笠井 潔、著、『サマー・アポカリプス』、“黙示録の四騎士が彷徨する殺戮の夏”

 『サマー・アポカリプス ロシュフォール家殺人事件』は、笠井潔さん作の推理小説で、矢吹駆連作の第2作め。

 『バイバイ、エンジェル』で語られたラルース家殺人事件が決着してから半年ほど後。異常な猛暑のパリから南仏に旅する矢吹駆ナディア・モガール。彼らは、『ヨハネ黙示録』の意匠に彩られた連続殺人事件に関わっていく。

 このレヴュー記事は、『サマー・アポカリプス』未読の人を想定した紹介文です。
 作品について、不必要なネタバレは極力避けます。

Cover image
(『サマー・アポカリプス』、創元推理文庫版書影)

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 “ルイ十四世の時代以来”と呼ばれた酷暑にパリが見舞われた夏。
 渇水で水位も減じたセーヌ河畔で、矢吹駆が狙撃される。
 通りがかった白のシトロエンから銃撃された駆は、たまたま一緒にいたナディア・モガールを庇って被弾。
 動転するナディアに、駆は「あの女のことは誰にも話してはいけない」と約束させる。

 黙示録の四騎士が彷徨する殺戮の夏の、これが禍々しい最初の予兆だった。

 引用は、序章「セーヌ川岸の狙撃者」から。

 『サマー・アポカリプス ロシュフォール家殺人事件』は、伝奇ミステリーに、ゴシック・ロマン風の“館もの”要素も加味し、連続殺人事件を扱った謎解き推理小説。
 伝奇ミステリーが好きな人には、お勧め☆

 前作、『バイバイ、エンジェル ラルース家殺人事件』が、ほとんどパリを舞台にしていたのと違って、矢吹駆とナディア・モガールが、南仏のスポット数ヵ所を足早に旅していく様子も、物語に独特の奥行き感を生んでます。

 創元文庫版で517頁の本文が、第一章~第六章と、序章、終章の8パートに構成されてる作品で。
 序章で語られる「あの女」が何者かは、第一章「異端カタリ派の脅迫状」のラスト近くで描かれます。
 最初の殺人事件が起きるのは、第二章「エスクラルモンド荘の惨劇」の前半でのこと。

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 語り手キャラがナディアなのは、前作『バイバイ、エンジェル』と同様。
 第一章では、序章を受けた冒頭の語りの後、語り手の今は、時制が数週間遡り、五月の最後の日に。

 それは、ナディアが20歳になってからしばらくしたある日で、“近年にない狂気じみた猛暑がパリを襲い始めてから数日め”。そして、『バイバイ、エンジェル』の最後のシーンから、ちょうど1週間後。

「宿題はなし。今日は日本語の勉強もなしよ。わたし、あなたときちんと話がしたいの。いいわね」
 店を出て、わたしたちは先週と同じ道筋でリュクサンブール公園に向かった。違うのは、もう夕方の時刻だというのに、なおも狂ったように燃え続ける白い太陽と、街中にたちこめる、甘く湿った汗の匂いだった。公園の鉄柵の下でわたしはカケルにいった。公園横の路地がサン・ミッシェル通りに出る少し手前の、わたしには忘れられない場所だった。
「ここでわたし、あなたに酷いことをいったわ」
 それは先週のことだった。〔後略〕

 引用ヵ所に続けて、ナディアは、『バイバイ、エンジェル』終章でのカケルとのやりとりを再話します。背景として、“ラルース家殺人事件”について、ナディア視点から整理された要約も語られます。
 ハッキリ書くと、『サマー・アポカリプス』の第一章には、『バイバイ、エンジェル』の決定的なネタバレが書かれてる。
 これは、『サマー・アポカリプス』が単独でも読める作品であるために、避けがたい語りだと思えます。

 なぜ、避けがたいと思えるか。その理由もネタバレをさせないと、ちゃんと説明できないですけど。
 一応、矢吹駆とナディア・モガールの関係描写と、関係描写を通したそれぞれのキャラの描写を深めるのに必要、とは書いておきます。
 このレヴュー文では、『バイバイ、エンジェル』のネタバレも避けようと思うので。これ以上は書きません。

 アタシ(紹介者)としては、先に『バイバイ、エンジェル』を読んで、割と間髪入れずに『サマー・アポカリプス』を読むと、面白さ倍増と思うので。そんな読み方をお勧めしておきたいです。
(もちろん、『サマー・アポカリプス』は単独作として、充分成り立ってる作品なので。どんな読み方するかは、読者それぞれの自由ですが)

