石田衣良、作、『反自殺クラブ』(『反自殺クラブ』池袋ウエストゲートパークV所収)

 『反自殺クラブ』は、石田衣良さんによる「池袋ウエストゲートパーク」(I.W.G.P.)シリーズ、本編の1作。本編5冊目の作品集『反自殺クラブ』の表題作で、採録4作の最後に収められてる。

 語り手で主人公格のマコト(真島誠)は、池袋のストリートで、トラブル・シューターとして知られてるキャラ。
 “梅雨が終わる前から気温が三十五度なんて、東京の夏はいよいよ壊れていくよう”なある日。実家の果物屋で、店番をしてたマコトを訪ねてくる3人の若者。「反自殺クラブ」を称す彼らの依頼に応じ、マコトは、ネットの自殺サイトで集団自殺のプロデュースをしているという、謎の人物を追うことになる。
 I.W.G.P.本編連作の内では異色の作品。意欲作でもあって、読み応えがある。

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 『反自殺クラブ』は、ある年の“からからに乾いた梅雨からでたらめな猛暑の夏にかけて”、マコトがかかわった一連のできごとの物語。
 “今回の依頼者は、困ったときに泣きついてくる素人ではなかった。自分たちがなにをやりたいか、そのための方法はなにか、おれよりよく知ってるチームなのだ。”
 小柄ながら完璧なグラマーのミズカ(西川瑞佳)、大男で筋トレのマニア、ヒデ(原田英比古)、すねた子供のような印象の小柄なコーサク(島岡孝作)。親に自殺された3人は、育英会の会場で出あった。

「〔前略〕そこには交通事故や自然災害や病気なんかで親をなくした子がたくさんいた。でも広い会場のなかでヒデとコーサクをみつけたとき、すぐにわたしにはわかった」
 ミズカは初めてやわらかに微笑んでみせた。残念ながらそれはおれにではなく、おれの両脇のふたりにむけられたものだったけれど。
「ああ、この人たちは、わたしと同じだ。親が自殺して遺された子どもだって」

 3人の「反自殺クラブ」は、悪質な自殺サイトを監視し、集団自殺のプランが動くと察すと、潜入や暴力行使もいとわず、妨害を繰り返していた。

 メンバーとの最初の打ち合わせで、マコトは、“スイ、スイ、スイサイド!”と題した、自殺サイトのトップページをプリントアウトしたものを見せられる。

〔前略〕白く輝く地紋には、空から降る花びらが透けている。淡いピンクのハスの花だ。明るくて軽やかな印象。
「どう思う、マコトさん」
「おふざけじゃなければ、逆に薄気味悪いな」
 ミズカはとがったあごでうなずいた。
「そう。そのスイ、スイ、スイサイド! が一番凶悪な自殺系サイトなんだ。集まるのはすべての悩みを吹っ切って、自殺に明るい興味をもってる人ばかり。最後の脱出口なんだって」
〔中略〕
「そう。このひと月半くらいのあいだに東京近郊で起きた六件の集団自殺事件のうち、四件はスイ、スイ、スイサイド! 発なんだ。わたしたちが何をしたいのか、マコトさんにもわかるよね」
「その自殺サイトをぶっ潰す」
 でかい方のヒデが肩をすくめた。
「サイトを潰しても同じだ。自殺系サイトなんて、何百もある。すぐにつぎのがくるさ。もうそこをまねたライト系の自殺サイトがいくつかできてるからな」
 さすがのおれもわけがわからない。
「じゃあ、なにをやるんだよ」
 ミズカはおれの顔をまっすぐに見つめてきた。ヒデとコーサクも同じだ。異常に真剣な顔つき。
「その話をききたいなら、なにがあってもこの依頼を受けてもらわなきゃならないの。先に返事をちょうだい」

 マコトは、反自殺クラブから、素性も性別も不明の人物が、“スイ、スイ、スイサイド!”の掲示板で、ここひと月ほど、いくつかのハンドル・ネームを使い分け、数回、集団自殺のセッティングをしているはず、と聞かされる。
 彼らが“スパイダー”と呼ぶ人物が実在すると、なぜわかるのか? 尋ねるマコトに、クラブのメンバーは、異なるハンドル・ネームの書き込みに共通する言葉遣いや、実行された集団自殺で使われた薬物など、手口の共通性を指摘。
 正確には、反自殺クラブが“スパイダー”に気づいたのが、ひと月ほど前のことで、実際は、“スパイダー”は、もっと前から活動していたのかもしれない。

〔前略〕ミズカはおれの目をまっすぐに見ていった。
「お願い。うちのクラブに力を貸して。わたしたちの目的は簡単。あの日こうすればよかったって、ひと晩中悩むような子どもをひとりでも減らすことなの。ギャラはあんまりあげられないけど」
 三人を順番に見て、しっかりとうなづいた。おれは甘くて間抜けな人間だが、それでもすこしはできることがある。三人組の異常なまじめさも気にいっていた。この夏の焼けつくような退屈を吹き飛ばすにも、スパイダー探しはうってつけだろう。
「わかった。おれはいつも金もらってないから」

 マコトは、集団自殺のプロデューサー探しだけでなく、“特別メンバー”としてクラブに関ることになる。

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 『反自殺クラブ』は、マコトの語りで語られる1人称形式の小説。これは、連作本編の他の作品と同じ。長短さまざまな断章を断続させるスタイルも、本編の他の作品と同じ。
 物語のメイン・ボディで語られる出来事が、全部終わった時点から、回想される形式で書かれてるのも、他作品と同じだ。

