仮題アン・バランス パイロット版(2)「出会い橋」

 仮題アン・バランス パイロット版(2)

シーンB「出会い橋」-------------------

 誠と別れ、麻希は一人、出会い橋のたもとに立った。
 真行寺との約束の時間まで、あと十五分。
 歩行者専用のこの橋は、今日も通行人で賑わっている。
 千富町と堂の元町、二つの町を、じかに繋ぐこの橋は、不審者や暴漢の侵入を防ぐために、昔はそれぞれの岸に見張りを立てていたという。
 そんな物騒な逸話の残るこの橋も、出会い橋という、なにやらロマンチックな呼称から、いつのまにか恋人たちの待ち合わせ場所として有名になり、今ではすっかり市民の憩いの場として生まれ変わった。
 だけど今日、麻希がこの橋の中央で会うことになっているのは、敵方の大将だ。もしかしたら結婚することになるかもしれない相手とはいえ、あくまでも、敵。
 恋人たちの逢瀬とは、あまりにもかけ離れている。
 しかも麻希のしようとしていることは、はじめて会うに等しい男を説き伏せて、どうにかして結婚の話をなかったことにしようという、あまりにも無謀な交渉だ。相手にとってのメリットなど、なに一つ、ありはしない。
 誠はその点を心配していたが、とにかく麻希は、真行寺の人となりを、一日も早くたしかめておきたかった。
 やつのことは積極的に避けてきたから、遠くから見たことがあるくらいで、どんな男なのか、まるで知らない。いろんな噂は、いやでも耳に入ってくるが、それらが二重三重に改竄された情報であることくらい、麻希にだって、わかっている。
 だから、会おうと思ったのだ。
 会って、どんな男であるのかを、この目でしっかり見たかった。
『そうでなくっちゃ、作戦の立てようもないだろう? 敵を倒すには、まず敵を知ることからはじめるんだ』
 いばって誠に言ったときは、自分でもほれぼれとするくらい、勇ましかったはずなのに。
 こうして橋のたもとに立てば、膝は震えて呼吸は乱れ、過酸化気味になった頭は、まともな思考ができなくなって、恐ろしさだけがさきに立つ。
 結婚しないなんて言ったら、殴られるかもしれないな。
 拉致られたら、どうしよう。
 まさか犯されたりはしないだろうけど、それすらも、保証はどこにもありはしない。
 真行寺と会って、いったいなにがどうなるのか、じつのところ、まったく見当などついていない。
 すべては相手がこの縁組みを、どう思っているかにかかっていた。
 だとしたら、事前にもっと、やれることはあったはずだ。
 なぜだろう。
 どうして一人で会おうなんて、無茶なことを考えたんだろう。
 いくら相手の要求だとはいえ、そんな理不尽な要求をのまなければならない理由は、麻希の側には、なかったはずだ。
 やっぱり、誠の言う通りだったのかもしれない。
 あたしはいつでも、はやまってしまう。
 でも、誠を巻きこみたくなかった。自分一人でなんとかなると、思いたかった。
 うつむいて、歯痒さを噛みしめる。
 バカかもな、あたし……。
 そう思ったとき、ふいに、

 ──出会い橋でめぐり逢えるは、親の仇か心中相手──

 こんな唄の一節が、麻希の耳もとに聞こえてきた。
 噛みしめた麻希の唇を押し開いて、その唄は、声となって流れ出てくる。
 この唄は、たしか──。
 事故で亡くなる一ヶ月ほど前のことだったろうか、父親が、麻希に歌い聞かせてくれた唄だ。その昔、町の芸者衆が、たわむれに口ずさんでいた唄だと、教わりもした。
 あのときは、唄の意味も、父親の言いたかったこともわからずに、父親の目が、とても寂しそうな色をしていることが、むやみやたらと悲しかった。
 そうじゃない。
 この唄が、哀しい唄だったのだ。
 親の仇か、心中相手。
 敵味方に引き裂かれた恋人たちは、そんな形でしか、愛しい相手と再会することができなかった。
 この出会い橋で。
 死を覚悟した二人だけが。
 でも、
 時代が、違う。
「……父さん」
 ごめん。
 やっぱりあたし、父さんの言いつけには、従えない。
 顔をあげ、今度はきゅっと唇を結んだ。
 さあ、そろそろ時間だと、目に力をこめて、橋の中央を睨み据える。
 立っていたのは、まわりの人間より頭一つぶん背の高い男。
 真行寺、直也。
 想像以上に、精悍な風貌だ。
 おまえのことは、なにもかも知っているんだといわんばかりの、ふてぶてしい面構えで、目も確実に、麻希に照準をあわせてくる。
 ブルッと麻希は震えたが。
 それはさっきの膝の震えとは、ちょっと違う。
 武者震い。
 短距離走の、スタートラインに立ったときの、あの内臓から汗がにじみ出るような緊張感にも似た──。
 橋の中央に向かって、麻希はまっすぐ歩きはじめた。

