『歴史群像No.93』 戦力を集中運用する――しかない――軍隊が求める果てにあるもの

●『海軍艦上爆撃機『彗星』 敵空母を先制攻撃せよ』文・古峰文三/イラスト・佐竹政夫
 ぺらりと表紙をめくって最初に出てきたのが、先端の細い、精悍な印象のプロペラ機の見開きイラスト。
 海軍の海上爆撃『彗星』である。
 太平洋戦争の中盤から登場した他の日本軍の軍用機同様に、『彗星』も結果として残念なことになっている。

 航空機は何よりまずエンジンとよく言われるが、『彗星』の液冷エンジンは完全国産ではなくダイムラーベンツの液冷エンジンをライセンス生産したものである。
 このライセンス取得について、私は長らく「日本の陸軍と海軍が、それぞれ別々にダイムラーベンツへライセンス料を支払い、ヒトラーに笑われた」と認識していた。
 しかし、古峰文三さんの記事によると、そう単純なことではないらしい。

 最初は、液冷エンジンのライセンスについては、海軍が金を払って愛知時計電機にライセンスを取得させた。この時は生産したエンジンは陸軍も共用するというものであったらしい。
 しかし、陸軍は液冷エンジンを使った戦闘機(三式戦『飛燕』)を川崎に生産させることになった。
 考えてみれば、当たり前の話であるが、ダイムラーベンツ社がライセンス生産を許可したのは、愛知一社だけである。川崎はいくら同じ日本の企業といっても別会社だ。川崎がダイムラーベンツのエンジンを生産するというのであれば、当然、川崎もライセンス料金を支払わなくてはいけない。

 結果として、海軍=愛知とは別に、陸軍=川崎も、ダイムラーベンツにライセンス料金を支払うことになったわけだが、これは支払わない方がよほど問題であり、別に笑われるような筋合いのことではない。
 もちろん、国家総力戦における資源や金の配分、はては作戦計画などにおいて、陸海軍が仲が悪く、非効率的なことをたくさんしているのは事実としてだ。それはそれ、これはこれ、である。

 この記事を読んで、なるほど、事実だと思っていることについても、折に触れて別の側面から光を当てるべきなのだなぁ、と感心したしだい。

●『各国陸軍の教範を読む 第五回:行軍その2 ドイツ軍(前編)』文・田村尚也/イラスト・樋口隆晴
 毎号楽しみにしており、歴史群像アーカイブになるのを心待ちにしている連載が、この『各国陸軍の教範を読む』である。
 さて、この号のドイツ軍の教範であるが、さすがは運動戦をして自らの作戦の根幹となすドイツ軍である。教範でいきなり、「新しい靴だと、靴ズレを起こすから注意せよ」みたいなことを書いている。田村さんが記事で書かれているように、先に紹介されたフランス軍の理論的、科学的な教範の内容に比べると、指揮官に実戦的、実際的な思考を促すように作られている感じだ。
 行軍については、他にも適時休憩が必要だとか、強行軍をするなら兵士に理由を説明するも可だとか、とにかく機動力を維持し、発揮できることに指揮官が気を配ることを重視している。

 なぜ、ここまで機動力を重視するか。
 その背景にはやはり先の大戦での敗北を受けてのヴェルサイユ条約における軍備の大幅な縮小があるだろう。紹介されているドイツ軍の教範は1936年のもので、ナチスドイツによる再軍備宣言(1935年)のわずか1年後のことである。

 相手よりも少ない戦力で戦うにはどうするか。
 フランス的な回答が、マジノ線だ。強固な要塞線を作り、鉄壁の守りを固める。独仏国境の南側だけだが、手出し不可能な要塞線があれば、残りの兵力を北に集中して守ることもできるという寸法である。
 周囲を敵、ないし仮想敵に囲まれたドイツには、そうした手法は使えない。第一次世界大戦の時からずっと、ドイツはこれを機動力によって補う作戦をたててきた。鉄道を使い、自動車を使い、どちらもなければひたすら歩き、集中した戦力によって局所的な優位をもたらし、そして勝利する。

 もっとも、フランスも、ナポレオンの時代はやはり同じように機動力によって戦力の集中と勝利をもたらしてきたわけだし、軍隊にとって機動力は常にないよりあった方がいい。

 問題は、ないよりあった方がいい、が。
 それしかない、になった時である。

 勝利をもたらすために、戦力を集中する――しかない――となった軍隊というと、太平洋戦争における日本軍がその代表格だ。
 歴史群像No.88の『幻の連合艦隊Z作戦 -米艦隊撃滅を期した決戦構想-』(瀬戸利春)がそうだが、太平洋戦争が始まる前から、日本軍が陸軍海軍問わずに、やたら航空機の開発と航空戦力の充実に力を入れているのは、航空機のもたらす空を飛ぶという機動力が、持たざる国にとって、あまりに魅力的であったからとも言えるのではないか。

 もちろん、自動車や戦車も機動力を増すが、それには地上のインフラ整備も重要になる。アフリカでは大都市以外にはろくに鉄道も道路もなくて、出稼ぎ労働者がおんぼろ航空機で移動するが、戦前の日本も鉄道はあれど、おおむねそんな感じであろう。航空機の圧倒的な機動力を、戦力を集中運用する――しかない――日本軍が追い求めた気持ちは痛いほど分かるのだ。

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