石田衣良、作、『スカウトマンズ・ブルース』(『反自殺クラブ』池袋ウエストゲートパークV所収)

 『スカウトマンズ・ブルース』は、石田衣良さんによる「池袋ウエストゲートパーク」(I.W.G.P.)シリーズ、本編の1作。本編5冊目の作品集『反自殺クラブ』に収められた4作の内、巻頭に採録されてる。
 軽く読めるけど、パッと視よりもずっと面白い好編♪

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 “冷たい夏があっさりと秋に銀の座席を譲ったその日”、主人公で語り手キャラのマコト(真島 誠)は、“いつものようにコラムの締め切りまえで、嫌になるくらいネタに詰まっていた”。

〔前略〕おれが書きたいのは、目のまえのストリートに転がってる、新鮮だけど雑魚みたいなネタだ。来週には古くてつかえないようなやつなら、もっといい。

 その日、サンシャイン60通りの基点になる五差路交差点で、無数のキャッチ・セールスや、スカウトマンたちの内、マコトの目を惹いたのは“小柄でやせている”タイチ。マコトは、ストリート雑誌のコラム記事用にタイチに取材する。

 『スカウトマンズ・ブルース』のストーリーは、シンプルだし、テンポも軽快。
 コラムを仕上げた後、マコトは、タイチが関わるトラブルを取材の縁で相談され、解決していく。

 最初のトラブル・シューティングには、池袋署の吉岡刑事を引っ張り出し。その後、派生した新しいトラブルの解決には、ストリート・ギャングのGボーイズの手を借り、羽沢組のサルの名前も借りる。
 しかも、フリーだけど、超優秀なスカウトマンのタイチは、関わりのある女性のトラブル・シューティングに、ポンと100万円を出す。
 ハッキリ書くと、マコトにこれだけのカードが揃えば、池袋のストリートで解決できないトラブルは、まず無い。

 軽快なトラブル・シューティング、納得いく展開と楽しんで、さらに『スカウトマンズ・ブルース』で楽しめる旨みは、やっぱりゲスト・キャラ、タイチのキャラクター。
 タイチは、風俗店に紹介した18人くらいの風俗嬢から、毎月10%のキックバックを受けている、超優秀なスカウトマン。とても勤勉なヒモ、ともゆーかもしれない。
 マコト曰く--、“この俺やあんたみたいな甲斐性のない男の場合”、腹をくくった美女が貢いでくれるみたいな“幸運が起きる確率は、池袋の駅前を歩いていて、隕石に打たれて即死するくらいのもの”だけど。

 おれがこの秋知り合ったガキは池袋東口五差路の角で、毎月のようにでたらめに色っぽい隕石に打たれていたのだ。

 細かく言うと、タイチのキャラと、マコトも含めて、微妙に噛みあわない周囲のキャラとのズレが、『スカウトマンズ・ブルース』の読みどころ。

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「どうもありがとうございました。わたしが、やっぱりバカだった。風俗の仕事をしてタイチくんのそばにいこうなんて考えたから。動機が不純だったんです」
 好きな男のそばにいたいという動機のどこが不純なのだろうか。金のためより、いくらましだかわからない。しのぶはただ運が悪くて、まずい場所でまずい男に声をかけてしまっただけだろう。
「だいじょうぶか。明日からどうするんだ」
 しのぶはおれのほうを見ずに、タイチの横顔を見つめていた。
「ちょっと休んでから、また喫茶店にもどります。わたしには風俗って無理みたい。タイチくんのためになにかしてあげられなくてごめんね」
 おれは若いスカウトマンの魔法にあきれていた。普通謝るのは男のほうで、傷ついたしのぶではないだろう。風俗嬢になって毎月キックバックの振込ができないからと謝る女なんてどこにいるのだ。びっくりしていると、タイチはいいんだといって、あのくしゃくしゃの笑顔を見せた。
 おれはばからしくなって、ベンチを立った。電線に止まる小鳥のように寄り添うふたりに声をかける。
「ごゆっくり。なにかあったら、連絡してくれ」

