笠井 潔、著、『青銅の悲劇 瀕死の王』、非在の探偵の陰画は謎めいて☆

 笠井潔さんの『青銅の悲劇 瀕死の王』は、単行本腰帯の、表1側に「矢吹駆シリーズ日本篇待望の第一作!」と記された推理小説。

 分厚いハード・カバーで772頁。読み応えたっぷりの力作です。

 物語の背景は、1988年年末の日本。翌年年頭にかけての出来事が語られますけど、概ね、今から20年前ですね。まだバブル景気が盛んだった時期の、昭和末。
 天皇の病状悪化が報じられてた頃、関東平野の西端に設定された架空都市を舞台に、旧財閥に連なる一族の間で連鎖する事件に、連作既刊の語り手、ナディア・モガール、架空の小説家、宗像冬樹らが関わっていく。

 この小説、「矢吹駆シリーズ日本篇」と言っても、まったく新しいフェイズに入る作品と思えます。
 作中のナディアのセリフによれば、「十年ぶりに探偵の真似事をしなければならない」とのこと。
 過去の連作を読んでないとしても、差し障りなく楽しめます。

 このレヴュー記事では、矢吹駆連作は好きだし読んでる、って人向けの紹介を書いてみます。

 推理小説ファンだけど、笠井小説や矢吹駆連作は読んでない人向けには、別に「笠井 潔、著、『青銅の悲劇 瀕死の王』、探偵と、語り手と、作家の合わせ鏡」を書いてみました。良ければどうぞ。

Cover image
(単行本、書影)

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 さて、いきなりネタバレになっちゃいますが(苦笑)。

 この小説、矢吹駆は登場しません。
 この件は、すでにネット上のブログ書評で言及してるぺージが、いくつもあるので。あれこれ考えた末、『青銅の悲劇 瀕死の王』のストーリー核心部分は避けるようにして、ネタバレさせることにしました。

 矢吹駆、『青銅の悲劇 瀕死の王』に登場はしないんですけど。
 直接登場しないだけで、物語の要所要所に陰を落としてます。
 「矢吹駆出てこなーい」的な連作ファンの不満、アタシもわかるつもりだけど。出てこないがゆえの読みどころは多いです☆

 言っちゃえば、連作既刊での敵役ニコライ・イリイチにも似て、物語に直接登場はしないのが、「瀕死の王」の矢吹駆。登場しないけど、物語の要所要所に陰を落としてる。
 作品で語られた出来事の陰で、矢吹駆何してる? と、アレコレ想像しながら読んでも楽しいです☆

 大扉の裏に記されてるエピグラフによれば--

わたしは日本に帰ってきた、矢吹駆を殺すために--N・Mの日記から

--N・Mってやっぱり、ナディア・モガールのことでしょうねぇ。

 駆は登場しないので、残念ながら、ナディアがなぜ駆を殺そうと、思いつめてるのか、まだ、はっきりとはわかんないですけど。
 一体、ナディアと駆に何があったのか? セリフの端々から想像しながら読んでるとドッキドキです。
 ナディアがなにを思いつめてるのかは、きっと『吸血鬼の精神分析』など、本来の連作でこれから描かれてくことでしょう。

 「瀕死の王」のメイン・プロットは、もちろん、旧財閥に連なる一族、鷹見澤家で連続する事件とその真相を解明しようとするナディア・モガール宗像冬樹ら、素人探偵たちの推理の方で。

 ナディアの矢吹駆に対する陰りの感じられる思いの他、矢吹流の現象学的本質直観推理とはまったく異なるナディアの推理なども読みどころ☆

 作品は10章に序章、終章を加えた章立てで編まれてます。
 序章では、主要人物が描写され、第一章にかけて鷹見澤家の家庭の事情が一部描写され、後の事件の予兆となるささやかな事件が語られる。第二章では、最初の毒殺未遂事件が起きて、いよいよ物語が動き出す感じ。

