ゆきてかえりしな“僕らに優しい”物語(大塚英志さんの『キャラクターメーカー 6つの理論とワークショップで学ぶ「つくり方」』を読みながら)
大塚英志さんの著作は、示唆に富み、刺激にあふれる良書が多い。
書いてある内容については首をかしげることもあるが、読みながら自分の考えをチェックすることができるため、私は大塚さんの本をとても気に入っている。
さて、『キャラクターメーカー』で特に興味深く読んだのがウラジーミル・プロップ(ウラジミール・プロップ)のロシア魔法民話の研究に関するくだりである。
プロップを元にした、大塚さんの授業用レジュメにある31の構成要素は以下の通り。
1:不在 2:禁止 3:違反 4:偵察 5:情報漏洩 6:謀略 7:幇助 8:加害/欠如 9:仲介 10:対抗開始 11:出発 12:贈与者の第一機能 13:主人公の反応 14:アイテムの贈与・獲得 15:移動 16:闘い 17:標づけ 18:勝利 19:加害/欠如の解消 20:帰還 21:追跡 22:救助 23:気づかれざる帰還 24:偽の主人公の不当な主張 25:難題 26:解決 27:主人公の認知 28:偽の主人公の正体暴露 29:主人公の変身 30:偽の主人公の処罰 31:結婚
(『キャラクターメーカー』p152)
そして、ロシアの魔法民話はすべてこの31の単位の組み合わせからなるたったひとつの形式であるというのがプロップの研究だ。
これをいかに現代の小説や脚本などの物語作りに役立てるかについては、『キャラクターメーカー』を読んでいただきたい。
特に、標/徴(しるし)、聖痕に関連する部分や、旅立ちと帰還に関連する部分は、TRPGのシナリオ作りにもおおいに役立つと思う。
もちろん、創作をしない人であっても、アムロがガンダムや額の稲妻を、ルーク・スカイウォーカーがライトセイバーやフォースというアイテムや聖痕を獲得し、代わりに故郷のサイド7や父親、暮らしていた農園や伯父を失って旅立つような物語展開を、この本を使えば、アカデミックぽく語ることができるようになる。仲間内やブログで論客的なコトをやるにも、おおいに役立つはずである。
さて、読んだのはだいぶ昔のこの本を引っ張り出したのは、我が友人のzero2さんがチャットで「現代社会に突然、魔法使いやら魔物が現れる。という話が書きたくなってきた」とのたもうたのがきっかけである。
魔法、魔物に限らない。超能力や異能の力、あるいは、虎縞ビキニの鬼娘がやってくるとか、月でアルコン帝国の宇宙船を発見してしまうとか、たまたまクトゥルフのことを知ってしまったとか、とにかく『突然』何か日常を破壊するものが出現することで動き出す物語というのは数多い。
広く考えれば、たとえば女の子からラブレターを『突然』もらいました、というだけでも、主人公の日常は破壊されてしまうのだ。
さて、日常が破壊された後、物語はふたつのパターンに分かれる。
世界が新たな要素によって、「変革」されるパターンと、
世界が「元に戻る」パターンである。
もちろん、完全にどちらかのパターンに分かれるわけではない。たとえば『灼眼のシャナ』は基本「元に戻る」作品だが、それでも少しずつ世界、特に主人公の周囲は「変革」されていく。
しかし、主人公の視界や意志が届かない部分までもが「変革」される、つまり世界が変わる物語は限られてくる。その代表例がSFである。
ル・グィンの言葉ではないが、SFは世界を「変革」する物語だ。
メジャーどころで言うと小松左京さんの『物体O』や『首都消失』『日本沈没』のような、世界から何かが消えていく話、あるいは『復活の日』のような、新たな要素が加わる話は、世界が決定的に「変革」されていくところにおもしろみがある。
だから世界が「変革」されないSFを、私などはどこか物足りなく感じてしまう。小説としてはよく出来ていて、アイディアも設定もきちんと考えてあったとしても「変革」というスパイスが抜けていると、SFの醍醐味である“センス・オブ・ワンダー”の味が薄れる感じなのだ。
物足りない、という言い方をしたが、これは作品世界や設定の歯ごたえを楽しむタイプの楽しみ方だ。「変革」されるからには、元の作品世界や設定はしっかりしたものであって欲しい。元がどうとでも取れるような、曖昧な世界や設定であっては、「変革」されたかどうか分からないからである。
もう一方の「元に戻る」作品は、日常への帰還、あるいは変化が日常へ溶け込むタイプになる。物語がパターン化される作品は、主にこちらである。『水戸黄門』や『サザエさん』などの長寿シリーズはその代表だろう。
キャラクターについては、変化や成長があったとしても、世界や設定には変化がないからこそ、シリーズを長く続けられるのである。
……なに?
『宇宙英雄ペリー・ローダン』シリーズはどう説明するのか、だって?
