『ヴォミーサ』小松左京(ハルキ文庫『男を探せ』収録) 裏返しになったアシモフのロボット三原則
『お召し』を引っ張り出して読み直したついでに、一緒に発掘した小松左京さんの本をいくつかあさる。
ここに紹介する『ヴォミーサ』は、小松左京さんの作品の中で、私がもっとも好きな短編のひとつだ。SFミステリに分類できるだろうこの作品は、ロボットによる殺人事件を扱っている。
ロボットは殺人をおかせるか? という問いに否と答える人は少ないだろう。我々の周囲には、日常的とまでは言わないまでも多種多様なロボットが存在するし、いわゆる無人兵器も実用化されイラクなどで活動を開始している。
それらが故意か偶然かは別として殺人をおかしても不思議でもなんでもない。
だが、一般のミステリでいえばアリバイや密室に相当する壁がロボットの殺人にはある。
アシモフのロボット三原則だ。
アイザック・アシモフが名物編集者ジョン・W・キャンベル・ジュニアにあれこれそそのかされて考えた大量のネタのひとつである。
これは『デスノート』の基本ルールやら『カイジ』の限定ジャンケンのようなもので、法則性をきちんと作っておくことで、作中のキャラと読者と作者でコンゲームができるようにしてあるのだ。
特に超能力/超人バトル系は、この手の縛りがないと言ったもの勝ちになってしまうが、ルールを単純にしすぎても、ややこしくしても読者も作者も困ってしまうので注意が必要である。
さて、ロボット三原則は以下の項目からなる。
第一条
A、ロボットは人間に危害を加えてはならない。
B、また、危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
第二条
A、ロボットは人間に与えられた命令に、服従しなければならない。
B、ただし、与えられた命令が、第一条に反する場合はこのかぎりでない。
第三条
ロボットは、第一条、第二条に反するおそれのないかぎり、自分を守らなければならない。
アシモフが書き続けたロボット物の面白さは、この三原則の縛りがあってこそと言える。実際、ロボット以外には殺人が犯せないはずの場所でおきた殺人事件を扱った『鋼鉄都市』をはじめ、アシモフは三原則をあれこれいじったミステリを幾つもものにしている。
小松左京さんの『ヴォミーサ』は、三原則トリックとしては、それほど突拍子なくもない。記録的な落雷のせいで、三原則がおかしくなった――トリック部分はそれだけの作品である。
が、小松左京さんの得意技は「読者に先を読ませた上で、引っ張る」である。前に『日本沈没』を紹介した時にも書いたが、引っ張って、引っ張って、引っ張りぬいて――読者の中の緊張を高める描写にこそある。
この『ヴォミーサ』も、短編であるから最初から落雷で事故が起きてロボット工場が一時停止したとか、そういう描写があるので、おおむね読者としては「なーんだ、三原則がおかしくなったんだろう」と甘くみて読み進める。
が、小松左京さんは見えた上で焦らすことによって、じわじわと読者(作中のキャラ)を追いつめていく。サスペンス映画などでヒッチコックが得意とした手法だ。
そして、いよいよ最後に、おそるべき“裏返された”ロボット三原則の姿がその正体を見せる。
それは――
第一条
A、ロボットは人間に危害を 加えなくてはならない。
B、また、危険を看過することによって、人間に危害を及ぼすべきである。
第二条
A、ロボットは人間に与えられた命令に、 服従してはならない。
B、ただし、与えられた命令が、第一条に反しない場合はこのかぎりでない。
第三条
ロボットは、第一条、第二条に反するおそれのないかぎり、自分を 破壊しなければならない。
これを最初に読んだのは、私がまだ高校生の頃だから四半世紀も前だが、脳天をハンマーで殴られたかのような強い衝撃を受けたのをありありと覚えている。
脳髄の芯に響く痺れにも似た、重い、衝撃。
それはまさに、「ぼんやりと輪郭だけ見えていたモンスターが、目の前に出現した」時に感じるものと同じだった。映画『エイリアン』でエイリアンが最後に姿を見せた時のような、あの衝撃である。
いわゆるSFの真髄であるセンス・オブ・ワンダーとは微妙に違うが、やはりこれもまた、「びっくりしちゃった」感覚であり、これを文章でたたき出す小松左京さんの豪腕に、私は何度でも感動してしまうのだ。

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