近況を報告する。
「ふーん……」
なにやら面白く無さそうに遼の報告を受け入れる梢。
「何か凄く期待外れだなって顔だが、何か足りない事でもあったか?」
「それならもう一つ聞いても良い?」
「な、なんだよ?」
倦怠気味な表情から急に真剣な表情に変えて迫る梢に、遼は少し怯みながらも返答する。
「もうルナとエッチした?」
その言葉を聞いた瞬間、遼と梢の額が勢いよくぶつかった。
最も、遼が急に頭を前に突き出したのが一番の原因なのだが。
「いったーい」
「……すまん」
互いに額を抑え、少々考える時間があったらしく、落ち着いた後に遼がすかさず反論する。
「ってか、なんでいきなりそんな事聞くんだよ!」
「それだけ仲が良いなら、普通ならもうそれぐらいまで行ってもおかしくないんだよ?」
「いや、むしろシステムなのにそう言う事できるのかよ?」
不審そうな目つきで梢を見つめる遼だが、真剣に首を縦に振って答えた。
「うん、バッチリ。それも主の脳の情報を使ってぴったり合うように出来てるから、まさに『俺の嫁』って言えるぐらい最高らしいよ?」
「マジか……」
その内容に思わず遼も生唾を飲み込む。
「システムを使ってる男の人がみんなそう言ってるから間違いないと思うよ」
納得したように頭を下げるが、何かを思い出したかのように首を振り、片手で乱暴に頭を掻きむしる。
「確かにそう言うのだってのは解った。でも、だな……」
「遼君の好みのイメージじゃない娘だった?」
「いや、確かに見た目も可愛いし一生懸命俺に好かれようとしてるのは解る」
今度は手を組み、深く考え込む遼。
「じゃあ何でわざわざ避けてるの?」
「何というか手を出しにくいんだよ……反応が薄い様に見えて実は興味津々だったとか……子供みたいに純粋すぎるんだよ。ルナは」
梢も口元へ手を被せ、考え込んだ様子で返答した。
「つまり、そんな娘を汚すのが嫌だって事かな?」
「つまる所そうだな。大事な奴だからこそ汚せないと言うか……だな、俺の視点から行くと正直そう言う事まで望んでないように見える……」
しかし、遼の結論に梢は目をつぶり人差し指を振って見せた。
「その気持ちは分かるけど、ダメだよ遼君。女心が解ってないね」
「解ってないって……どういう事だよ?」
両手を広げて呆れた様なジェスチャーを見せる梢。
「そう言うときは本気なのか無邪気なだけなのか、ちゃんと聞いて確認するべきだよ?」
「そんなの聞けたら苦労しねえよ!」
顔を真っ赤にして全力で否定する遼。
「じゃあ聞いちゃおうよ? ルナが戻ってきたら」
「……勘弁してくれ」
クリスマスプレゼントを待つ子供の様に目を輝かせている梢を見て、遼は顔を落としてうなだれる。
「そんなに嫌なの?」
「嫌と言うかだな……いきなりそんな事聞いても困らせるだけだろ?」
確かに遼の返答は正論だ。
「それは全く知らない相手の場合でしょ? 遼君とルナは初めて話てから何年になる?」
「梢と別れたのが小5の時だろ? あの日から毎日のように夢で話してる訳だから、そうすると……5年ぐらいか?」
「5年だよ!? こっちの世界でも1年ぐらい付き合い続けたら普通結婚するよね? そんな付き合いで遼君は5年も続いてるんだよ?」
だが、遼の正論も『5年』の部分をやけに強調する梢の正論によって論破されてしまう。
「あ、いや……確かに……そう言われると、そうだな」
「うん、だから聞いちゃいなよ」
軽い様子のまま、梢があっけらかんと決断する。
「だから聞かないって!」
「やっぱりダメ? それじゃあ……」
折れない遼と逆に梢が折れたのか、腕を組んで考え始める。
「こう言うのはどうかな?」
「何だよ。別の正論を出されても俺はもう絶対にルナに聞かないぞ?」
念を押す遼だが、梢は組んだ腕を解いて再び人差し指を振る。
「言いたくないならさ。直接押し倒してみなよ」
先ほどと同じく勢いよく頭を前に倒す遼たっだが、今度は梢もそれを読んでいた為か、華麗に避ける。
「問題外だろ! どう考えても!」
「遼君とルナなら言葉なんて無くても大丈夫だよ」
自信満々に梢が言う。
「さりげなく今までの話題を無かった事にしていきなり決めるなよ! なんでそんなにくっつけたがるんだよ」
「あれっ? 理由を教えてなかったっけ?」
驚いたように黒い長髪を揺らしながら目を見開く梢。
「ああ、理由があったなんて初めて聞いたぞ」
遼の返答に対し右手の甲を口元に当て、少しの間目線を遼から離した後に口を開く。
「独立実行型の理力システムを使いこなす上で、主とシステムの信頼関係は重要なの。普通はシステムが支給される時にすぐ実体化させて、しばらく一緒に生活させながら信頼関係を構築する所から始めるんだけど……」
「俺の場合は特殊なのか?」
梢の会話の引き延ばし方に耐えきれず、先に遼が急ぐように結論を出した。
「うん、そう言う事。遼君の場合は意思疎通だけの期間が長いしルナの方も不満無く従っているみたいだから……問題は遼君の方かもね」
片手で頭を抱えながら遼が考え込む。
「問題と言ってもだな……」
「わたしから見ても、遼君が何をしてもルナなら怒らない所か喜んで受け入れてくれると思うんだけど……わたしが遼君の立場だったらもうとっくに事を済ませちゃうよ」
「女子がそう言う事を言うかよ、普通」
綺麗に整った黒い長髪にあどけない上品な顔立ち、仕草もどことなく優雅に立ち振る舞う姿はまさにお嬢様。
そんな品格すら漂わせる梢なのだが、こうして話している姿はどこにでもいるまさに普通の女の子であった。
子供の頃と本当の事を聞くまでの態度、そしてそれを聞いた後の様子。
そのギャップに二度ほど驚かされる遼であった。
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