笠井 潔、著、『オイディプス症候群』、ナディア・モガールのサスペンスフル・アドヴェンチャー

 『オイディプス症候群』は、笠井潔さん作の本格推理小説で、矢吹駆連作の第5作め。
 このレヴューを書いてる時点では、書籍刊行されてる連作本編の最新作になってます。

 『哲学者の密室』で語られた“森屋敷の事件”が決着してから、4ヵ月ほど後。
 ナディア・モガールの古い友人、フランソワ・デュヴァルが勤めていたパストゥール研究所が放火された。そして、放火事件の容疑者は、過去に2度も矢吹駆を狙撃した国際テロリスト<悪霊ニコライ>らしい。悪霊の暗躍から駆を遠ざけようと、ナディアは、たまたまフランソワに依頼されたギリシャ旅行に、護衛役と称して駆を連れ出すが……。

 このレヴュー記事は、『オイディプス症候群』未読の人を想定した紹介文です。
 作品について、不必要なネタバレは極力避けます。

Cover image
(『オイディプス症候群』上、光文社文庫版書影)

Cover image
(『オイディプス症候群』下、光文社文庫版書影)

----
 この記事を書いてる時点では、『オイディプス症候群』は、2008年に刊行された光文社文庫版、上下2分冊が入手し易いはずです。
 上巻は、本文491頁ほど、下巻は本文534頁ほど。
 都合、1025頁ほどの全編は、10章+序章+終章、都合12のパートに構成されてます。

 序章「死の災厄」は、25頁ほど。そう長くもないけど。
 実は、ナディア・モガールの古い友人フランソワ・デュヴァルの物語で。今のコンゴ民主共和国が、まだザイール共和国と呼ばれてた頃。フランソワが専門のウィルス研究のため、ザイールに渡ってた間のエピソード。
 で、第1章「テセウスの背信」は、序章の物語から半年以上過ぎた頃のパリ。ナディアも矢吹駆もここから登場します。

 ナディアと駆は、ある日の茶飲み話で、パリ警視庁の事件捜査に横槍を入れてきた国土保安局(DST)を罵るバルベス警部の愚痴を聞かされ。パストゥール研究所放火事件の容疑者、モルチャノフの名も聞いてしまう
 DSTの横槍も、過去に2度、駆を狙撃した国際テロリスト<悪霊ニコライ>こと、イリヤ・モルチャノフが放火に関わっているためと思えば腑に落ちる。

 フランソワがザイールからパリに戻っていたこと、今は入院中であることを知ったナディアは、翌日、見舞いに出かけます。未知のウィルス病に感染し、無残にやつれたフランソワと対面するナディア。
 フランソワは、彼が「アブバジ病」と呼ぶ「未知のウィルス病」についての研究ファイルを、同僚研究者のマドック博士の手に直接手渡しするためギリシャに渡ってくれ、とナディアに依頼します。
 「もともとは僕が持参する予定だった。少し無理さえすれば、まだ短期の旅行は可能だろうと自己診断していたんだ。ところが予想した以上の早さで病状が悪化してね、とても飛行機になんか乗れそうにない」

「封筒はマドック博士に渡すのね。でも、どうして郵送しないの」わたしは当然の疑問を口にした。大判封筒に現金や有価証券の束が入っているとは思われない。わざわざ人間の手で運ぶまでもない、航空郵便で充分だろうに。
「途中で紛失したら困るんだ。ギリシャの郵便事情のことを僕はよく知らない。郵便物がなくなるなんて、千か万にひとつの可能性だろうけれど無視できないんだ」
「そんなに大切な品なの」
「僕とマドック博士には。無関係な人間には紙屑も同然だろうが。いや、そうでもないかな。封筒の中身はきわめて重要な書類だ。何万人もの人命を左右するかもしれない医療計画の、重要な一部なんだから」
「何万人ですって」フランソワの芝居じみて大袈裟な言葉に、わたしは驚いて反問した。
「何十万人かもしれない。あるいは何百万人かも……」

