仮題アン・バランス ラストシーン試作
このブログは、以下のプロットを、試験的に本文に起こしてみたものです。
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麻希の今の目標は、来年夏のインタハイで優勝すること。
誠の目標は、閉所恐怖症を克服すること。
退院した麻希は、さっそく誠をトイレの中に閉じこめて、滞留時間を更新すべく、ストップウォッチ片手にメガホンで誠を叱咤激励する。
「新記録まであと五秒!」
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原稿用紙14枚
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タクシーから降りようとしたら、さきに出ていった誠が──。
ドアのところで、背中を見せてしゃがみこんだ。
「はい、麻希」
はい、麻希って……。
「おんぶ」
「おんぶ?」
「うん、早く」
麻希の目に見えるのは、意外に大きな誠の背中。病みあがりの麻希にとっては、まぶしすぎる、シャツの白さだ。
小さいころは、誠をおんぶしてあげるのは、あたしの役目だったのに。
「いいよ、重病人じゃあるまいし、自分一人で歩けるから」
いままでの麻希だったら、きっと、そう言っただろう。
だけど、いまからは。
「……ありがと」
「立つよ。しっかりと、つかまってな」
「うん」
ふわっと体が浮きあがった。
高い。
誠って、こんなに背が高かったのか。
いま、この高さから見える、庭の景色。麻希が生まれたときに父親が植えてくれたという桐の木、その葉っぱ。母親が、毎朝欠かさずじょうろで水をやっている鉢植えの赤い花、麻希が小さいとき元気いっぱいこの庭を走りまわっていたポチの小屋。
毎日見ていたはずのものなのに、誠と同じ高さで見ると、こんなに違って見えるんだ……。
庭では蝉の大合唱。
夏の終わりをにおわせる、やわらかな南風が吹き抜けていく。
そんな中、誠は一歩、また一歩。玄関までの、二十メートルほどの距離を、ゆっくりゆっくり、歩いていく。
麻希は、心地よい揺れに身をまかせた。
誠の耳が、すぐそばにある。
息がかかりそうなくらい、近い。
「誠……」
「どうした、具合が悪くなった?」
「あたし──」
とくに言いたいことがあったわけじゃない。誠の耳がかわいいから、なにかをささやいてみたかっただけ、だったのに。
困った麻希は、ちょっとだけ考えた。
「あたし、今度の夏は、地方予選に勝ち抜いて、絶対インタハイに出場する」
「ああ。応援するよ、がんばんなよ」
「誠は?」
「え?」
「誠の目標は?」
「目標ねえ、そうだなあ……」
今度は誠が困りだした。
また、ちょっとだけ考えた麻希は、かなり、いいことを思いついた。
「閉所恐怖症を克服する、ってのは、どうだ?」
「そ、それは」
背中にいるとよくわかる。誠の体は一気にカチコチにこわばった。
「やる? やらない?」
「あ、う、いや、その」
「どっち」
「そ、そうだな、ちょっとだけ、挑戦してみてもいいかもな……」
この一言が、病みあがりの麻希をどんなに元気にしたことか。
「応援する。がんばりな!」
誠の首にまわした腕に、ぎゅっと力を──入れすぎたらしい。
「ぐえ」
カエルのような、悲鳴が聞こえた。
誠がトイレに入るやいなや、麻希はすばやくドアを閉める。
バタン!
閉所恐怖症克服大作戦は、いつも麻希の、不意打ちによって幕が切られた。
「うわ、麻希、麻希ちゃんっ!?」
誠の叫びを背後に聞きつつ、ストップウォッチのボタンを押す。
せわしなく動く数字が、無情なるときを刻みはじめた。
「やめようよ、なにもトイレで訓練しなくてもって、昨夜話しあったばかりじゃないか!」
……そういうことも、あったかもしれない。
「ねえってば麻希、聞いてるの?」
「気がかわった」
「そんな!」
「いま、二十秒」
「ひどいよ麻希! とにかくあけて。もう一度、二人で冷静に話しあおう」
「いま三十秒!」
「……」
「三十五秒!」
「ひ、卑怯だぞ、あけろ、麻希」
ドアを激しく叩いてくる。いつもと同じパターンだ。
「五十秒経過!」
「いいから、タイムなんて計らなくていいから」
ドンドンドン! ドンドンドン!