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 さて。
 ナディア・モガール20歳の年の5月の最後の日。ラルース家殺人事件での駆の振る舞いについての話題が、2人の間で一区切りした後、駆はナディアに、若い歴史学者シャルル・シルヴァンへの紹介を頼みます。
 ナディアは、パリ大学で歴史学を学んでる女友達ジゼール・ロシュフォールを通じて、シルヴァン助教授と面識があったからです。

 中世西欧最大の異端とも呼ばれるカタリ派に興味をもち、カタリ派壊滅に取材した『アルビジョア十字軍叙事詩』の研究もしてた駆は、ルイ14世時代に編纂された「ドア文書」に関心を持っていました。
 「ドア文書」は、ルイ14世の時代に、かつてカタリ派の拠点だった、ラングドック地方から収集された古文書の集成で、全258巻てのが作中の設定。

 矢吹駆は、“努力して、交際範囲をひたすら狭めるようにしていた”(『バイバイ、エンジェル』序章)ヤツですけど、国立図書館に収蔵されてるドア文書のコピーを入手したり、オリジナルを閲覧するため、交友関係についてのポリシーも1時棚上げしたみたい。

 結局、駆は、シルヴァンがカタリ派の聖地モンセギュールで予定してる発掘調査に同行することになります。発掘調査は、フランス有数の企業家ロシュフォール家の財政支援で実現することになったもので、ロシュフォール家のお嬢様、ジゼールがお膳立てしたようなものです。そんなわけで、ナディアも駆と一緒に南仏旅行に行くことになるのですが。

 シルヴァン助教授のもとには、<四騎士>の署名で、発掘計画妨害を匂わせる脅迫状が送られていました。

「ヤブキ君、君もいちおう見ておいた方がいい。私たちの発掘計画にはこんな悪質な妨害もあるのだ」
 わたしはカケルの手元を覗き込んだ。紙片には短い文章がタイプで打ってあった。

 ピエール・ロジェ・ド・ミルボアの財宝を狙う者には、カタリ派の呪いがかけられる。黙示録の怒りがその頭上に堕ちかかるであろう。

<四騎士>がその署名だった。芝居がかった悪戯のおかしさで、わたしは思わず笑い出してしまった。それから、笑いを噛み殺して質問した。
「ピエール・ロジェ・ド・ミルボアって誰なの」
「ピエール・ロジェは、モンセギュール守備隊の司令官よ。落城の前に、カタリ派の長老の命令で、モンセギュールの莫大な黄金を残らずアリエージュ川上流にある安全な洞窟に移したという伝説があるの」

 シルヴァン助教授は、“脅迫状”のことを悪戯と見て、真面目には考えていませんが。ジゼールの方は、かなり怯えてます。
 数日後、ジゼールは、ロシュフォール家経営の電力会社が南仏で進めてる原発建設に、反対を唱えているエコロジスト団体「オクシタニア解放運動(MRO)」のリーダーシモーヌ・リュミエールに面会に行きます。ナディアと駆も、ジゼールに請われて同行。
 脅迫状のこと、「あなたがたが出したのでしょうか?」と尋ねるジゼール。
 シモーヌは、「わたしたちの運動は、黙示録ともカタリ派の呪いともなんの関連もありませんよ。ジゼール、あなたの父親がどんな悪党でも個人的な危害を加えられる心配はないわ。わたしたちはテロリズムを否定しているんですから」と応えるのですが……。

「……黙示録の呪いは、それほど馬鹿げたことではありませんよ」
 その時だった。どことなく挑発的な口調で、横合からカケルがいった。尋ねられもしないのに、自分からなにかを喋ることなど絶えてないはずの青年なのに、いったいどうしたのだろう。ジゼールとシモーヌの話し合いが円満に終わろうとしている今、いったいどんなつもりでまたジゼールを怯えさせるようなことをいうのだろう。

 駆は、12世紀末に、反十字軍、反バチカンの暗殺を繰り返したカタリ派の分派、黙示派の話題を持ち出します。
 「黙示派はカタリ派の退廃した姿だった」と、反論するシモーヌ。

