“ブラック・ジャック”ギアリーの戦い/『彷徨える艦隊 旗艦ドーントレス』(ジャック・キャンベル)の第四章を元にした二次創作

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 『彷徨える艦隊 旗艦ドーントレス』(ジャック・キャンベル)の第四章(p142~183)には、敵側に一隻の軽巡航艦が登場します。
  敵艦にもその艦長にも名前はありませんが、それはまさに鬼神も泣かしめる戦いぶりでした。
 ここに敬意をこめて、その艦長の側から見た第四章の最初の部分を掌編にまとめてみました。

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 子供のころ、彼は“ブラック・ジャック”ギアリーに憧れていた。
 シンディックの人間にとっては体制の敵、人民の敵であるが、百年も前の人物ともなれば、直接の恨みつらみはもはやない。それよりは偉大なる敵手への敬意が勝った。
 商船と民間人を守るために、圧倒的に優勢な敵艦隊へ果敢に攻撃をしかけ、自らを犠牲にしつつもついに商船を守り抜いた“ブラック・ジャック”ギアリーの武勲は、百年たった今も色あせない。

 士官学校を卒業し、シンディックの軍人となってからは“ブラック・ジャック”ギアリーへの思いは侮蔑へと変わった。
 ギアリー自身にではない。“ブラック・ジャック”ギアリーを英雄として讃え、その名の下にひたすら突撃を繰り返す現在のアライアンス軍人への侮蔑である。どれだけの戦功をあげようが、あのような愚かな軍人と戦術しか生まないようでは、“ブラック・ジャック”ギアリーも程度が知れるというものだ。
 しかし、アライアンス軍人の硬直した戦術と無能な指揮への批判は、そのまま自らが所属するシンディック軍にも当てはまる。その危険に気づいていなかったという点では、彼もまた、愚か者のひとりだった。
 政治思想に反体制的な傾向が見られるということで、彼は出世コースを外され、ついには辺境のコーバス星系へと島流しにあった。
 コーバス星系で彼に与えられたのは、無駄に強力なエンジンを持ってはいるが、どうみても使える状況の限られた軽巡航艦と、軍人というよりはヤクザというのがふさわしい素行不良な乗員たちだった。

 それから何年もの時が過ぎ。
 彼は“ブラック・ジャック”ギアリーと同じことをやろうとしていた。

 突然、星系ジャンプ点から出現したのは見たこともない大艦隊だった。それも、こんなところに現れるはずのないアライアンスの艦隊だった。
 その指揮官は、本拠星系からやってきたと言い、降伏を勧告してきた。
「艦長、この降伏勧告について、どう思うかね? 我らの本拠星系を蹂躙して、この星にやってきたと言っているが」
 すりきれた軍服を着た基地司令が、彼に相談してきた。
 無能な役人。
 基地司令はそれ以上でもそれ以下でもない存在だ。しかし、無能な役人がすべからく悪党というわけではない。この男は規則を遵守するがゆえに、仕事のない辺境基地司令なら誰もがするサイドビジネス、すなわち賄賂をただの一度も受け取ることはなかった。
「嘘ですね」
 彼は答えた。自分が艦と共に軌道上にいる時で本当に良かったと思う。この数年、演習のたびに星系内に設置した監視衛星の情報を直接見ることができるからだ。
「確かにものすごい規模の艦隊ですが、こうしてセンサーを通してみるだけでも、損傷艦が多いのが分かります。いくつかの艦は排熱がうまくいってないようで赤外線反応が他より強いですし、噴射された推進剤ガスの温度や速度も、艦ごとにばらつきが大きすぎます」
「本拠星系の守備艦隊と戦ったのであれば、まったくの無傷というのもおかしいだろう」
「それはそうですが……いや、やっぱり嘘です。もし本拠星系への襲撃が成功したのであれば、こんな辺鄙な星に、こんな大艦隊でわざわざ来る必要はありません。もしこの星に用があるとしても、巡航戦艦の一個戦隊も送りこめば十分ですからね。残りはハイパーネットワーク・ゲートを通って、他の星に行くなりアライアンスに帰るなりしているはずです」
「なるほど。つまり、星系ジャンプをしてきたということはハイパーネットワーク・ゲートを使えなかったということだな?」
「そうです。おそらく本拠星系でトラブルがあり、あわてて星系ジャンプを使ってこの星にやってきたんですよ」
 あるいは、本拠星系のハイパーネットワーク・ゲートが破壊されたか。それがあの大艦隊の狙いであれば、確かに目的を果たして、この星に来ていることになる。だが、その可能性は低いと彼は判断した。本拠星系のハイパーネットワーク・ゲートを破壊することだけが目的ならば、あのような大艦隊は必要ないし、“ブラック・ジャック”ギアリーを信奉する今のアライアンス軍人らしくもない。
「では、降伏は断ることにしよう。それで艦長、戦闘規則によれば君にはあの艦隊を撃滅するよう命じなければならん」
 ぼそぼそと、平板な声で語る基地司令。昔の彼であれば、その小役人的な態度と杓子定規な物言いに激怒していただろう。この星に来たのがいかなる理由によるものであれ、そしてどれだけ損傷艦が多いとはいえ、戦艦を含むあのような大艦隊に軽巡航艦一隻とコルベットだけで何ができるというものでもない。
「分かってますよ、基地司令。やるべきことをやりましょう」
 それでも彼も、そして基地司令も軍人であった。勝てそうにないからといって投げ出したり逃げ出す選択は、最初から持ち合わせてないのだ。
「策はあるのかね?」
「この艦は、そのために建造された艦です。そして私も部下も、そのために今日まで腕を磨いてきました」
 相対論的な時空の歪みを発生するほどの速度で敵艦隊の懐に飛び込み、中枢となる艦を撃破する。理屈ではそれほど間違っていない戦術に特化したのが彼の艦だった。

