RPGてんやわんや:『魔女の宅急便』と使い魔の知性

 宮崎駿さんのアニメに、『魔女の宅急便』がある。
 この作品で、魔女であるキキはジジという黒猫の相棒をもっている。
 ふたりは魔女と使い魔の関係である。ジジの言葉はキキにしか分からないが、作品中盤までジジは明らかに通常の猫よりも知的な行動をしている。

 キキが熱を出して寝込んで目覚めた後、キキはジジと言葉を交わせなくなる。
 変化はそれだけではない。
 言葉が交わせなくなったとたん、ジジの行動もまた、普通の猫と変わらなくなる。
 キキがジジと会話する魔法が消えたのではない。キキがジジを使い魔にしていた魔法が消えたのだ。

 魔女の魔法は時代とともに減るという設定の作品であるから、これもまた世界から魔法が消えたという象徴なのかも知れない。
 だとしたら、それまで存在していたジジの知性は消えたのか? 消えたとしたら、そもそもジジの知性はどこにあったのか?

 魔法という要素を無視してみると、猫に知性が宿るほどの脳の容量はない。これは他のRPGにおける使い魔もおおむねそうだし、知性を持つ剣(インテリジェンス・ソード)にいたっては脳をもたない。
 もちろん、使い魔も知性を持つ剣も、魔法によって生み出される。だから、脳などなくても知性があっても良いと言えば良い。

 だが、実は。
 この問題をスマートに解決する方法は、まさしくその脳にある。

 人間の精神は、脳を構成する神経細胞のすべてを使って作られているわけではない。通常使われているのは一割だとか三割だとか言われている。もちろんこれは脳の機能がよく分かっていなかった時代のことで、今では無駄なく効率的に使われていることが分かっているが、それでもたくさんの代替用、補助用の神経細胞が脳にはある。だから、加齢や外傷によって脳のニューロンが大量に失われた場合でも、リハビリによって脳の機能をある程度は復元、維持できるわけだ。
 しかし、それでも我々の脳には余裕があるのは間違いない。
 その一部を使うことによって別の人格を演算する模擬的なシステムを構築できるくらいには。

 もうおわかりだろう。
 私は、ジジの知性とは、キキの脳の中にあったのではないかと考えている。
 ジジは普通の猫として生まれながら、キキの使い魔になったとたん知性を持つようになった。さらに、ジジの言葉はキキにしか聞こえない。それでいて、その知性がキキの妄想でないことは、ジジが魔法が失われるまで普通の猫にはできない賢い行動をとっていたことからも分かる。

 もしその知性が、キキの余ったニューロンで作られた“使い魔エミュレータ”なるシステムを利用しているのだとしたら、すべての辻褄が合うのだ。

 猫としての運動や生理を司る脳としては自前の脳があれば十分である。ジジに不足するのは言語や論理を組み立てる余分のニューロンで、これはジジの脳細胞を魔法でいじった程度ではどうにも足りない。魔法によってどこかの仮想空間に擬似的に作られたにしても、それを誰がどうやって常時稼働させているかの問題が出る。
 だが、キキの脳内に、使い魔を持つ魔女の脳内にその意識が存在するのならば、魔法が必要なのはその回路を作る時にだけあればいい。以後、使い魔は高度な知性を必要とする仕事をすべて魔女の脳に演算させればいいのだ。脳を動かすのに必要な栄養も、魔女が自分でやってくれる。

 してみると、使い魔とは魔女に使役される存在ではなく。
 むしろその逆。使い魔とは魔女の肉体に寄生する存在であると言える。
 外から見れば、使い魔が魔女に奉仕している関係だが、実際にはその逆で、魔女が自らの脳と神経細胞を使い魔に提供しているわけだ。
 恐るべき主従の逆転である。

 さて、そうして考えるとなぜジジが使い魔としての知性や能力を失ったのかも説明がつく。キキがジジとしゃべれなくなる直前にかかった熱を持つ風邪。あれは脳炎のたぐいではないだろうか?
 初期の脳炎は、風邪やインフルエンザに似た症状を出す。だが、進行すれば脳に障害を起こす。
 それによって、キキの中にあった精妙なる“使い魔エミュレータVer:ジジ”が破壊されたのだ。ジジは従来通り自前の脳を持つし、猫として生きるにはそれで十分だが、使い魔としての能力は発揮できなくなったのだ。

 けれども、私はもう少し別の解釈も可能かと思っている。
 つまり、使い魔エミュレータはまだキキの脳内で機能しているのだが、それを外へ伝える出力回路が破壊されたのではないかと。
 とすれば、使い魔としてのジジはキキの脳内で“生きて”いるのかもしれない。彼は必死になって、キキに自分が置かれた状況を伝えようと。猫としての肉体から切り離されている自分を救ってくれとキキに哀願しているのかもしれない。

 エンディングの幸せそうな、満ち足りたキキの笑顔の向こう。
 その脳内では、一匹の使い魔が孤独と絶望に泣き叫んでいるのかもしれない。

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魔法生理学とでも申しましょうか。

 はじめまして。古い記事へのコメントで申し訳ございません。
「大正野球娘」の伊藤伸平さんの記事を検索で見つけまして、
それからこちらのバックナンバーを少しづつ、楽しく拝見させて
いただいてました。

 幼少時における擬似人格の形成とそれとの対話、というのは、
現実にある精神生理のひとつですよね。ジジの知性をキキの脳の
演算能力の余力に見出す、という着眼点は面白いなと思います。

 そこからもう一歩割り切って考えてみました。

 ひょっとして、魔女として成長する時期が来たからこそ、
魔法に必要な方向へ処理能力が切り替わってしまったがために
無意識の別働体としてのジジが自然消滅したのかな、と。
キキが寝込んでしまうシーンは初潮の暗喩だということは
よく言われていることではあるので。

 つまり変な表現をすれば、魔法少女から魔女に成長を.......。

 すみませんすみません、品のないお話で。

魔術の並列処理の鍛錬としての、使い魔回路

BeauFighterさんへ
 脳内に使い魔回路を保持するネタは、設定マニアとしてふくらませ甲斐があろうと考えております。
 たとえば、嬉野秋彦さんの『ホルスマスター』というファンタジー作品では、魔術の二重かけ、三重かけという技術があります。
 『魔法少女リリカルなのはA's THE COMICS』(原作:都築真紀、作画:長谷川光司)では管理局の白き魔王、高町なのは嬢の訓練時のエピソードとして、並列思考、並列処理は魔術師としての基本スキルであると紹介されています。
 これら複数の魔術を同時に処理するための鍛錬として、脳内の使い魔回路は最適であると言えます。
 大脳生理学的にみても、実際に身体(使い魔ですが)を動かし、言葉を紡ぎだせば、そこに新たな神経回路のパスが生まれ、脳の機能が増進することは明らかだからです。

> 魔法に必要な方向へ処理能力が切り替わってしまったがために
>無意識の別働体としてのジジが自然消滅したのかな、と。

 BeauFighterさんのアイディアとこの並列処理ネタを組み合わせると、キキはそれまでジジを動かしていた使い魔回路で複数の魔法を組み合わせることができるようになったと考えられます。

 キキの元の魔法は「飛行」ですが、映画のクライマックスでは、これに元ジジだった使い魔回路で二重掛けして「高速飛行」にしているのではないかと思います。


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