「では、あなたは十二世紀の暗殺結社が現代まで生き残って、それがあの脅迫状を書いたのだとでもいうのですか」シモーヌは意地悪い表情で、こうカケルを嘲弄した。
「……あるいは」
〔中略〕わたしは、こんな荒唐無稽なことをカケルが本気で信じているとは思わなかった。七百年以上も昔の異端派だとか秘密結社だとかが、今もこの国に存在しているなどということを真面目に受け取るわけにはいかない。しかし、こんな空想を真剣に語るカケルの意図がほんとうはどこにあるのかもわたしには理解できなかった。
 それよりも、カケルとシモーヌの間に流れている、どこかしら敵意にさえ似た、冷え冷えとした空気の方がわたしには気になった。二人とも初対面だというのに、いったいどうなっているのだろう。
〔中略〕
 二人は、カタリ派や、黙示派というその分派にまつわる歴史解釈上の論争に隠れて、もっとぜんぜん別の闘いを激しく繰り広げているようにも思えた。カケルにとってもシモーヌにとっても、他人には窺い知れない必死の闘いでさえあるらしかった。〔後略〕

 MROの反原発集会が開かれていた公園を立ち去った駆らがジゼールと別れたところへ、シモーヌが追ってくる。
 「ヤブキさん、あなた、今晩は家に帰ってはいけません」。「この都会にいてはいけません。家に寄らないで、このまま駅に行きなさい。そして、遠い田舎か、できれば外国にいってしまいなさい」
 「なぜです」
 「会ってしまったからです。〔後略〕」

 しばらく後、駆とナディアは、“イエナ橋にほど近いセーヌ岸の路上”で銃撃にされられたのだった。
 ここまでが、序章と第一章。

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 結局、駆の傷が癒えるのを待って、ナディアたちは7月上旬にモンセギュールに向かいます。この旅行には、ジャン=ポール・バルベス警部も同行。ナディアの父、パリ警察のモガール警視の相棒、バルベスは、モンセギュールから遠くない小村の出身なのです。

 カタリ派の地下神殿の発見を目指す調査をおこなうと言っている、シルヴァン助教授とその生徒ジゼール。ただ、ジゼールは、どこまで信じているか不明だけど、地下神殿には、カタリ派の黄金が遺されている、とのローカルな伝承を語る。
 実は、ジゼールにとって、カタリ派の秘密地下神殿の発掘は、彼女が幼い頃に死んだ、敬愛する母親の夢でもあった。
 野次馬根性で、黄金伝承に興味を示すナディア。それとは別に、“どことなく怪しげなオカルト知識にとんでもない関心を抱いている”矢吹駆は、「カタリ派の太陽の十字架」なる遺物に注目してるらしい。

 そこに矢吹駆狙撃事件の謎が、重なって、ナディアを悩ませる。
 <四騎士>からの脅迫状に、心底怯えているジゼール。狙撃とシモーヌとの関係を疑いつつ、駆に口止めされたたため、警察に話せずにいる、ナディア。

 もしかしたら、ナディアは、パリを離れることは駆の安全にとってもいい、くらいには思ってたかもしれないけれど。
 ロシュフォール家の広壮な山荘、エスクラルモンド荘では、弓が使用された殺人事件が起きる。そしてこの殺人と前後して、山荘の厩舎で、1頭の白馬が屠られる。

 『ヨハネ黙示録』に語られる四騎士の、第一の騎士を暗示する凶行は、“黙示録の四騎士が彷徨する殺戮の夏”のはじまりになるのだった。

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 『サマー・アポカリプス』は、重厚な味わいの伝奇ミステリーで。
 異端カタリ派って、ちょっとマニアックな題材に、『ヨハネ黙示録』って、超メジャーな題材が重ねられる料理が憎い。

 12世紀のアルビジョワ十字軍、ルイ14世時代にカタリ派の秘密を隠蔽した古文書、第2次大戦中にナチ・ドイツが発掘調査を試みたと言う秘密の地下神殿、さらに、大戦後に写真が撮影されたという謎めいた「太陽の十字架」。
 何重にも重ねられた伝奇ミステリーに、くらくらするような眩惑感を楽しめます。

 連作の1作として読むなら、矢吹駆が宿敵との闘いを決意することになる、重要な転回も編み込まれています。駆が、ヒマラヤの僧院での修行体験を語るところも、連作と通して読む時のポイントの1つ。

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書誌情報:
笠井 潔,『サマー・アポカリプス ロシュフォール家殺人事件』(創元推理文庫),東京創元社,Tokyo,1996.
4-488-41502-4

笠井 潔,『サマー・アポカリプス ロシュフォール家殺人事件』,角川書店,Tokyo,1981.
4-04-872320-0

笠井 潔,『アポカリプス殺人事件』(角川文庫),角川書店,Tokyo,1984.
4-04-156302-X

笠井 潔,『天使/黙示/薔薇 笠井潔探偵小説集』,作品社,Tokyo,1990
4-87893-158-2
矢吹駆連作の『バイバイ、エンジェル』、『サマー・アポカリプス』、『薔薇の女』の合本単行本)

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