 物語の序盤、序章~第3章あたりにかけては、古風なエスピオナージュ・サスペンスを、1970年代風にアレンジしたフレーバー。
 ここで、仮に“エスピオナージュもの”と呼んでみてるのは、グレアム・グリーン脚本の映画『第三の男』(映画の後にグリーン自身が小説化もしてる)や、エリック・アンブラーの『ディミトリオスの棺』のように、偶然と必然が半ばして、国際的な陰謀や国際諜報戦に関わってしまう一般人の冒険譚。
 「007」のシリーズや、「ミッション・インポッシブル」みたいな「スパイもの」とはちょっと違ったタイプの物語のことです。

 序章と1章を読んだ人は、フランソワが感染した「未知のウィルス病」が、AIDS(後天性免疫不全症候群)のことと察せられるはずです。
 『オイディプス症候群』は、まだAIDSがどの国の社会でも認知されていない時期の物語。
 序章は、エボラ熱の封じ込めがなんとか一段落した頃のザイールで、新たな「未知のウィルス病」に危機感を募らせる一部研究者のエピソード。
 本編も、まだ、アメリカで「ゲイ癌」などと呼ばれてた奇病について、社会が危機感を持つようになる少し前の時期。

 この作品での「未知のウィルス病」描写は、物語のサスペンス感を膨らませる酵母のように使われています。病院でのフランソワのセリフを“芝居じみて大袈裟な言葉”と、驚くナディアとかも無理の無い描写。
 同時に、「隠喩としての病(病に社会的に重ねらる偏見やロマン化など)」自体の描写、もっと言えば「隠喩としての病」を解体、解剖していく描写の入り口として、積極的に活用されてると思えます。

----
 アテネの空港でマドック博士に会い、書類を渡したら、その後、オフ・シーズンのギリシャにカケルを1週間ほど引き止めて……。そうすれば、<悪霊ニコライ>もパリを去ってるわよね、みたいに考えてたナディアですが。
 空港でマドック博士と会えず、代理人から、クレタ島に渡るよう要請されてしまう。病床のフランソワから、書類を、くれぐれも直接手渡しするよう頼まれてるナディアは、離陸間際の国内便に飛び乗ることに。パリに国際電話をかけに離れたカケルには、後からクレタ島に向かうよう伝える、との代理人の言葉を信じて。

 しかし、ナディアはクレタ島のひなびた漁村でも、マドック博士に行き違い、漁村の沖合いに浮かぶ牛首島(タウロクラニア)まで渡らなければならなくなる。「タウロクラニア(牛首島)」はギリシャ名で、かつてイギリス人の考古学者が調査したことから「ミノタウロス島」の英語名でも呼ばれていた。
 牛首島は、今ではアメリカの大手製薬メーカー、バイオクロス社社長の所有になっている。

 途方にくれるナディアが、やっと電話で駆と連絡をとると、まだアテネにいると言う。しかも、「一人で明日のパリ便に乗ろう」とか言い出す駆。
 焦るナディアが、漁村まで「来てくれたら、どんな約束でもする」と言うと、駆は、他人の視線があるところでは見知らぬ同士のふりをすること、と奇妙な条件を示す。駆の奇行には慣れてるナディア(笑)も、さすがにいぶかしむけど、ニコライ・イリイチの陰から引き離したい一心で、妙な条件に同意します。

 翌日、駆は、何故か、同性愛者として知られる哲学者ミッシェル・ダジールの同伴者として現れる。ダジールの秘書と称すと、ヴェトナム人トラン・バン・ドンと名乗って。
 こうして、見知らぬ他人のふりをしながら、ナディアと駆は牛首島に渡るが。秋口の悪天候に孤立する島で、殺人事件が起きる……。

----
 とゆーわけで、「古風なエスピオナージュもの」フレーバーではじまって「孤島連続殺人もの」に移行してく『オイディプス症候群』は、「ナディア・モガールのサスペンスフル・アドヴェンチャー」。
 思索する名探偵、事件の解決ではなく、固有の生成を観察する矢吹駆の言動は、いつもより、さらに謎めいてます。

 1度口にした約束は、とことん守ろうとする駆なので、ナディアに質問受けたら「具体的なこと以外」は応える。つまり、哲学的な本質考察については語るのですが。今回は「他人の視線があるところでは見知らぬ同士のふりをする」約束が、ナディアの言動を縛ります。
 これは、さすがのナディアも心細いっ。同情しちゃうな(笑)。

