『狼と香辛料 IV(4)』支倉凍砂 中世の商人は、教会でどんな懺悔をしたのか
この4巻でロレンスは計略のひとつとして、教会での懺悔を利用している。
物語世界の教会は我々の世界における中世ヨーロッパのカソリックをモチーフにしていると思われるが、教義について細かいことは分からなくとも、商人の懺悔であれば、だいたい想像はつく。
つまり『嘘をつきましたごめんなさい』だ。
どんな宗教でも、基本の教えは、汝、盗むなかれ、殺すなかれ、姦淫するなかれ――
そして、嘘をつくなかれ、だ。
豚肉を食ってはいけないとか、日曜は安息日ですとか、北枕で寝てはいかんとか、ニーソックスは脱がさないとか、いろいろ細則は宗教によって違うが、基本となるルールはどれもあまり変わりばえがしない。
しかし、こと商売では正直だと利益にならないこともある。
たとえば1巻でホロがリンゴの匂いがついた毛皮を、いかにも毛皮そのものの匂いだと騙して高値で買い取らせている。これなどが商人の嘘の典型と言えるだろう。
では、実際の中世ヨーロッパの商人たちは、どんな嘘をつき、どんな懺悔をしたのだろうか?
十六世紀のドイツの都市ケルンにおける商人の活動を分析したErmentrude von Ranke女史は次のようないかさまがあったと記している。
「樽の中に腐った鰊を混ぜた」
「ワインを水で割って薄めた」
「ワイン樽の四分の一ほどにサクランボの種をつめた」
「生糸を濡らして水を含ませ、重くした」
「麻を百ポンド単位で売るが、実際には九七ポンド」
「生姜や芥子の粉に小麦粉、砂、ネズミの糞を混ぜる」
「針金を一巻きで売るときに、細い針金(質がよい)は外側だけ。内側は太い針金(質が悪い)になっている」
確かにこれらが一般的な騙しのテクニックであるなら、ホロのやった“リンゴの匂いつき毛皮”は微笑ましいとすら言えるだろう。
だが、中世ヨーロッパの敬虔なキリスト教徒にとっては、これらのイカサマは商売上の倫理や信用の失墜という問題だけではなく、魂の救済という点においても厄介なものがあった。
いくら現世で金儲けをしても、死んで地獄におちてしまうのでは、割に合わない。現代日本人にとっては今ひとつぴんとこないことであるが、そのあたり、中世のキリスト教徒にとって魂の救済はすごく大事なのである。
そこで、教会が用意したのが復活祭における告解である。司祭の前にきて懺悔して、嘘をついたと、イカサマをしたと白状するのだ。神様の前で罪を告解して懺悔し、ついでに教会に寄付をすることで魂を浄化するのだ。
なお、この寄付による魂の浄化をポイント制にしていった結果、免罪符という集金システムが生まれ、それへの反発が宗教改革へとつながっていく。
このへんの可視化、合理化にはゲームデザイン的な手法がかいま見えて私などはカソリック教会に親近感を感じるのだが、行きすぎた結果、宗教が本来もつ畏れ敬うという精神から乖離していったのではなかろうかと思っている。
いや、ゲームデザインにおいても、「ぶっちゃけ」すぎると、プレイヤーがしらけてしまうのである。つるかめつるかめ。
なお、上述した16世紀のケルン商人のイカサマについては『ドイツ中世の日常生活 騎士・農民・都市民』(C・メグゼーバー、E・シュラウト)の第三章を参考にさせていただいた。
『ドイツ中世の日常生活 騎士・農民・都市民』(C・メグゼーバー、E・シュラウト)


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