笠井 潔、著、『青銅の悲劇 瀕死の王』、探偵と、語り手と、作家の合わせ鏡

 笠井潔さんの『青銅の悲劇 瀕死の王』。
 分厚いハード・カバーで772頁。腰帯には、表1側に次のようにあります。

矢吹駆シリーズ/日本篇/待望の第一作!
論理小説の臨界!/21世紀本格探偵小説の/新地平を切り拓く巨編!

 とりあえず、「矢吹駆シリーズ日本篇」と読んで「??」と思った方。
 この作品、『吸血鬼の精神分析』とは別のお話です。
 2002年~2007年にかけて、「小説現代増刊メフィスト」に分載されてたそうで。2008年7月第1刷刊行。

 雑誌掲載原稿に「大幅加筆、訂正」が加えられたのは、笠井さんのいつものことですけど。このボリュームのテクストの加筆改訂が、1年で済んだなんて、著者ノッてる?
 それとも、どうしても2008年中に単行本刊行したかったのかしら?

 物語の背景は、1988年年末。天皇の病状悪化が報じられてた昭和末期の日本。
 架空の小説家で推理小説も書いてる宗像冬樹と、私大にフランス語講師の職を得て渡日していたフランス人ナディア・モガールらは、資産家の北澤家と縁戚関係にある、旧家、鷹見澤家の本邸で、謎めいた毒殺未遂事件の現場に立ち会うことになるが……。

 天啓連作の宗像と、矢吹連作のナディアの邂逅☆ 笠井ファンなら、読みたくなるはず。

 笠井ファンてわけではないけど、矢吹駆連作は好きだし読んでる、って方には、大扉の裏に記されてるエピグラフを紹介しちゃいましょう。
 どーせ、読めばすぐ目につくはずだし。ネタバレとか言わないでね。

わたしは日本に帰ってきた、矢吹駆を殺すために--N・Mの日記から

 矢吹連作、好きで読んでるなら、これで読みたくなるはず。
 いやー、それにしてもナディア、あなた一体、何があったの??

Cover image
(単行本、書影)

----
 さて。
 推理小説ファンだけど、笠井小説や矢吹駆連作は読んでない人向けに、ご紹介してみましょう。

 この小説は、連作と言っても、まったく新しいフェイズに入るだろう作品なので。過去の矢吹連作を読んでないとしても差し障りなく楽しめます。
 矢吹連作旧作ファンのアタシとか、宿敵キャラが出てこないのは、何故!? とか、気になってやきもきするくらいですから(笑)。この作品で、はじめて矢吹駆関連作を読む人は、そーゆー辺りは気にしないで、楽しめるはず。

 むしろ、宗像冬樹が出てくる『天啓の宴』や『天啓の器』(そして単行本刊行が待たれる『天啓の虚』も)などを読んでる方のが、入りやすいかもしれません。
 これも、「入りやすい」かも、くらいの感じで。「天啓」関連作読んでなくても、充分楽しめることは変わりません。

 謎解き小説としては、とても本格的。

 どーせ読み始めればわかることだから、ちょっとだけネタバレさせるけど。
 矢吹駆連作既刊でワトソン役の役柄、語り手の役目も負ってたのがナディア・モガール。
 そして、著者自身をイメージ・ソースにしたと思えるキャラだけど、多分、グッと理屈っぽさを抜いた感じなのが宗像冬樹。
 よーするに、ホームズ失踪中にワトスンが、架空の推理小説作家も含めた複数の素人探偵と一緒に、事件に関わってく。そんな趣向の作品。
 ちなみに、宗像は、本作の語り手キャラです。

 ナディア・モガールは、主に、論理的な推理を展開。宗像の方は、犬神家八つ墓村を訪ね廻る探偵みたいに、鷹見澤家、北澤家両家の関係者の間を歩き廻り、連続事件の背景を尋ねてく。
 もう1人、鷹見澤家の従兄弟のことを心配して事件に関わる、美少年高校生北澤響クンも素人探偵。

 これに、やっぱり北澤家の縁者の警察署長が、新聞記者に伝える程度のことなら、と限定して事件の情報を伝え、素人探偵たちを支援。でも、この警察署長、素人探偵たちを支援するにも、何か思惑もあり気で、少し怪し気。
 おもしろいです。

