『歴史群像:太平洋戦争1 「日米激突」への半世紀』 “お坊っちゃん”な日本海軍と“放蕩息子”な日本陸軍……では、そうなったのは、なぜか?

 現代の戦争は、始まった段階で終わりまでの道程が定められていると言っていい。その点で、この「日米激突」への半世紀はさまざまな示唆に富んだ良書である。
 興味深く読んだ記事のひとつが、片岡徹也先生による日本陸海軍の用兵思想に関する分析だ。副題が“お坊っちゃん”と“放蕩息子”とあるように、両者の用兵思想のお粗末さを厳しく指摘する内容となっている。

 マハン流艦隊決戦思想に傾倒したあげく、自分の考えた論理で世界を理解したような気分になった『中二病患者』な日本海軍。

 必勝の信念のもと戦略を軽んじ、敵が何を考えようが自分がやりたいようにやって勝つことしか考えない『夜郎自大』な日本陸軍。

 少々、過激な物言いもあるが片岡徹也先生の指摘はおおむね正鵠を射ていると私は思う。日本陸軍も日本海軍も、用兵思想において根本的な欠点と欠陥があり、それは最後まで組織として修正することがかなわなかった。

 その上で私は考えてみた。
 何が、彼らをして“お坊っちゃん”で“放蕩息子”にしたのか?
 日本陸軍や日本海軍にいた人々が、知性において劣悪で、精神において惰弱であったから、彼らは失敗したのだろうか? 太平洋戦争における敵手たる、アメリカ陸軍や海軍の人々に比べて、知性も精神も劣っていたから負けたのだろうか?

 それは、違うと思う。
 個人のレベルでいえば、優れた人も劣った人もいただろう。だが、集団としてみれば、民族国家にかかわらず、おおむね同じレベルであったはずだ。
 しかし、結果として日本陸軍と日本海軍は用兵思想に多大な欠陥をはらんだまま戦争に突入している。

 何が彼らを歪めたのか。そして、アメリカ陸軍や海軍はなぜ歪まなかったのか。それを知ることができなければ、日本陸軍や日本海軍の失敗は他人事ではない。誰にでも、いつであっても、訪れることだ。

 私は歪みの正体を、恐怖と劣等感だとみる。
 19世紀、日本がクーデターと内戦を経て開国に踏み切ることになった世界は、帝国主義真っ盛りの、まさに弱肉強食な時代だった。
 世界地図を広げてみるがいい。ヨーロッパ列強、ロシア、アメリカは、世界中を自らのテリトリーとして塗りつぶしている。植民地として、あるいは保護国として。弱ければ食われる。弱くなくても弱らして食う。
 新生日本が見た世界とは、北斗の拳も真っ青の、暴力とジャイアニズムが支配する世界だった。

 弱ければ、それだけで国を滅ぼす罪になる。

 この恐怖こそが、日本を富国強兵へと邁進させた。弱くてダメだというのならば、強くならなければならない。強くあらねばならない。東洋の孤児はタイガーマスクよろしく、虎になることを決意したのである。
 日清戦争、そして日露戦争を経て、日本は虎であることを世界に証明してみせた。もしこのまま時代が過ぎていけば、日本は東洋一のチャンピオンベルト保持者としてそれなりに満足して生きていけたかもしれない。

 しかし、第一次世界大戦という巨大な嵐が、日本のそうした甘い認識を根こそぎ吹き飛ばした。
 日露戦争など子供のけんかにしか見えない巨大な鉄と血の嵐が吹き荒れ、何よりも重要なことは、それを支えるのは国家全体の力であるという事実は、少しは上向いていた自国への評価を徹底的に打ち砕いた。
 しょせん日本の陸軍も海軍も、付け焼き刃で打ち立てた見せかけの力でしかない。富国強兵によって得られたボーナスを、最新の兵器と戦術につぎ込んで、短期の戦いであれば可能な軍隊を作っているだけだ。総力戦となれば、あっというまにすり潰されてしまうことを、当の陸軍や海軍がよく知っていた。

 第一次世界大戦という国家総力戦で突きつけられた恐怖と劣等感。それは、正視するにはあまりに重く痛い現実だった。
 正視できない恐怖と劣等感は、その裏返しとして尊大な自負心と、自らを特別視し、他者を否定する攻撃性となって現れた。
 開国前の日本でも、同じことは起きている。しかし、そのときには江戸幕府が攻撃の対象となってくれた。
 開国と富国強兵を目指していた幕府を異常なまでに攻撃して打ち倒すことで、恐怖と劣等感をそれなりに解消できたからこそ、明治政府が改めて開国と富国強兵という道を選べたのだと、私は明治維新を考えている。