     *****

 麻希の葛藤と恐怖、そしてその後に獲得した、くそ度胸。
 そういうものが、このシーンで描きたいことでした。

この記事へのトラックバックURL:

http://drupal.cre.jp/trackback/2498

「出会い橋」またまたリライト 

●気になっていたモノローグ部分をザックリ削り、ちょっとスッキリ。

 真行寺との約束の時間まで、あと十五分。
 麻希は、出会い橋のたもとに立った。
 この橋は、千富町と堂の元町をじかに繋ぐ唯一の橋として、不審者や暴漢の侵入を防ぐために、昔はそれぞれの岸に見張りを立てていたという。
 そんな歴史の残る橋だが、出会い橋という、なにやらロマンチックな呼称から、いつのまにか恋人たちの待ち合わせ場所として有名になり、今ではすっかり市民の憩いの場として生まれ変わった。
 歩行者専用の橋の上にはベンチが並び、たくさんのカップルが、思い思いの格好で、午後のひとときを過ごしている。
 やわらかな日射しを浴びて微笑みあう大人もいれば、欄干にもたれかかり、肩を抱き合う男女もいる。ベンチに立てられたパラソルの下では、麻希と同年代のカップルが、ソフトクリームをかわりばんこに舐めあっている。
 いいなぁ、と麻希は思う。 
 楽しそうで、平和そうで。
 だけど、どこか、人ごとのようで。
 今日、麻希がこの橋の中央で会うことになっているのは、無理矢理結婚させられるかもしれない見知らぬ男、しかも敵。
 目に映る、しあわせそうな恋人たちの逢瀬とは、あまりにもかけ離れている。
 真行寺は、はたして一人でくるのだろうか。
 結婚しないなんて言ったら、殴られるかもしれないな。
 拉致られたら、どうしよう。
 まさか犯されたりはしないだろうけど。
 それすらも、保証はどこにもありはしない。
 勢い込んでここまできたはいいけれど、いざ、橋のたもとに立ってみれば、膝は震えるし呼吸は乱れ、まともな考えが浮かばなくて、恐ろしさばかりがさきに立つ。
 バカかもな、あたし。
 ここにきて、こんなふうに怖じ気づいてしまうなんて。
 一人で会うのは危険すぎると、あんなに誠に止められたのに。
 
 ──出会い橋でめぐり逢えるは、親の仇か心中相手──

 ふと、聞き覚えのある旋律が、風のように耳に流れた。
 誰? 
 それらしい人を探したけれど、人混みの中、もう唄は聞こえてこない。
 この唄は、たしか。
 事故で亡くなる一ヶ月ほど前のことだったろうか、父親が、麻希に歌い聞かせてくれた唄だ。その昔、町の芸者衆が、たわむれに口ずさんでいた唄だと教えられた。
 あのときは、なんのことかさっぱりわからず、ただ父親のあとをついて、一緒に歌っただけだったけど。
 出会い橋でめぐり逢えるは、親の仇か、心中相手。
 いま聞けば、なんだかとても哀しい唄だ。
 敵味方に引き裂かれた恋人たちは、そんな形でしか、愛しい相手と再会することができなかった。
 この橋で。
 死を覚悟した二人が……。
 ぞくっとした。
 いまはこんなに多くのカップルでにぎわっている橋だけど、同じような男と女が、昔はここで、命がけの出会いを果たした。
 父親は、なにも言わなかった。橋の歴史も唄の意味も。まだ小学生だった麻希には、父親の目が、とても寂しそうな色をしていることだけが、むやみやたらと悲しかった。
 もうすぐ死ぬと予感していた?
 その上で嫁にいけと、親の仇になるかもしれない男の家へと──。
「……やなこった」
 目に力をこめて、橋の中央を睨みつける。
 立っていたのは、まわりのどんな人間よりも、頭一つぶん背の高い男。
 真行寺、直也。
 想像以上に、精悍な風貌だ。
 おまえのことは、なにもかも知っているんだといわんばかりの、ふてぶてしい面構えで、目は確実に、麻希に照準をあわせてくる。
 ブルッと麻希は震えたが。
 それはさっきの膝の震えとは、ちょっと違う。
 武者震い。
 短距離走の、スタートラインに立ったときの、あの、内臓から汗がにじみ出てくるような緊張にも似た──。
 橋の中央に向かって、麻希はまっすぐ歩きはじめた。