 ただ、もし、あなたが知的超人のよーな名探偵の、華麗な謎解きを好むなら。
 『青銅の悲劇 瀕死の王』には、肩透かし感を覚えるかもしれません。

 本作の事件を解決する探偵役、「推論」と「推測」とをキッチリ区別してって、事件は解決してみせるんですけど。一応の解決にすぎない、みたいなこと、へーきで言うんです。
 物語的な名探偵の推理のことを「詐欺師の口上まがい」とか、おっしゃりやがるような、そんなキャラ(笑)が事件を解決なさります。
 要するに、「物語風の名探偵なんて絵空事なんですよ」と、実演つき(作中の実演)で、論証もしてくれる、そんな謎解き小説なのです。

 でも、この探偵キャラ、自分の推理のことも「物語の名探偵と似たようなもの」とも言ってますし。

 自分のこと「探偵の模造品にすぎない」とか、自嘲気味に言う場面も、苦味のあるやり取りで読みどころ。
 後、例えば、名探偵キャラが、作中描かれる最後の死者の、自死の動機を、他のキャラに向けて解釈してみせる前後とかも読みどころ。

----
 さて、さて。
 笠井ファンてわけではないけど、矢吹駆連作は好きだし読んでる、って人向けの紹介。

 すでに書いたことの他に、この作品では、矢吹連作恒例の思想対決は、表立っては描かれてないことをご紹介しておきます。
 普通言われる意味での思想家キャラも、出てこないです。

 この作品を通して、暗に描かれる思想的な格闘戦は「青銅の時代」の評価を巡る思想戦です。

「もしも鷹見澤家の事件をモデルに探偵小説を書くなら、タイトルは『青銅の時代』で決定かしら」

 「青銅の時代」は、ギリシア古典『仕事と日』(ヘシオドス)の一節。

 一方の探偵役、宗像冬樹に送られてきた「鷹見澤家で、悲劇が起こる」との匿名の警告は、文庫本から切り取られた「青銅の時代」を含む頁の欄外余白に記されていた。

 タイトルに含まれてる「青銅の悲劇」は、アタシ、作中描かれる最後の死者の自死を指してると思えるんですけど。「青銅の悲劇」は、作品テクストに、陰に陽に編みこまれた「青銅の時代」の時代評価を巡る思想戦の焦点にもなってます。

 「矢吹駆シリーズ/日本篇/待望の第一作!」って、腰帯コピーの文責は、出版社であるはずですけど。果たして、矢吹駆は、そして宗像冬樹は、この思想戦にどう関わるのか?

「頼拓の大学に赴任することになったのは、偶然なんでしょうか」
「……まったくの偶然とはいえないわね」官能的だが憂鬱そうな微笑を唇の隅に湛えて、ナディア・モガールがこちらを見る。「わたしは知っているの、もうじき矢吹駆が頼拓にあらわれることを」

 ナディアと宗像、矢吹らの関わりについては、少しネタバレしたレヴューでよければ、別に書いてみました。
 「笠井 潔、著、『青銅の悲劇 瀕死の王』、非在の探偵の陰画は謎めいて☆」です。よければどうぞ☆

----
 さて、さて、さて。
 もし、矢吹駆連作に限らず、あなたが笠井小説のファンだとしたら。
 ファンの1人として、ぜひ、『青銅の悲劇 瀕死の王』を読むことお勧めします。

 読み応えバッチリ☆
 『バイバイ、エンジェル』やら、『天啓の器』やら、なんやら引っ張り出してきて。相互参照しながら読むと、読むほどに謎が深まります。

 『青銅の悲劇 瀕死の王』だけでなくて、再読する旧作の方も、読解が編みなおされる愉しみに酔えるでしょう。ラッキ☆

====
書誌情報:
笠井 潔,『青銅の悲劇 瀕死の王』,講談社,Tokyo,2008.
978-4-06-214806-1

----
備考:
2008年11月8日に、一部改訂を加えた。

この記事へのトラックバックURL:

http://drupal.cre.jp/trackback/2206


この記事をブックマーク