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 で、第二章まで読めばわかるあたりのことを、チラっと書くと。
 『青銅の悲劇 瀕死の王』に出てくる宗像冬樹は、かつて新左翼過激派で、ある党派集団の武力闘争を指導してた時代の矢吹駆を知ってる。

 つまり、ナディアが直接は知らない時期の駆を知ってるのが宗像なんです。
 宗像は逆に、ナディアが知ってる時期の駆のことを知らない。
 おそらく、『薔薇の女』で語られた事件の前後頃に、パリで偶然、出会ったことがあったような回想がされてますけど。偶然、再会して、カフェで会話したくらいっぽい。

 宗像も60年代末に新左翼の反体制党派運動に関わった経歴のある人物で。
 彼にとって駆は、“人格化された超自我だったような気がする”二歳年長の友人。“幼いとき父親を喪った”宗像は、学生時代に駆を、青年期の自己形成の導き手のようにみなしてた、とかの感じなのでしょう。

 ちなみに、宗像冬樹は著者本人をイメージ・ソースにした、と思しき架空キャラです。
 アタシが思うには、私小説的に著者をモデルにしたキャラではないと思うんですけど。その辺は、アレコレをネタバレさせた方が論じやすいので。ここでは、読者それぞれが判断するとこ、と、しておきましょう。
(この件については、割といろいろネタバレさせた作文「笠井 潔、著、『青銅の悲劇 瀕死の王』、宗像冬樹は笠井潔ではない」を別に書きました。ネタバレでよければ読んでやってください)

 この宗像とナディアが、矢吹駆について取り交わす、際どくかみ合わない会話が、連作読者にとってはもどかしいんだけど……。
 そのもどかしさが、いい(笑)。
 だって、駆って、元々、謎めいたキャラではないですか。駆の謎が、さらに深まる感じが、いい。

 後、「瀕死の王」の読みどころと言えば、陰りのある大人の女に成長したナディアの魅力。
 若い頃のナディアって、美人のパリ娘だとありそうな、高慢なとこ、あったでしょ。推理力で駆と張り合いたいがために、容疑者に対して見当違いな疑惑を唱えたり。
 「瀕死の王」に登場するナディアには、その手の若気の至り的なイタさが、まったく感じられません。

 むしろ、ナディア、あなた一体、何があったの?? って感じ。
 この辺、単行本化が待たれる『吸血鬼の精神分析』をはじめ、本来の矢吹駆連作の今後も楽しみになる物語になってます。

 アタシも、矢吹駆連作のファンの1人ですので。『青銅の悲劇 瀕死の王』、未読の連作ファンの方には、是非、お勧めします。

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 えーっと、『青銅の悲劇 瀕死の王』についてのNET書評の類では「推理がタルい」的なコメントも見かけるんですけど。

 ナディアにしろ、宗像にしろ、本質直観推理とは別種のスタイルの推理を展開するので、本質直観推理の冴えは、本作では楽しめません。それは確かです。
 ナディアの推理は、しいて言うなら分析哲学風推理。地味だけど手堅い推理です。
 宗像の推理はなんだろー。憶測(ドクサ)の多い推理なんですけど(笑)。伝奇物語風の薀蓄は多くて、アタシは楽しめました。

 ナディアの推理、宗像の推理は、矢吹流本質直観推理の論理と薀蓄を、それぞれのキャラに分離した上で、独自路線に展開させたような感じ、と思います。
 なので、「瀕死の王」の推理が矢吹流本質推理と比べるとタルい感じもするのは、必然とも言えるでしょう。

 「……矢吹さんを真似て、わたしも事件に出遇うたびに本質直観を試みようとした。しかし、どうしてもあの人のようにはできない。あれは、誰にでも可能な現象学的本質直観とはまったく違うもの。あの人は否定していたけれど神秘的な直観としかいえません。たぶん全知全能の存在が矢吹さんの耳元に囁いていたんでしょう、それぞれの事件の『本質』を」

