宇宙の戦闘:『彷徨える艦隊 旗艦ドーントレス』(ジャック・キャンベル)に出てくるジャンプとハイパーネットの星図

 スペースオペラに登場するさまざまな宇宙の戦闘について紹介する本コーナー。今回のお題は、この秋にハヤカワから出たミリタリ系SF、『彷徨える艦隊』である。

 アメリカ海軍将校であったというジャック・キャンベル氏のこのシリーズでは、超光速航法として星系ジャンプと、ハイパー・ネットワークの二種類が出てくる。そしてその二種類の違いが、作品世界における戦闘(そしてひょっとしたら戦争そのもの)と深く関わっているのだ。

 星系ジャンプとは、比較的近い星系との間を移動できる超光速航法である。この作品世界においては、古くからある技術で、人類はこのジャンプ航法を使って星から星へと飛び石づたいに広がっていったのだ。

 一方のハイパー・ネットワークとは、遠距離の星系へ一瞬で移動できる超光速航法である。比較的新しい技術で、これを使うことによって、遠くの星との交通は格段に便利になっている。ただし、どこでも作ることができるわけではなく、このハイパー・ネットワークのゲートはきわめてコストが高い。よって、経済の発達した星系、戦略的に重要な星系にのみゲートが建設されている。

 このハイパー・ネットワークは、特殊なキーを使えば国境沿いの星からいきなり敵の本拠星系にまで侵攻できる便利なショートカット能力もある。
 どうやってか手に入れた(そこがうさんくさいのだが)そのキーを用い、百年の戦争が続いていたシンディック勢力との戦争を本拠星系を落とすことで決着させようとアライアンス勢力の提督が考え、大艦隊を編成。

 一気に本拠星系に向かって……敗北を喫したところから、本編はスタートである。

 奇襲のつもりだったが、敵は事前に察知して罠をしかけていたらしく、艦隊はぼろぼろ、提督らもだまし討ちで皆殺しにあったため、主人公であるギアリー大佐が指揮権を手にすることに。
 さて、地球へ帰ろうにもハイパー・ネットワークのゲートは当然封鎖されている。星系ジャンプ航法で逃げるしかないが、ここは敵(シンディック)の領土深く。短い星系ジャンプをどれだけ繰り返せば故郷に戻れるのやら……
 というのが、この『彷徨える艦隊』の1巻の展開だ。

 移動できる距離が短いという星系ジャンプだが、逆にそのことがキアリー大佐と『彷徨える艦隊』にとっては有利に働いているあたりが面白い。

 というのも、この世界ではジャンプやハイパー・ネットワークを利用した宇宙船の移動速度を超える超光速通信がないのである。つまり、たとえば逃走したアライアンス艦隊がジャンプ航法でシンディック側の星系に移動した場合、そこの守備隊がそれを味方に伝えるには、やはり、ジャンプ可能なポイントまで連絡船を飛ばさないといけないのだ。
 キアリー大佐とアライアンス艦隊にしてみれば、敵の本隊に追いかけられる前にジャンプポイントを封鎖してしまえば良いわけだ。どことなく、冬山の山荘に逃げ込んだ指名手配中の犯人が、最初にまず移動手段と通信手段を破壊する感じに近い。

 さらに、距離が短いゆえにあちこちの星系につながっているあたりも、星系ジャンプの利点である。

『彷徨える艦隊』星図『彷徨える艦隊』星図

 添付した地図(星図)を見てもらえば分かるように、シンディック本拠星系からはコーバス星系へとジャンプできる。
 コーバス星系からは、さらにユオン、カリバン、ヴォスのみっつの星系へ移動できる。
 星系ジャンプで逃げていくアライアンス艦隊を追いかけるには、相手がどこに行くか読むか、あるいは星系ジャンプでつながったすべての星に先回りして艦隊を配置しておく必要がある。

 アライアンス宙域へ脱出するには、ハイパーネットワークがある星へ移動するのが一番だ。すると、コーバス星系からユオン星系へ、さらにザキ星系へと移動するだろうか?
 しかし、ハイパーネットワークがあるザキ星系は、シンディック側も戦力を集中させやすい。星系ジャンプで移動するアライアンス艦隊がザキ星系に到着する前に、素早く戦力を集めることができる。

 なら、アライアンス艦隊は、ザキ星系ではなく別の星系へ向かうだろうか? しかし、そう思わせておいて、やっぱりザキ星系に来られて、ハイパー・ネットワークゲートを奪われてはそれでもう終わりだ。

 ギアリー大佐の考えが読めない限り、シンディック側は圧倒的に有利な体勢にありながら、アライアンス艦隊を追いつめることができないのだ。

 こうした、超光速航法のゲートがどの星とつながっているかが戦略的に重要な作品としては、前に紹介したマイケル・マッコーラムの『アンタレスの夜明け』がある。
 『アンタレスの夜明け』のフォールド・ポイントは星の重力によって自然にできるのだが、『彷徨える艦隊』のハイパーネットワーク・ゲートは大金と手間をかけて人の手で構築されている点が違っている。
 謎の多いこのハイパーネットワーク。百年もだらだらと続いている戦争と合わせて、裏でいろいろありそうだ。

 めでたくもシリーズの続刊も翻訳が決まった『彷徨える艦隊』。百年もつづいた戦争の真相や、ハイパーネットワークの秘密も合わせて、楽しみにしたい。

※おまけ※
 コーバス星系は、ハイパーネットワーク・ゲートが存在しない。つまり、経済的にも戦略的にも重要ではない田舎の星である。
 そこに配備されたただ一隻のオンボロ軽巡航艦が、本拠星系で一敗地にまみれたとはいえ圧倒的に優勢なアライアンス艦隊を、敗北の瀬戸際にまで追いつめる。

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 ふとギアリーは、軽巡航艦の艦長に親近感を覚えた。艦の操縦法を知りつくし、訓練されたクルーを指揮する優秀な士官であることは間違いない。寂れたコーバス星系に配属され、来るかどうかもわからないアライアンス艦隊を何年、待ちつづけたのだろう? 普通なら、アライアンス艦隊など来ない……戦闘も起こらないと高をくくり、艦やクルーの質が落ちるはずなのに、あの連中は任務を怠らず、艦とクルーの質を維持してきた。その努力は無駄ではなかった。まだ、努力が報われる可能性はある。
>>>『彷徨える艦隊 旗艦ドーントレス』p177

 まさに、敵ながら天晴れ。
 『彷徨える艦隊』第1巻における勇者をひとり選べと言われたら、私は名前も出ていないこの軽巡航艦の艦長をあげたい。

 おそらくは戦死したであろう彼の魂が、先祖とともにあらんことを。

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