「あけろ、あけるんだったら麻希……うっ」
発作がはじまった。だいたいいつも、六十秒経ったあたりで誠は異変をきたしはじめる。初日はここで心が折れ、ついドアをあけてしまった。
「第一段階だ。乗り越えろ、誠」
「ううう、おえっ」
「そうだ、気晴らしに、しりとりでもやるか。いくぞ。しりとりの、り!」
「う……り、りんご……」
「ごりら!」
「ら……」
「大丈夫か、誠」
「ら、ら、らんどせる」
「る? る、る、る……」
麻希が本気で詰まっていると、
「……累積赤字っ」
誠が助け船を出してきた。
人のぶんまで答えるなんて、ずいぶん余裕があるじゃないか。だけど累積赤字って、それは果たして、しりとりとしてセーフなのか?
「お、おええええーっ」
ついに、はじまった……こういうとき、トイレは便利だと麻希は思う。
誠があらいざらい吐いてしまうまで、黙って耐える。
ここからが、本当の勝負なのだ。
「がんばれ誠、もう四分をクリアした。あと二分ちょっとで昨日のタイムが更新できる」
「い、いやだ。もう、いやだ」
ドアの向こうで、誠はゼーハーと息が荒い。
「がんばるって、誓ったじゃないか!」
「誓ってない。神に誓って、誓ってない。こんな苦行に価値があるとも思えない。頼むよ麻希、今日はいつもより体調が悪い。とてもあと三分も耐えられそうにない!」
「ダメだ! あと二分ったら、あと二分!」
「鬼!」
「そう呼びたくば呼べばいい。あたしは誠を男にするためだったら鬼にでもなる。桃子にそう誓ったのだ」
「なんで、そこで、桃子ちゃん……」
「鬼になれ麻希っぺと、そのあと桃子は勇気をくれた」
「ちきしょう! そんなことは、どうでもいい! とにかくあけろ! あけないと、二度とニラレバ作ってやらない!」
ぴくり。
それはちょっと、いや、かなり激しく困ってしまう。
貧血気味の麻希にとって、ニラレバは、貴重な鉄分補給食だ。
「聞いてるのか、麻希」
「う……うるさいうるさい、うるさいーっ! いま、五分二十秒!」
「くそーっ、ほんとに死ぬー。あけろったら、あけろぉぉぉーっ!」
誠の言葉が荒れてきた。ピークが近い。
吐き気のあとにやってくるのが第二段階、呼吸困難による全身の痺れだ。これがはじまったら、すぐにドアをあけてやらないと本気でやばい。三日目のとき、それで誠が気絶して、近所中が大騒ぎになったのだ。
やがてドアを叩く音も、誠の悲鳴も聞こえなくなる。
……頑張れ、誠。
目を閉じ、ストップウォッチを強く握る。デジタル表示の文字盤は、どんなときでも同じ速さで、ときを精確に刻み続ける。
見ると、八分を経過していた。
おかしい。
昨日までの記録は六分三秒。
それを軽く、二分以上も上回っている。
それにこの、異常なまでの静けさは。いや、それどころか、人の気配すら感じられない。
まさか。
また、しくじったのか。
「誠!」
ストップウォッチを投げ捨てて、振り返りざまにドアをあけた麻希の目に。
映ったのは──。
ポカンとした顔で、普通に立っている、誠。
「誠?」
「あ……麻希」
うつろな目を、誠はゆっくりあげてきた。
「僕は、どうやら、平気みたい」
「どうも、ないのか?」
「うん。僕はきっと、治ったんだ」
「ほんとか誠、ほんとに、どうもないんだな!」
「ほんとだよ、ほら、どこも痛くもかゆくもない。ついにやった。僕は閉所恐怖症を克服したんだ」
興奮気味に、誠が頬を紅潮させる。なにかをやりとげたときに見せる、充実した表情で、透きとおった瞳を麻希にまっすぐ向けてくる。