 本質直観推理は、やっぱり矢吹駆のオリジナル・ホールドだった、ってとこですね。

 アタシ的には、「タルい」と言われる推理も、ナディア、宗像のそれぞれが駆を越えようとしてる物語として、楽しめました。「タルさ」も含めて楽しかった。
 まー、「駆を越えようとしているよう」とか言っても、ナディアは意志して、宗像は意図せずにって感じですけど。

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 とゆーわけで、ストーリーの核心部分ネタバレさせてないので。読みどころは、まだまだあるんですけど。
 連作の読者には楽しめる作品と思います。

 連作恒例の思想対決は、表立っては描かれてない。普通言われる意味での思想家キャラも、出てこない、ってのも「瀕死の王」の特徴ですけど。

 この作品を通して、暗に描かれる思想戦は、裕仁天皇の死を巡る「昭和日本」の評価についての思想戦で。主に宗像が頑張ってます。普通言われる「歴史評価」の類とは、評価軸自体が違うんですけど。この思想戦も、連作と遜色ないレベルで書けてると思います。
 アタシの個人評価では、思想戦の関連は、『哲学者の密室』と比べても遜色ない、と思います。ビッグ・ネームの思想家は出てこないけど。それを言ったら『バイバイ、エンジェル』にもビッグ・ネームは出てきてないし。

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 あるいは、矢吹駆が、インドの山奥で修行に入る前を描いた、連作第0号作品『熾天使の夏』なんかを、「瀕死の王」と並べて読むと、面白いです♪
 「熾天使」未読だったとしても、「悲劇の王」読んでから読んでも、まったくノー・プロブレム。

 「熾天使」と「瀕死の王」を読み併せての個人的妄想なんですけど。
 「瀕死の王」に出てくる第3の素人探偵。美貌の女性画家北澤雨香の私生児ってことになってる、育ちがいい美少年高校生、北澤響クン。
 彼、もしかしたら、矢吹駆と北澤風視の息子を雨香がひきとって育てた、とかじゃぁないかしら?
(仮にそうだとすると、雨香は響クンの叔母にあたることになる)

 いぇ。実は、ムリムリなんで、妄想なんですけど(笑)。妄想でも、あーもあろー、こーもあろーと、あれこれ考えながら読むのって、楽しいじゃぁないですか☆
 もし、この件に興味がある方がおられましたら、割とネタバレ気味で良ければ、別に書いた「妄想的論考:矢吹駆に、隠し子疑惑……か(?)」を読んでやってください。

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 「矢吹駆シリーズ日本篇」って、腰帯コピーの文責は、普通、著者でなくて、出版社(この場合講談社)にあるはず。
 あるいは、著者も黙認程度はしてるのかもしれないけれど。

 連作読者の内には、いろいろ不満もあるようだけど。
 アタシは、お勧めします。

 今後の展開がどうなるか、いろいろ予想もできる『青銅の悲劇 瀕死の王』。
 読み応えあるし、とりあえず連作既刊の“サイドB”、つまり連作とネガ-ポジのような感じで楽しめる力作。
 連作ファンにはお勧めです☆

「わたしは知っているの、もうじき矢吹駆が頼拓にあらわれることを」(ナディアのセリフ)

ですってー☆ 

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書誌情報:
笠井 潔,『青銅の悲劇 瀕死の王』,講談社,Tokyo,2008.
978-4-06-214806-1

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備考:
2008年11月10日に、一部改訂を加えた。
2008年11月18日に、「妄想的論考:矢吹駆に、隠し子疑惑……か(?)」へのリンクを挿入し、付随して一部改訂も加えた。
2008年11月20日に、「笠井 潔、著、『青銅の悲劇 瀕死の王』、宗像冬樹は笠井潔ではない」へのリンクを挿入した。

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