『ガリア戦記』にみる、カエサル勝利の方程式
ユリウス・カエサル著の『ガリア戦記』は二千年前に書かれた書物であるにも関わらず、とても面白い。
カエサルは政治的な宣伝も兼ねてこの本(報告書)を書いたのだが、意味もなく嘘をついたりはしない。必ず確信と計算の上で嘘をついている。あるいは、本当のことをあえて語らないことで相手が誤解するに任せている。
さて、政治的な嘘やごまかしはさておいて、軍事的な視点で『ガリア戦記』をもう一度読んでみよう。
カエサルはガリア人やゲルマン人相手の戦争にほぼ確実に勝利している。
それも、たいていは敵である蛮族の方が数が多い。数万の軍勢はザラであり、二十万だの三十万だのという数字もしょっちゅう飛び出す。
戦史の分析において、最初に引っかかるのが、この誇大ともいえる数字だ。三国志などの中国の物語でも、百万の軍勢とかいうのはザラだし、先だってハリウッドで映画化された『300』でも、ペルシアの軍勢が百万という数字になっている。
そういうわけで、この数字を現実的なところに落とす必要がある。『ガリア戦記』については、かの皇帝ナポレオン直々に、「この数字はないだろう」として、たとえばアレシアの戦いにおけるガリア軍の総数は、カエサルの軍勢にほぼ等しいだろうと推測している。
私もおおむね、ナポレオン陛下のこの意見に賛成である。カエサルはどの戦いにおいても、ほぼ自軍と等しいか、やや上回る敵とわたりあい、そして勝ってきたのだろうと。
しかし、ここでも疑問は残る。
同数だとしても、なぜ、勝ち続けることができたのか?
戦争において、数=力だ。さらに、戦場となっているのはガリアの地。カエサルにとっては敵地である。数がほぼ等しいか敵の側が上回り、さらに地の利も敵にあるというのに、カエサルは勝ち続けている。
もちろん、カエサルの作戦や指揮がいいわけだが、残念なことにガリア戦記はそのあたりがはっきり書かれていない。
そこで、ちょっとカエサルの必勝法、勝利の方程式について考えてみよう。
1)ローマ軍の強み
ローマ軍の強さはなんだろうか。兵士の個人的な戦闘力? 鉄の規律? いやまあ、どちらも低くはないだろうが、特別に高いわけではないだろう。
むしろ、ローマ軍の強みはマニュアル化された行動パターンにある。
ローマ軍は、常にマニュアルに従って行動する。野営地が特に有名だが、とにかく行軍から戦闘にいたるまで、マニュアル化されている。
2)蛮族の弱点
ローマ軍でないガリアやゲルマンの蛮族たちはマニュアルを持たない。数千の兵士が動くにしても、隊列も何もなく、てんでばらばらに動くのである。一応は部族や血縁を中心とした集団があるだろうが、少なくとも朝起きてからの炊事や移動ひとつとっても、きわめて効率が悪いのは間違いない。
ましてや、敵が正面からぶつかってくればいいが、もし予想外の事態が起きた場合、いったいどうやって軍を立て直すのか。数十、数百ならともかく数千、数万ともなれば、命令系統はやはりきちんとしていないとどうにもならないのである。
また、マニュアル化されていないことの最大のデメリットは、補給にある。軍団ごとに会計役の兵を持ち、帳簿をつけて物資を管理していたローマ軍と違い、蛮族には効率の良い補給は不可能だ。
効率が悪い場合は、無駄を承知でより多くの物資と運搬手段が必要になる。
『ガリア戦記』には、蛮族の軍には女子供も多く、それは彼らが戦争であっても一族そろって行動するからだと書かれている。これは補給の面からすると、別の見方もあると思う。すなわち、大量の非戦闘員が補給や輸送という仕事を担当しない限り、蛮族の軍は自らを維持することすら不可能という見方である。
日本の戦国時代では、荷駄とよばれる補給部隊が全軍の三割を占め、徴用した農民の多くはその輸送に携わっていたという。
『ガリア戦記』に登場するガリア/ゲルマンの軍は、インフラの充足率なども合わせて考えると、全軍の五割を超える数が、補給部隊=非戦闘員だったのではないだろうか。ちなみに『300』の主役であるスパルタ軍では、兵士ひとりにつき二~三人の奴隷がついて補給や運搬などの仕事を担当していた。