ふと麻希の脳裏に、あの日の記憶が戻ってきた。
節分の夜、頭に白い雪をのっけて、はにかんだように笑った誠。
ああ、そうだ、おんなじだ。はじめて会ったときと同じ。
あのときも、誠の頬は、赤かった。
自己紹介しなさいと父に言われ、思わず口にした自分の名前。そしてハッとうつむいて、新しい名前を言い直した。
照れくさそうな仕草の裏に、どこか寂しそうな影があって、頼りなくて、放っておけない感じがした。
あのときの、誠のまんま。
「よかったね、誠……」
ぽろり。
麻希の目から、しずくが一粒。
ずっと忘れていたことだった。
二人はあのときと、なんにも変わってないはずなのに、いつのまにか、嘘をついたり隠しごとをしたりするようになった。喧嘩したりけなしあったり、でもときどきは、寂しいときとうれしいとき、二人でそれを半分こして、それが当たり前だと思っていて、当たり前ではないと気づいて、そして。
いま、こうしてここにいる。
ぐるっと一周してきたのだろう。
あたしたちは、あの日に出会い、そしてやっと、今日という日に辿りついた。
立って誠を見つめたまま、ぼろぼろ涙を落とす麻希を、心配そうに誠は見ている。
「どうしたのさ、麻希」
「ひえぇぇぇん」
うつむいて、顔を両手でおおって泣いた。
どれくらい、一人で泣いていただろう。
「ありがとう、麻希」
ぎゅっ、と。
誠に、肩をつかまれた。
ありがとう?
思わず麻希は、涙まみれの顔をあげた。
「麻希のおかげだ。いままでのことは、全部」
「……」
「ほんとに感謝してるんだ」
爽やかな笑顔で言ったけど、たぶん誠は誤解している。
なぜ、麻希が泣いているのか。
なにを思って泣いたのか。
それがわかる誠なら、ここまで苦労せずにすんだ。どんくささも変わってないから、きっと誠は、一生そんなことには気づかないに決まっている。
でも、それでいい。それが、誠なんだから。
麻希の気がかりは、ただ一つ。
「誠」
「なあに」
「あのな、お願いがあるんだ、聞いてくれるか」
「なんでも」
「あのな、ニラレバ……」
「は?」
「これからも、あたしにニラレバ、作ってくれるな?」
アンバランスな二人の恋は、いま、スタートラインに立ったばかり。
*** おわり ***
※誠におんぶされたあたりで、麻希のドキドキの恋心を感じて欲しい
※閉所恐怖症を克服できたときの誠の表情が、幼い日、はじめて麻希が会ったときの誠の顔と同じだったというあたりで、ちょっとジーンとして欲しい
以上を考えながら描きました。
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いきなりラストシーンを描いてみるという方法は、「#もの書き」でいただいたアドバイスを実践してみたものですが、これはかなり難しかったです。
十時間くらいかかっただろうか。
書いちゃ消し書いちゃ消ししているうちに、
「だいたいラストシーンなんてものは、それまで書いてきたことの集大成みたいなものなんだから、積みあげてきたディティールが皆無な状態で、いったいなにが書けるというのだ」
みたいな泣きごとを言ったりしはじめたり。
だけど実際に書いてみたら、この話で描きたかったはずのもの、そしてこれから描くべきことなどが、すこーしだけ、わかってきたような気も。
あとは、これを読んだ人に、なにが伝わるのだろうか、と、いうことだなぁ。
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