     *****

「出会い橋」ちょっとリライト

●読み返したらモノローグだらけで読みにくかったので、ちょっとリライトかけました。

 誠と別れ、麻希は一人、出会い橋のたもとに立った。
 真行寺との約束の時間まで、あと十五分。
 歩行者専用のこの橋は、今日も通行人で賑わっている。
 千富町と堂の元町、二つの町を、じかに繋ぐこの橋は、不審者や暴漢の侵入を防ぐために、昔はそれぞれの岸に見張りを立てていたという。
 そんな物騒な逸話の残るこの橋も、出会い橋という、なにやらロマンチックな呼称から、いつのまにか恋人たちの待ち合わせ場所として有名になり、今ではすっかり市民の憩いの場として生まれ変わった。
 橋に置かれたベンチには、たくさんのカップルがたむろしていて、午後のひとときを思い思いに過ごしていた。
 やわらかい日射しを浴びて、顔を見あわせ微笑みあう大人もいれば、麻希と同年代くらいのカップルが、ソフトクリームをかわりばんこに舐めあう姿もある。
 いいなぁ、と麻希は思う。 
 楽しそうで、平和そうで。
 だけど、どこか人ごとのようだった。
 今日、麻希がこの橋の中央で会うことになっているのは、敵の大将。もしかしたら結婚することになるかもしれない相手とはいえ、あくまでも、敵。
 目に映る、しあわせそうな恋人たちの逢瀬とは、あまりにもかけ離れている。
 しかも麻希のしようとしていることは、はじめて会うに等しい男を説き伏せて、どうにかして結婚の話をなかったことにしようという、あまりにも無謀な交渉だ。相手にとってのメリットなど、なに一つ、ありはしない。
 誠はその点を心配していたけれど、とにかく麻希は、真行寺の人となりを、一日も早くたしかめておきたかった。
 やつのことは積極的に避けてきたから、遠くから見たことがあるくらいで、どんな男なのか、まるで知らない。いろんな噂は、いやでも耳に入ってくるが、それらが二重三重に改竄された情報であることくらい、麻希にだって、わかっている。
 だから、会おうと思ったのだ。
 会って、どんな男であるのかを、この目でしっかり見たかった。
『そうでなくっちゃ、作戦の立てようもないだろう? 敵を倒すには、まず敵を知ることからはじめるんだ』
 いばって誠に言ったときは、自分でもほれぼれとするくらい、勇ましかったはずなのに。
 いざ、橋のたもとに立ってみれば、膝は震えるし呼吸は乱れ、まともな考えが浮かばなくてて、恐ろしさばかりがさきに立つ。
 真行寺は一人でくるのだろうか。
 結婚しないなんて言ったら、殴られるかもしれないな。
 拉致られたら、どうしよう。
 まさか犯されたりはしないだろうけど、それすらも、保証はどこにもありはしない。
 バカかもな、あたし。
 ここにきて、まさか怖じ気づくなんて。
 一人で会うのは危険すぎると、あんなに誠に止められたのに。
 軽く、考えすぎていた……。
 うつむいて、歯痒さを噛みしめた。
 あきれたような顔をして、黙って帰っていった誠のうしろ姿が、思いだしたくなくても目の前に現れてくる。
 そんなとき、ふいに、

 ──出会い橋でめぐり逢えるは、親の仇か心中相手──

 こんな唄の一節が、風のように耳に流れた。
 聞き覚えのある唄だ。
 誰? 
 通りがかりの誰かが歌った?
 それらしい人を探したけれど、もう唄は、聞こえてこない。
 この旋律、たしか──。
 事故で亡くなる一ヶ月ほど前のことだったろうか、父親が、麻希に歌い聞かせてくれた唄だ。その昔、町の芸者衆が、たわむれに口ずさんでいた唄だと教えられた。
 あのときは、なんのことか、さっぱりわからないまま、父親と一緒に歌ったんだけど。
 出会い橋でめぐり逢えるは、親の仇か、心中相手。
 いま聞けば、なんだかとても哀しい唄だ。
 敵味方に引き裂かれた恋人たちは、そんな形でしか、愛しい相手と再会することができなかった。
 この出会い橋で。
 死を覚悟した二人だけが。
 ぞくっとした。
 いまはこんなに多くの人に愛されている橋だけど、同じ場所、同じ男女が、時代がちょっと違っただけで、信じられない悲劇を演じた。
 父親は、なにも言わなかった。唄の意味も、唄にこめた自分の思いも。
 まだ小学生だった麻希には、父親の目が、とても寂しそうな色をしていることだけが、むやみやたらと悲しかった。
 もうすぐ死ぬって、予感していたのだろうか。
 だから真行寺との縁談を、我慢しろと、あたしに言いたかったのだろうか。
「……父さん」
 ごめん。
 やっぱりあたし、父さんの言いつけには、従えない。
 自分の人生は自分で決めるって、もう決めてしまったんだもん。
 顔をあげ、今度はきゅっと唇を結んだ。
 もう時間だと、目に力をこめて、橋の中央を睨み据える。
 立っていたのは、まわりの人間より頭一つぶん背の高い男。
 真行寺、直也。
 想像以上に、精悍な風貌だ。
 おまえのことは、なにもかも知っているんだといわんばかりの、ふてぶてしい面構えで、目も確実に、麻希に照準をあわせてくる。
 ブルッと麻希は震えたが。
 それはさっきの膝の震えとは、ちょっと違う。
 武者震い。
 短距離走の、スタートラインに立ったときの、あの、内臓から汗がにじみ出てくるような緊張にも似た──。
 橋の中央に向かって、麻希はまっすぐ歩きはじめた。

     *****

 あいかわらずモノローグだらけだけど。


この記事をブックマーク

人気コンテンツ