 冒頭の断章で、マコトは、自殺についてこんなふうに語ってる。

〔前略〕おれは日本中の父親にいっておきたい。あんたの子どもが十六歳以下だとすると、父親が自殺した場合、通常の何百倍もあんたの子どもの自殺性向は高まる。こいつは単なる統計的事実。あんたは、あんたの子どもまで自分と同じようになっても平気なのか。
 いっておくが、おれは別に立派な人間なんかじゃない。説教するつもりはないし、自殺がいいことか悪いことかといわれても、ほんとうはよくわからないところがあるんだ。ただおれの親しい誰かがそんなことをしたら、ひどく悲しくなるだろうと思うだけ。そりゃあ、きつかったのはわかるさ。おれたちはこのくだらない世界に生まれ、誰ひとり楽な人生を送るようには設計されていない。あんただって、すごくがんばったもんな。でも、まわりのみんなに、こんなおみやげをおいていかなくたっていいじゃないか。

 主人公格で語り手キャラのマコトは、『反自殺クラブ』で悪質な自殺サイトの話を聞くと、はじめ「その自殺サイトをぶっ潰す」って、ロマンチックな正義感で反応し、メンバーへの好奇心もあって、クラブの協力者になる。
 けれど、一連の出来事に関った後、辛うじて「自殺がいいことか悪いことかといわれても、ほんとうはよくわからないところがある」「でも、まわりのみんなに、こんなおみやげをおいていかなくたっていいじゃないか」とだけ、言えるようになる。
 そうしたマコトの体験の物語で、読み応えがある。

 反自殺クラブのメンバー、3人のキャラクター描写もいい。
 小説家、石田衣良の、キャラ造形、キャラ描写の力を評価する意見は少なくない。
 逆に「マンガチックだ」的な言い方で、ネガティヴな評価する意見もある。
 『反自殺クラブ』では、3人のゲストキャラの、マンガチックなキャラ造形が、凄くうまくいってるし。描写もいい。
 小柄ながら完璧なグラマーのミズカは、手首に「ファンデーションじゃごまかせない」くらいに重なったリストカットの跡を遺してる。
 大男で筋トレのマニア、ヒデのことを、マコトは“全身の筋肉が鎧のようなものなのだろう。傷ついた心を守り、自殺未遂者をぶっ飛ばすための”と考える。
 すねた子供のような印象の小柄なコーサクは、印象に反して、1番ハードな潜入役を引き受けてる。
 反自殺クラブのメンバーは、それぞれ、親に自殺をされた経験を、心の内のブラック・ホールみたいな感じで抱えてるようなキャラたちだ。
 “心の内のブラック・ホール”って言うのは、作中には見当たらない表現で、紹介者のアタシが抱いたイメージだけど。たんじゅんな正義感が動機ではない、反自殺クラブの3人の描写は、読み応えがある。

「交通事故や地震では、どれほど親の死を悲しんでも、自分を責めることはないよね。うちのとうさんが死んだ前日のことを、わたしは何千回も思い出して自分を責めたよ。〔後略〕」

 彼らは、止むに止まれぬような感じで、非合法にも踏み出す集団自殺潰しに取り組み、それぞれが抱え込んでるアンバランスさを、3人で補い合うように、支えあうようにしてる。

 ストリート雑誌のコラム・ライターで、ボランティアのトラブル・シューターでもあるマコトは、時としてVigiante的に--つまり、ワンマン自警団的に振舞うけど。従来の連作では、できる限り、恣意的な暴力の行使は避けるよう、抑制しながら行動してきてるように思える(例外的なエピソードもあるけど)。
 反自殺クラブのキャラたちも、自分たちの行動にはかなり自己抑制を加えてるけど。それでも、確信犯としてVigiante的に振舞ってて、集団自殺阻止のためには暴力の行使も辞さない。

 例えば、マコトが反自殺クラブに加わることにする直前、“スパイダー”の話を聞いた直後には次のようなやりとりがある。

「〔前略〕素直に知っていることをすべて警察に流せよ。これだけ事件が続いているんだ、やつらだって必死で動くさ」
 コーサクがしたをむいていった。
「無理だよ。ぼくたちもあれこれやってるから、警察には追われてるんだ。とくにヒデがときどきやりすぎちゃうことがあって」
 筋肉男は涼しい顔をしている。コーサクは困った顔をした。
「どうも自殺の現場にいくと冷静じゃいられなくなるみたいなんだ。自殺をとめるだけじゃなく、相手にケガをさせたりさ」

 こんな反自殺クラブと行動を共にするマコトの物語は、シリーズの内でも異色作になってる。

 後、“スパイダー”のキャラ描写も、読み応えがある。
 “スパイダー”は、心のほとんど全部が“ブラック・ホール”に侵食されて、それでも辛うじて現世と関ってるような印象で。そんな際どい存在感が、かなり描写されてる。
(アタシの本音を言えば、もう少し長く、詳しく読みたかったけど)

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 この作品は、文庫版で104頁ほど。雑誌「オール讀物」の2004年8月号に掲載された。

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書誌情報:
石田 衣良,『反自殺クラブ』(池袋ウエストゲートパーク5),文芸春秋,Tokyo,2005.
ISBN 4-16-323770-4

石田 衣良,『反自殺クラブ 池袋ウエストゲートパークV』(文春文庫),文芸春秋,Tokyo,2007.
ISBN 978-4-16-717412-5

備考:
物語内の今=物語で語られる主要な出来事は、ある年の梅雨時から夏にかけて起きる。
連作間の前後関係を、直接特定する手がかりは作中には見当たらない。短篇『死に至る玩具』で語られた出来事が起きた4月に続く梅雨時から夏にかけての出来事、と思っておくのが素直な読み方だろう。
語り手の今=語り手の今は、定かではない。ただ、同じ年の秋口以降だろうと思わせる描写がある。

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