 引用は、タイチに依頼されたマコトが、喫茶店のウェートレスのしのぶを、最初のトラブルから救った後の断章から。

 マコトってキャラは、良くも悪くも気分屋さんなとこがあって。
 “おれはばからしくなって、ベンチを立った”って気分はわからなくもないけど。実はマコト、最初に、タイチに取材した時、18人くらいの風俗嬢からキックバックを得てるスカウトのコツを聞いてる。

 「ぼくがやってることなんて、ぜんぜんめずらしくないよ。まず、どんなにおかしなことでも、女の子の話はすべてきく」。「常識的な説教とか、偉そうな理屈とか、あとでやれそうなんて下心はなしでだよ。簡単そうに見えて、これが一番むずかしいんだ」。「あとはね、女の子って急に気持ちが揺れるときがあるでしょう。理由もなくはしゃいだり、落ちこんでみたり。そういうときは黙ってそばにいてあげる。ただ手をにぎっていてあげるんだ。何時間でもね」

 “ばからしくなって”ベンチを立ったマコトの気分はわかるけど。多分、タイチは、しのぶが“どんなにおかしなこと”を言ってるにしても、その時の自分にできる一番いいことをしただけ。それが“いいんだ”って、セリフと、“くしゃくしゃの笑顔”。

 フェミニズムぽい視点から視ると、タイチの考えも女性をちょっとバカにしてるんじゃぁないか? みたいに思えるかもしれない。
 でも、もし、そんなようなこと言われたとしても、多分タイチは、困ったような表情を見せるだけだろうって気がする。

「〔前略〕ぼくは自分が空っぽな人間だから、女の子の話を聞くのがけっこう好きなんだ」
 きっとそういうのを天職というのだろう。〔後略〕

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 マコトは、I.W.G.P.のシリーズが進むに連れて、ストリートの伝説みたいなキャラになっちゃってる。
 愛読者の間では“スーパーマン化”みたいな評価もあって。エピソードによっては、そんなふうに読まれても仕方ない物語もあるみたい。

 アタシ(紹介者)も、マコトには“スーパーマン”の役どころは似合わない、と思うんだけど。
 “ピーターパン”みたいな役どころだったら、良くも悪くも向いてるんじゃぁないかな? と思う。
 『スカウトマンズ・ブルース』の面白いところは、そんなマコトから視ても、さらにいそうにないキャラ、タイチとつきあって、マコトが感じる戸惑いのような諸々の感情。

 マコトにしては軽く解決できるトラブル・シューティングも、実はそうした戸惑い感覚の振幅の内に描かれてるので、面白く読める。
 例えば、重ねて酷いめにあわされたしのぶが、自殺を試みた後でなおタイチにあやまってるシーンで、マコトが腹を立てるとこ。マコトが、押し切るようにして依頼を請け負う様子がいい。

「おれは謝らないぞ、タイチ。元はといえば全部おまえから始まったんだ。おまえがどの女にも甘い顔をするからこんなことになる。リバティラインのやつらにもそろそろケリをつけよう。しのぶ、あんたもここで腹をくくれよ。女は度胸じゃないのか。親に知られたくないなんていってないで、もと胸を張ってくれ。被害者なんだから、今度は俺たちの番だろうが」
〔中略〕黙って目を閉じていたしのぶが、目を開けた。昔のアニメだけでなく、ぎらぎらと炎が燃える目が実際あるのだ。しのぶの怒りはまっすぐだった。
「ほんとうにできるの、マコトさん。リバティラインを潰せるなら、わたしはどうなってもいいよ」