軍における指揮通信がある程度進化したナポレオン時代においてすら、ひとまとめの軍勢として移動、戦闘するのは大きくて三万から五万くらいである。全軍あわせて十万、二十万という大軍になった場合は、軍を分割して動かしている。ひとまとめの軍勢として管理できるのはその程度ということだろう。
これは、古代の戦争においても言えることだと思う。史書では十万だとか百万だとかの数字が並ぶ古代の会戦が「三万~五万」という常識的な数字に落ち着いているのは、これを超えると当時の指揮通信ではまとめきれなかったのではないか。
してみると戦場においてカエサルの軍が一万、ガリア/ゲルマン軍がその倍の二万いたとして、カエサルはさほど心配はしなかったように思う。二万といっても、戦闘員は一万もいない。もちろん、それはそれとして、ローマに届ける記録には「敵はこちらよりもよほど多く」と書いたわけだが。何せ実際に数えたわけではないし。
3)カエサルの戦い方
ガリア戦記を読むと、カエサルは、敵にあったとしてもすぐには戦っていない。数日にわたって、敵と一緒に移動したり、宿営地から出ては戻ったりということを繰り返している。
私は、この間にカエサルはじっと敵の動きを観察していたのではないかと思う。マニュアル化されていない蛮族の軍であれば、その動きにはムラがある。機敏に動く部隊もあれば、もたもたした部隊もあるし、意気軒昂な部隊もあれば、戦意のない部隊もあるだろう。
そうやって弱いところを見つければ、そこを突けばいい。理屈は簡単である。しかし、蛮族といっても学がないだけで実戦の経験は多い。自軍の弱いところを認識して、戦意の薄い部隊は正面に置かないなどの手は打つだろう。
では、カエサルはどうやったのか。
敵を揺さぶったのである。
具体的には、敵の攻撃をしのぐことで、弱点が露出されるのを待ったのだ。
『ガリア戦記』でのガリア/ゲルマン軍は攻めるのは得意だが、長続きせずに、カエサルの逆襲を受けて敗北している。
ガリア/ゲルマンは、個人的技量は高いが、指揮系統の未分化な軍である。部族単位の部隊をひとまとめにして敵にぶつける他に戦い方はない。
勝って、敵を崩すことができればそれでも問題ない。追撃のために騎兵を送りこんでずたずたにすれば良いからだ。
しかし、相手が粘って崩せなければ、指揮系統の弱い軍の脆さがでる。疲労した部隊は、味方の掩護の元に後退させなければいけないのだが、そもそもどうやって後退の指示を出すのか。追撃にかかる敵を抑える弓や投げ槍の掩護射撃は誰がどのように命じるのか。
マニュアルのないガリア/ゲルマン軍は、指揮官たる将軍がどれだけ優れていても、その下で戦う兵にどれだけ勇士がいても、指揮官の考えたことを兵士は実行できず、兵士の技量を指揮官が有効に使うこともできない。
そのほころびは、「うまくいっている」時には出ない。蛮族だって事前に打ち合わせはする。打ち合わせにないコトが起きる時――ほころびが出るのは、いつだって「うまくいってない」時だ。
ローマ軍を攻めきれずに、ガリア/ゲルマン軍が後退する時だ。
こうしてみると、カエサルの戦い方というのは方程式のような“必勝法”とはほど遠いことが分かる。
カエサルの戦い方は、常に「相手を見て」行っている。相手の強いところ、弱いところを認識した上で、強いところを封じ、弱いところを突くやり方で勝利している。
その逆のやり方もある。いわゆる“必勝法”パターンの勝ち方をする将だ。
『ガリア戦記』に続く『内乱記』でのカエサルの敵手、ポンペイウスがそれだ。彼は相手が何をしようが絶対に勝てるような布陣を整えてから戦う男である。
常勝不敗、“偉大なるポンペイウス”という二つ名を持つこの雄敵とカエサルの戦いもたいへん興味深いのだが、それはまたの機会に。

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