『各国陸軍の教範を読む 第三回 用兵思想の根幹その二』(田村尚也/『歴史群像No.91』より)から 日本軍作戦要務令の格好いいが少し怖い美文

 第二次世界大戦前。列強各国では第一次世界大戦までの戦訓を取り込んだ、新時代の戦場に合った兵器や戦術を考案した。ハードとしての兵器と、ソフトとしての戦術である。
 この戦術を、将兵、特に部隊を指揮する将校に教えるためのものが教範である。
 田村尚也さんは、かつて歴史群像で『ミリタリー基礎講座 戦術入門WW2』という優れた連載を書かれていた (この連載は歴史群像シリーズの歴史群像アーカイブVOL. 2としてまとめられている)が、今回はそこからさらに一歩踏み込んでその戦術の元となった教範について書かれている。
 この連載を私は毎号楽しみに読んでいるわけだが、特に今回は感じ入るものがあったので紹介してみたい。

 それは、日本陸軍の教範、作戦要務令における戦勝の要諦=戦いに勝つに必要なこと、という部分である。この第三項が素晴らしい。

 必勝の信念は、
 主として軍の光輝ある歴史に根源し、
 周到なる訓練を以て之を培養し、
 卓越なる指揮統帥を以て之を充実す。

 赫々(かくかく)たる伝統を有する国軍は
 いよいよ忠君愛国の精神を砥砺(とれい/しれい)し
 益々の情熱を重ね 
 戦闘惨烈の極所に至るも上下相信倚(しんい)し
 毅然として必勝の確信を持たざるべからず。

 見事な文章である。士官教育では青年たちが、この文章を頭にたたき込むのだ。
 特に音読すると盛り上がる。リズムがいいので、昂揚するのだ。ちなみに紹介した文章の改行は、私が音読する時のリズムに合わせてあるので実際とも、また連載内容とも異なる。
 このリズム感は第六項でさらに発揮される。


 軍隊は常に攻撃精神充溢し
 士気旺盛ならざるべからず。
 攻撃精神は忠君愛国の至誠より発する軍人精神の精華にして
 強固なる軍隊志気の表徴(ひょうちょう)なり。

 武技、之に依りて光を放ち
 教練、之に依りて勝を奏す。

 蓋(けだ)し、勝敗の数は必ずしも兵力の多寡に依らず、
 精練にして且つ攻撃精神に富める軍隊は
 克(よ)く、寡を以て衆を破ることを得るものなればなり。

 多くの人間に何かを覚えさせるには、楽しませるのが一番である。その点で、この教範は読んでいて楽しい。
 もっとも、紹介された部分に書かれているのは表現を変えればスポーツ漫画で通用しそうな内容である。『諦めたらそこで試合終了ですよ』みたいなもので、技術的に高度かそうでないかでいえば、あまり程度は高くない。というか、ぶっちゃけ、低い。

 しかし、戦場で実際に命をかける人間にとっては、技術的に高度であっても醒めた、他人事な文章ではダメなのだろうと思う。それを口にし、それに陶酔することによってのみ、悲惨な戦場において死の恐怖を克服できるのではないか。
 このあたりは、紹介されている他の国の教範も同じような感じであるが、いかんせん、翻訳されたものであるので、ニュアンスが伝わりきれない感じもある。やはり、問答無用でカッコいいのは、日本軍の教範だ。

 同時に、酔える文章の危険もまた、教範から感じ取れる。
 死の恐怖を、戦場の悲惨を、陶酔や怒り、昂ぶる感情で麻痺させなければ殺し合い、殺され合いなどできはしない。しかし指揮官たるもの、その陶酔とは別の部分での醒めた精神。醒めた自分を持っていなければならないのだろう。

 さもなければ、酔っぱらったまま、あたら自分と部下の命を浪費してしまい、しかも酔っぱらっているので後から反省しようにもよくわからんと、そういうことになってしまう。
 日本軍の勝ち戦には、教範の良い部分が現れるように、負け戦には、教範の悪い部分が現れている。

 必勝の信念と、攻撃精神は、現在においてはややもすると揶揄される内容であるが、それを揶揄するだけでは、いずれ同じ陥穽にはまる。それが選ばれた理由や背景を理解し、共感を持って学ぶことによってのみ、自らを律することができるのだと、そういう風に思ったのである。

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