『ディズニーアニメ ファイアボール』枝葉どころか、幹やら根っこやらを削り抜いた先にある、豊潤なオタクの魂

 さて、まずはこちらの『ファイアボール』のディズニー・チャンネル 公式サイト をごらんいただきたい。この日記を書いている4/18時点で1話と7話を見ることができる。1話2分もないので、軽い気持ちでどうぞどうぞ。つうか見てください。ここに伏してお願いします。

 ……。
 …………。
 ………………見たね?

 では、日本人1億2千万人中、7千万人はいるであろう“面白くなかった”人は置いておいて。面白かった人とだけ残りの話を続けていきたい。

 なぜ、コレが面白いかについて――である。

 もちろん、このアニメは真性のSFで、間違いなく次の星雲賞候補作であるが、それについては置いておく。SFとしてどうこうを言いたいわけではないのだ。

 『ファイアボール』というアニメは、いわゆる普通の“ストーリー仕立て”ではない。登場するキャラは、人ではなくロボットであり(一般的な意味での)表情はない。動きはなめらかなれどもアクションがすごいわけではない。ふたりの織りなす会話は、ぬるい上にピントがずれており、すごい勢いで視聴者を置いてけぼりである。

 ほぼ間違いなく、現生人類66億人中55億人は(言語が吹き替えされていたとしても)たぶん、これを面白がってはくれない。『リバーワールド』(フィリップ・ホセ・ファーマー)にもってって、原始人から未来人まで全人類200億人ちょいに見せたら比率はもっと下がるはずだ。

 ――にもかかわらず。

 コレが面白いという人は、確実にいる。
 そして、彼らになぜ面白いと思うかを聞いてみるといい。
 ある人は、脚本のテンポの良さを、ある人は、声優の演技のすばらしさを、またある人はドロッセルの背中から腰にかけてのラインの絶妙さや、ツインテール型のアンテナの動きのなめらかさについて語りまくるだろう。

 だが、ポイントはそこにはない。このアニメのすごさは、そうした「面白さ」にあるのではない。いや、「面白さ」の部分もすごいのだが、もっとすごい所がある。

 見た人が、「面白さ」に気づいてしまう――そこがすごいのだ。

 自分が面白いというものを他人に勧めてみて、失敗した経験は誰しもあるだろう。その場合、自分とは面白いのアンテナが違う人はしょうがないが、「あの人ならば、コレが面白いハズだと思ったんだがなぁ……」というコトはないだろうか?

 面白さを作品の中に詰めることはそれほど難しくない。量を詰め込むことも、手間さえかければそこそこ何とかなる。
 だが、作品の中にある面白さに気づいてもらう、見たり読んだりする人に伝えることの難しさは、多くの作り手が経験しているだろう。

 面白さというのは、伝達率があまりよろしくないのだ。

 その点で、『ファイアボール』は面白さの伝達率がきわめて高いアニメだ。この作品を面白いと思える人の割合は少なくとも、面白いと思える人であれば、ほぼ確実に面白いはずである。

 最大のポイントは、何と言ってもその短さにある。2分である。飽きたり目が泳ぐ前に終わってしまう。内容を見落とすことはまずない。

 さらに細かく見てみよう。

 背景となる社会、舞台となる屋敷、そこに住むドロッセルというロボのお嬢様とゲデヒトニスというロボな執事についてよくみると――驚くほどに、情報がない……というか、情報は多いのだが、制約されている。

 ドロッセルには目こそあるが、口はなく。目も怒ったり笑ったりで変化するわけではない。その感情は、仕草とセリフにしか出てこない。

 ゲデヒトニスはさらに極端で、目……というか、まさしく赤いひとつの目のみがフレキシブルなワイヤによって動くだけである。後は声優の大川透さんの実にすっとぼけたセリフだけ。

 映画やドラマを見慣れた視聴者であれば、ちょろりと出だしを見ただけで、ほぼ瞬間的にそうした点に気が付く――そして、情報が出る部分に、注意が集中する。

 ふたりの表情は変わらない。だから、ゲデヒトニスの目の動きやドロッセルの手の動き、腰のくねりに自然と注意が向けられる。会話の内容そのものに、意識が集中する。

 だから。

 第1話で、停電になった後、ドロッセルにライトになった目を向けられたゲデヒトニスの目が“まぶしそうになる”演出部分を、視聴者が見落とす可能性はこれでぐっと下がる。
 ふたりの会話の中にこめられたユーモアに視聴者が気づく可能性は、これでぐっと上がる。

 面白さを伝えるひとつの技法がここにはある。
 視聴者の注意を、視線を、そこに集中させる。手品師が大仰な身振りで手を振り上げてそこに視線を集めるように、演説家がわざと口を閉ざし沈黙によって注意を喚起するように。

 動きや変化を削りに削ることで。演出やストーリーのパターンを集約することで。

 この作品を面白いと思える人に、ほぼ確実に面白いと思わせる。

 『ファイアボール』とは、そういう作りになっているアニメなのである。

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ディズニー

 この手の「わかる人にはわかる」系の作品としては奇跡的に受容度が高いと思いました。会話内容も、かいつまめばありきたりのネタだけに、洗練の度合いがよくわかります。視線誘導の巧みさは銅さんのご解説のとおりですね。元々、ディズニーアニメーションはたいていそうなんですが、ショートショートだけにより目立ちます。
 繰り返しギャグの使い方なんかは、逆に正面から堂々、といった風情で、けれん味と力技が同居しています。ムービングファストボールのようなエンタメになっていると感じました。
 どのようなテクニックがそこで使われているのか、みんなで観察・分析するのもおもしろいかもしれませんね。


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