しろくろ! 物語は少しずつ始まる。4
連合艦隊司令部──GFは、帝都グランバンにある。もともとは星系テンオウの公転軌道上に作られた、人工の要塞である。
なにせ、ベータ星域31の星系を統べる銀河帝国軍の司令部である。その規模たるや、想像を絶する。
もともと蜂の巣状の入り組んだ構造だったグランバンは、銀河帝国の帝都となってからますます建造物の構造が複雑になり──なかには、一体どこがどうなっているのか判らなくなってしまったエリアも存在するぐらいである。
だが、そういうエリアは、表だった行動を取るわけにはいかない『部署』にとっては、実に好都合であり……
「うー……いつもの事ながら、此処は道がややこしいのさね」
長身の女が、真っ平らではあるが入り組んだ路地を、ぶつぶつ言いながら歩いていく。
身に纏ったアオザイはかなり薄手で、女の白い肌が透けて見えそうだ。ついでに言うと、この女、髪も白と言えてしまいそうな銀色で、大きく露出した肩や首筋も、血管すら見えない、白。唇はさすがに紅を差してあるが、その色も薄めだから、上から下まで真っ白、である。
むしろ、そんな中で目を覆う深紫のHMD(ヘッドマウントディスプレイ)が、異質に感じられるくらいである。
HMDのせいで表情は判りにくいが、さっきから呟いている内容からすると、どうやら女は、あまり機嫌がよくはなさそうだ。
「もっと……わかりやすいところに『ベース』は作るべきさね……こちらは歩くのも一苦労……なのさね」
どうも息も絶え絶えで、歩くのがやっと、らしい。よくよく見れば、確かに女の足取りは少し怪しい。足下は真っ平らのはずなのに、時々つまずいたりもしている。
華奢な体型、病的なまでの色白、ということからすると、どうやらこの女は、体力にはかなり恵まれていないらしい。
それでもなんとか、目的のエリアにたどり着いたらしく、一つのドアの前に立つと、施された何重ものロックを解除していく。端末を操作する手つきは──手慣れたもの、などというレベルではなく──手早く、優雅で、美しい。
最後に音声認証を要求されて、女は、名乗った。
「連合艦隊第2艦隊所属、戦艦『ホワイトクローバー』戦術情報統制官、シノニム・オキザリス、なのさね」
「わざわざ出頭しなければならないという仕組みは、効率が悪いと思うのさね。改善すべきなのさね」
部屋に入るなり、女──シノニムは、そう言った。
窓を背にするように置かれたデスクには、一人の男がいるのだが、あいにくと窓からの明かりが強すぎて逆光となり、表情をうかがうことは出来ない。
だがどうやら、男は苦笑いを浮かべたらしい。
「顔を合わせての口頭報告は、有史以来最も優れた報告方法だよ。私は、それを君に教えたはずだがね」
「──内容だけでなく、表情、口調、視線、あらゆるものが、数値では表せない情報を報告させる──さね」
「そう、そのとおり」
「でもわたしは、数値至上主義さね」
「全く、君ほど理解がよく、わかりが悪い生徒はいないよ」
「でも、そこがいい、とも言ったさね」
「やれやれ。まったく覚えのいいことだ」
「長く生きてると、ものを覚える『コツ』を身につけるさね」
「そうして喋っていると、私よりもずっと若く見えるのだがね」
「女に歳の話を言うものではないさね。わたしが女だと言うことは……」
そこでシノニムはちょっと間をおいて、
「あなたの身体が、一番よく知っている筈さね」
「いや、そのとおりだな」
男はそう言って、降参だと、両手を挙げた。そして立ち上がって、
「此処まで歩くのは、疲れただろう。何か飲み物を出そう。珈琲で……」
「いや、いいさね。今度のフネの料理は薄口で、最近はそれに慣れてきたさね。あなたの好みの珈琲は、苦すぎてダメになったさね」
「む。そうか。それは残念だ」
男の数少ない趣味が珈琲を入れることだと知っているシノニムだが……と言うか、知っているからこそ、断った。ただ、悪気があったわけではない。その証拠に、シノニムの口元はニヤニヤと笑っており、男も、シノニムがそんなことを言うだろうとわかっていたらしい。
「でも、水は欲しいさね。歩き通しで喉が渇いたのさね」
「ふふ。珈琲を入れるには、良い水も必要だからね。おいしい水を用意しよう」
男はそう言って別室に向かって歩き始め、
「そして、報告してもらおう。今度のフネの装備──『アイギスシステム』の出来映えを」
「それは、この部屋で?」
返事をしたシノニムは、それからちょっと考えて、
「それとも、昔のように、ベッドの上で?」
「おいおい、私はもう若くない」
男はまた大げさに両手を挙げた。
今度は順光になったので、男の顔がよくわかる。そこに刻まれた年輪──顔の皺は、どう見ても、シノニムと比べて、幾回りも年上にしか見えない。
「君と肌を合わせて夜通し語り合ったのは、何十年前のことだと思っているんだい?」
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