「問題は、敵のどの艦を狙うか……だな」
 基地司令との通信を切った彼は、すぐさま情報の分析に取りかかった。
 時間はあまりない。手持ちのセンサー情報と、そして敵の状況を推理することで目標を定める必要があった。この攻撃に二度目はない。
「狙うのは敵の旗艦ではないのですか?」
 額をつき合わせるようにして情報画面を見ていた彼の副官が質問した。まだ若い、娘といっていい年齢の少尉だが、明晰な頭脳と、優しげな顔に見合わぬ度胸の持ち主だ。
「他に候補がなければ旗艦を狙う。指揮中枢を失うことは痛手だからな。しかし、今のアライアンス艦隊はどいつもこいつも同じようなバカばかりだ。指揮官と旗艦を失っても、すぐに次の指揮官が誕生する」
「あれだけの規模の艦隊であれば致命傷にはならない、ということですね」
「むしろ一時的にせよ指揮官を失って統制がとれなくなったあげく、民間人の居住惑星を爆撃しかねん。我々の目的は、この星系を守ることだ」
「では、この艦を狙ってはどうでしょうか?」
「どれどれ……大型艦だな。やけに加速が鈍い。エンジンに損傷があるのか?」
「損傷もあるようですが、もともと鈍重なようです」
「手持ちのセンサーではエンジンの熱紋が判別できないから艦種を特定することはできんな」
「私が思うに、この艦は工作艦です」
「理由は?」
「質量と赤外線反応を見たところ、この艦は艦隊に一隻だけです。これだけの艦隊ですから、戦艦も巡航艦も同型艦が何隻もいます。しかしこの艦ほどに質量が大きくて加速が鈍い艦はありません」
「そうだな。しかし、単に出来損ないで一隻しか建造されなかった巨大戦艦かも知れんぞ?」
「はい。ですが艦長、この艦の鈍重さは際だっています。もしもこれが出来損ないの巨大戦艦だというのならば、乗員だけ脱出して捨てているはずです。この艦がどれだけ強力な武装を持っていようとも、これほどの大艦隊の中ではただ一隻に過ぎません。鈍重すぎる傷ついた戦艦一隻のために全艦隊を危険にさらすはずがありません。にも関わらず、彼らはこの艦を見捨てようとしません」
「つまり、この艦を見捨てることが艦隊を見捨てることになる、と考えているわけだな」
「それだけの貴重な艦は、戦闘艦ではありえません。それが私がこの艦を補助艦、それも貴重な艦隊随伴能力を持つ工作艦であると考える理由です」
「なるほどな。よし分かった。この艦を狙おう」
「はい、艦長!」
 彼が艦長席につくと同時に、艦の加速がはじまった。最初から最大加速だ。
 彼が赴任した時とは大違いだ。あの時の艦は最大加速しようものなら艦がバラバラになりかねないほど整備不良だったし、乗員もまた惑星の周囲を一周することすら覚束ない連中ばかりだった。
 何より、彼自身が、左遷時のごたごたによって厭世的な気分にあり、まともな指揮のとれる状態にはなかった。
 今や、艦は老朽という点をのぞけば最高の状態にあり、乗員もまた、各自の能力でできる最良の状態にある。
 そして背後には守るべき星と、守るべき人々がいる。

 たぶん――いや、間違いなく。

 確信にも似た思いが彼の胸の中にわきあがった。
 “ブラック・ジャック”ギアリーも、今の彼と同じ思いで最後の戦いに挑んだのだろう、と。

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