 ストーリーのレベルでは、軽快にトラブル・シューティングをするマコトだけど。トラブルの元である、悪辣なスカウト事務所、リバティラインを、本当に潰すことになるのは、被害者のしのぶだ。Gボーイズの手を借りて、マコトが入手した強姦や輪姦の証拠が警察を動かして。法廷で、しのぶが証言したことは、後日譚のように軽く触れられてる、
 軽く触れられてるだけだけど、物語に好感を抱かせる要素。

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〔前略〕結局、その後、しのぶとタイチがつきあうことはなかった。
 おれはそれでよかったと思っている。タイチはしのぶのようなまじめな女の手に負える男ではないのだ。やつはおれといっしょにサンシャイン60通りを歩いていも、いつだって五センチばかり宙を浮いてるように見えた。

 タイチが“しのぶのようなまじめな女の手に負える男ではない”ってのは言えてると思う。
 最初にしのぶが騙された後で「動機が不純だった」とか頓珍漢なこと言ってるセリフに、マコトは“好きな男のそばにいたいという動機のどこが不純なのだろうか”とか、これまた頓珍漢なこと考えてて。
 詳しくもないのに、下調べもなく風俗嬢に志願したしのぶが浅はか、とかは考えてない。
 この辺はマコトの“甘い”ところではあるんだけど。

 ただ、そんなマコトの生活感覚からしても、タイチは、ほとんど別の種族に属してるみたいな感じ。
 でも、たとえ種族が違ってるとしても、友人にはなれる。
 それは、マコトのいいとこだし。
 物語の旨みでもある。

 『スカウトマンズ・ブルース』の全編は、こんなふうに締めくくられる--。
 風俗のスカウトから、タレント・スカウトに転職(?)したタイチに、マコトは「原宿じゃなく池袋でスターの卵なんて見つかるのか」と尋ねる。

「原宿じゃなく池袋でスターの卵なんて見つかるのか」
 タイチはガードレールに座ったまま、ケヤキ並木の空を見あげる。雲も、太陽も、空の遥か高みだった。風は冷たく澄んで、残暑の終わりを告げている。
「なんだマコトさん、知らないの。今、きれいな女の子はみんな池袋に集まってるんだよ。柴咲コウだって、優香だってスカウトされたのは、この街なんだ」
 残念ながら、おれの目はきっと節穴なのだろう。池袋に二十年以上暮らして、そんな美人にお目にかかったことがにのだから。おれたちはいつだって、探しているものだけしか見つけない。本格的な寒さがやってくるまえに、おれも本気でそう悪くない女の子でも探そうかと思った。
 だって通りに立ち続けることなら、おれがスカウトマンに負けるわけがない。
 きっとだいじょぶ、いつかはおれの隕石が空を駆けてくる。
 そうでも思わなきゃ、こんなバカな街で生きていけないよな。

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 この作品は、文庫版で58頁ほど。雑誌「オール讀物」の2003年10月号に掲載された。

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書誌情報:
石田 衣良,『反自殺クラブ』(池袋ウエストゲートパーク5),文芸春秋,Tokyo,2005.
ISBN 4-16-323770-4

石田 衣良,『反自殺クラブ 池袋ウエストゲートパークV』(文春文庫),文芸春秋,Tokyo,2007.
ISBN 978-4-16-717412-5

備考:
物語内の今=語られる主要な出来事は、ある年の夏の“冷たい夏があっさりと秋に銀の座席を譲ったその日”から、“残暑の終わり”が感じられるある日までのできごとで、日数などは定かでない。
連作間の前後関係を、直接特定する手がかりは作中には見当たらない。中篇『電子の星』で語られた出来事に続く秋(2003年の夏)の出来事、と思っておくのが素直な読み方だろう。
語り手の今=語り手の今は、エピローグ相当パートで語られた出来事が起きた時点よりは後。
冒頭の断章での語りは、メインの物語で語られた出来事が終わった後、ある程度時間が過ぎたような印象もあるが、どれくらい後の語りかは定かでない。
印象としては、あまり時間がたったような感触でもない。

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