 だが、太平洋戦争前の日本の陸軍と海軍は、恐怖と劣等感を解消することに失敗した。自らの打ち立てた中二病的な妄想の中に安住してしまい、妄想を打ち壊そうとする同胞への攻撃性ばかりがふくれあがっていく。

 そして日本は日中戦争の泥沼に足を突っ込んだあげくに太平洋戦争にまで手を出して敗北する。
 どう考えても当然にすぎる大失敗であるが、大失敗なぞ、後から見れば全部ダメダメに決まっている。貧乏人に金を貸して焦げ付いた? 後から見れば当たり前じゃんかというサブプライム・ローンであるが、自明の理でも失敗するから大失敗なのだ。

 恐怖と劣等感を克服する方法はなかったろうか?
 理性的に考えることができるならば、恐怖と劣等感を克服する方法はいくらでもある。恐怖と劣等感と正面から向き合い、できることをやり、できないことは諦めて他の道を探るのだ。個人のレベルでの問題ならば、私もそれをお勧めする。
 しかし、集団レベルで根付いた恐怖と劣等感は、理性で克服できるものではない。明治維新がそうであるように、誰かを生け贄に捧げて徹底的に攻撃し、排除に成功して、

「悪かったのはあいつらで、悲惨な現状もあいつらのせいだから、これからは皆で頑張ろう」

 とすべての責任をなすりつけた上で都合の良いことをぬかすのがもっとも手っ取り早い。
 そして当時の日本において可能性が高かったのは、共産革命であろう。
 天皇や資本家を打ち倒し、労働者の国を築き上げて軍隊も日本赤軍なり労働者艦隊になっていれば、日本陸軍も日本海軍も史実のような恐怖と劣等感を打ち消すことができたかもしれない。
 ……できなかった可能性も、これまた高い。

 そこまではいかないにしても、皇軍相撃つ内戦をやり、負けた側に責任を押しつけて改革をするという手もあったろう。だが、5.15事件も2.26事件も、結局は不発に終わった。
 そも、軍隊だけが恐怖と劣等感で歪んでいたわけではない。欧米列強への恐怖と、自国がしょせんは後進国であるという劣等感は国民全体が抱いていたものではなかったか。だからこそ、軍隊の歪みを国民もまた、ただすことができなかったのではないか。

 日本が抱いていた恐怖と劣等感とようやく正面から向き合うことができたのは、太平洋戦争という文句のつけようがない誰の目にも明らかな負け戦を経験したからである。

 かくして日本は、旧体制と軍隊に対して

「悪かったのはあいつらで、悲惨な現状もあいつらのせいだから、これからは皆で頑張ろう」

 という、お題目と共に恐怖と劣等感を適度に晴らして、戦後の復興へと邁進できたわけだ。

 してみると。
 歴史的にみて、日本はかなり正しく恐怖と劣等感に対処したと言えるのかもしれない。日本海軍と陸軍が“お坊っちゃん”と“放蕩息子”にならず、生け贄の子ヤギとしてふさわしくないようであれば――

 日本は、太平洋戦争をすることなく、そして未だに恐怖と劣等感と共に生きていたのかもしれないのだ。

 そう、小だまたけしさんの『平成イリュージョン』のあの世界のように――

 なお。

 アメリカ海軍や陸軍が歪まなかったのは、当然のように20世紀初頭の彼らが恐怖と劣等感からもっとも縁遠い国家であったからだと私は考える。
 自らの国力と正しさに露程の疑いも持つ必要がなかった、本物の“お坊っちゃん”であり、少々の損や失敗を親(国家)の金と力で何とでもできる“放蕩息子”であったからこそ、彼らは歪まなかった。ただ、それだけである。

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感想です

 

 今回の日記も昨今の情勢を思わず連想してしまって興味深かったです。

 内容とはピントがずれてこちらが受け取っているかもしれないのですが、読んでいてひょっとして今の日本(もしかしたら世界的なものかもしれないですが)も展望をひらけないテロとの戦いや金融危機の発生に地面が覆るような恐怖を感じたり、劣等感を抱きつつあるのではという感想を持ちました。

 現在進行中の事なので渦中にいる我々が昨今の情勢に太平洋戦争に至った道への相似を見出せるかどうか、断定することは難しいのでしょう。

 しかしたとえ歪みつつあるとしても我々には敗戦によって恐怖と劣等感に向かい合い這い上がってきた経験があるわけで、それを生かせればそう悲観的になる必要はないかなと、皮相的ではありますが思ったりしました。

 日記の最後に言及されていた『平成イリュージョン』。鋭い部分を持ちながらもどこかゆる~い作風が好きで、打ち切りになったときはがっくりしました。現在は個人誌の通販という形で続いているようですがまたどこかに載らないもんでしょうか。……あくしずならばとはかない望みを抱いているのですが。


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