 物語には、さらに、過去の考古学発掘を巡る古代史ミステリー、牛首島を巡る2次大戦中に遡る伝奇推理風因縁話、年長の哲学者ダジールを挟んだ、気鋭の新哲学派論客と駆との思想暗闘、ナディアが駆に寄せる思い、と、盛りだくさんな材料が。文庫版で1千頁ちょいに大盛りで盛り込まれます。
 読み応えたっぷり☆
 終盤に、諸々の要素がギューっと収斂してく感じが快感です。

----
 後、『オイディプス症候群』では、矢吹駆が、恋愛と倫理の基盤について、自分の思想を語ります。これは、連作を通じても事件ですけど。
 物語序盤では、ナディアの質問の仕方が悪くて、駆の倫理思想、中途半端にしか語られません。
 何しろ、矢吹駆ですから(笑)。聞かれたことには正確に応えようとするけど、聞かれて無いことには応えない。

「〔前略〕いいかい、ナディア。不注意だったきみが() なのではない。責任を負えないことにまで責任を感じてしまうこと、いつも正義の側に身を置いていたいと自堕落に願ってしまう精神的な弱さこそが() なんだ。どんなに苦しく感じようとも、この真実をきみは飲み下さなければならない。〔中略〕」
「倫理は、『殺してはならない』というところになんかない。たんに殺さない、たんに殺せないという事実が、倫理的なるものの根底にはある。『してはならない』という当為から出発する倫理は、イリイチのような存在につけ込まれ、最終的にはグロテスクな倒錯に行き着いてしまう。〔後略〕」

 物語の終章で補完して語られる駆の倫理思想は、考え方は回りくどいけど、そんなに突飛なものでもない。
 例えば、親鸞悪人正機の説に少し似てるとこもある、とアタシ(紹介者)は思う。
 「悪人正機説に似てる」って思うのは、アタシの勘違いかもしれないけど。それにしても、駆がナディアに、励まし諭すように囁きかけるヵ所は感動的☆

 ナディア、幸せじゃーん♪

----
 連作本編の前作(第4作)『哲学者の密室』が、あまりに完成度の高い作品であるためか。『オイディプス症候群』の評価は、今でも人によってマチマチであるような気配。
 アタシとしては、本作も力作だと思います。
 連作を通じての話題になりますが、例えば、第1作(『バイバイ、エンジェル』)で「自殺と殺人の是非」が、考えるべき最も重要な話題だ、とナディアに語っていた矢吹駆が、自分なりの思想の新たなステージを語りだしているのです。
 ナディアはナディアで、『バイバイ、エンジェル』のテクストを書きはじめたことが、作中で証言されています。

 森屋敷の事件が、長いこと胸につかえていた〔中略〕記憶をなんとか整理できそうな気持ちにさせた。パパやジャンポールと一緒に、夏の休暇を過ごしたノルマンディの田舎町で、わたしはラルース家事件の回想記のような文章を書き始めていた。

 フランソワとの共通の友人の死と、その理由を伝えなければならない、と考えていたナディアは、フランソワがまだザイールにいると思ってた時期から、『バイバイ、エンジェル』のテクストを書きはじめてたわけです。
 あまりに重く、複雑に錯綜した出来事を伝えるには、手紙の形式では書くことができず、回想記のような小説のような形式なった。この経緯は説得的。

 その分、連作の過去の作品の内容について、謎解き自体ではないけど、かなり謎解きの中核に関わる記述も『オイディプス症候群』には含まれています。
 含まれざるを得なかった、とアタシには思えます。

====
書誌情報:
笠井 潔,『オイディプス症候群』上(光文社文庫),光文社,Tokyo,2008.
978-4-334-74508-0

笠井 潔,『オイディプス症候群』下(光文社文庫),光文社,Tokyo,2008.
978-4-334-74509-7

笠井 潔,『オイディプス症候群』,光文社,Tokyo,2002.
4-334-92357-7

笠井 潔,『オイディプス症候群』(カッパ・ノベルス),光文社,Tokyo,2006.
4-334-07641-6

この記事へのトラックバックURL:

http://drupal.cre.jp/trackback/2430


この記事をブックマーク

人気コンテンツ