――さあ、次の考察に行ってみよう。
zero2さんが最初に提示した、「現代社会に魔法や魔物」が現れるという、どことなくTRPGのシャドウランっぽい感じの設定は、我々の周囲に無数にある。
世界の「変革」という点で見てみると、まず、もっとも「変革」がないのが、エブリデイ・マジックな世界、すなわち「魔法や魔物は最初から存在し、誰も疑問に思わない」というものだ。このあいだブログに感想をあげた『ベン・トー』などがまさにそれで、半額弁当を巡って、スーパーの中でどつきあいが始まったとしても、誰もそれに疑問を抱かない。実際にはスーパーや周囲の客の迷惑にならないはずはないのだが、これはもう、『そういうもの』なのである。この、『そういうもの』と言い切るパワーさえあれば、エブリデイ・マジックな世界は成立する。
続いて、「変革」が行われるが限定されるパターンとして、「魔法や魔物は最初から存在するが、それは一般から隠匿されている」というものだ。
いわゆる、退魔系の物語はこの設定と相性がよろしい。漫画でも小説でも、無数に存在する。学園生活などの普通の日常と、魔法や魔物の存在する非日常との間を行ったり来たり。ゆきてかえりしな物語である。
初期のライトノベルでいくと、菊池秀行さんの『エイリアン』シリーズが代表作であろう。主人公の八頭大は、普段は高校生だが、凄腕のトレジャーハンターであり、世界に埋もれた秘宝や遺跡の情報を知るや、学校を飛び出して大活躍をするというものだ。
この主人公の厨っぷりときたら半端ではなく、八頭家は先祖代々のトレジャーハンターで、その資産はン千兆円。アメリカ大統領をはじめとした世界中の政治家や企業、CIAといった諜報組織にまでその影響力はおよぶ。むろん資産だけではなく、たぐいまれな頭脳と肉体を持つ八頭大は、NASAなどの研究機関が開発したばかりで一般には出向いていないハイテクを利用した装備を駆使して、古代超文明とか、超生命体とかと渡り合うのだ。
私がこよなく愛するFate/stay nightの世界も「魔法や魔物は最初から存在するが、それは一般から隠匿されている」パターンに含まれる。
無数に存在はするが、このタイプの作品世界をしっかり作り上げるには、度胸と頭脳が求められる。なぜなら、エブリデイ・マジックの世界と同じくらい、この手の世界は存在しえないのに、黒服の男とか情報操作とか、因果律がどうとかの設定でごまかす必要があるからだ。その場の嘘で浮気や株取引の損失を取り繕うようなもので、嘘をついているという負い目がある上に、嘘がバレそうになったらさらに別の嘘で糊塗するのだから、どんどん怪しくなる。
むしろあまり深く理由や設定を考えない方が「魔法や魔物は最初から存在するが、それは一般から隠匿されている」パターンの作品を書くには向いている。なぜなら、読者の多くは、この20年ほどで山のように存在する類似の漫画や小説、アニメやゲームを読んでおり、今更設定を説明しなくても、「裏方の男が『今回は隠蔽工作に苦労しましたよ』といえば、そこは突っ込まない」という黒子ルールに、ある程度従ってくれることを期待できるからである。設定を無理に作って穴が出るくらいなら、穴を避けた方がマシ、ということだ。
さて、もっとも手間がかかり、ついでに読者にも手間とコストをかけてもらうのが、「魔法や魔物が出現したため、世界が変化した」というパターンだ。
作品世界とよっつに組んでの正面対決であり、たいへんやり甲斐はある。SFでいくと、やはりポール・アンダースンの『大魔王作戦』がその代表作だ。質量保存やエントロピーをはじめ物理法則はそのままで、さらに魔法が存在する設定なので、すごいことになっている。たとえばこの世界の戦争では、バジリスクを使って敵を石化するという部隊が存在するが、魔法による炭素化合物から珪素化合物への元素変換を物理法則的にも満たすために、大量の放射線が周囲にまきちらされ、部隊員は放射線の防護服を着用しているという案配だ。
このパターンは、設定作りがとても楽しい。何しろ自分の持つ知識や経験をフルに使うことができるからだ。
そして同時に、読者にとって面白いものにするのがとても難しい。設定はそのままでは芸にならない。上述の『大魔王作戦』で言えば、設定や理屈のほとんどは、作品の中に出てこない。設定や理屈によって改変された世界を、さらに登場人物の視点で描く部分のみが描写され、さらに、読者の興味を引くように注意深く手を加えて、はじめて芸として成立している。
芸とはつまり、読者の取り分である。そもそも小説にせよ漫画にせよ、読者は「読む義理」はさらさらない。それどころか、少なからぬ時間と精神力、そして脳のリソースを使うのだ。これを読めば株でウハウハとか異性にモテモテとかのメリットがない以上、せめて楽しませるくらいの芸がなくては、読み続けてもらうことはできない。
「魔法や魔物が出現したため、世界が変化した」パターンは、他の2パターンよりも、この芸が巧く、あるいは濃くなくてはいけない。その性質上、どうしても知的パズル的であるから、読者のコストは増える。コストに見合うリターンを用意すべきであり、だらだらと知識や設定を垂れ流すなどもってのほかである。
芸が濃い、あるいは語り口調が素っ頓狂なタイプの書き手向けのパターンになる。ライトノベルでいくと、古橋秀之さんや、川崎康宏さんあたりか。
だから、zero2さんにアドバイス、ということになると私は最初のエブリデイ・マジックのパターンをオススメしたい。『佐藤さん』シリーズのように『そういうもの』で押し通すことさえできれば、後はキャラクターが動いてくれるようになる。
最後に私が自分で書いたものを紹介しておこう。
●「魔法や魔物は最初から存在し、誰も疑問に思わない」パターン
くまたんが来た
●「魔法や魔物は最初から存在するが、それは一般から隠匿されている」パターン
鬼狩り

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