石田衣良、作『空色の自転車』(『4TEEN』所収)

 『空色の自転車』は、小説家石田衣良さん著の、連作短編集『4TEEN』(フォーティーン)に収められた1篇。
 東京の月島界隈で暮らす、中学生男子4人組を描いた短編8作の内、7番めに収められている。

 『4TEEN』には、4人組が中学2年の1年間に、普通の暮らしの合間に経験する、ささやかな“冒険”の物語が編まれてるけれど。『空色の自転車』では、むしろ4人組の1人、ダイの身の上に起きる重大な事件と、その事件を巡って交差する友情の方が、内容の焦点になると思えます。

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 『空色の自転車』は、新潮文庫版で35頁ほど。
 身の上に重大な事件が起きたダイが背負う深刻な思いと、それぞれにダイを気遣う3人の思いとが交差する友情の物語。
 ストーリーには、少し強引なところもあるけど。情感豊かな語り口と描写で読ませる。
 作品集の構成上も、オーラスの『十五歳への旅』直前で、連作を通じた物語を引き締めてる。

 13の断章の断続で構成されてる作品の、書き出しはこうだ--
“あの朝はとても寒かった。東京ではめずらしいくらいの冷え込みで、マンションを出たとたんに凍った空気の壁に突っ込んだ気がした。”
 語り手のテツローは、“いつもより十五分早く家を出”て、普段は登校前に仲間と落ち合う待ち合わせ場所に急ぐ。

 朝日のあたる木のベンチに通学カバンをおいて、もうナオトとジュンは顔をそろえていた。あとひとり、太った顔の友達はそこにはいなかった。もしかすると二度と会えないのかもしれない。ダイは月島署のとりしらべ室のなかだ。ぼくは不安になり、最後の十メートルを小走りで縮めた。
「おはよう。誰かダイのこと、もっと詳しく知らないか」
 ナオトが白髪まじりの頭を心配そうにかきあげた。
「わからない。うちにも今朝、緊急連絡網がまわってきただけなんだ」
 自分のカバンをベンチに放り投げた。
「そっちはなんてきいている」
 ナオトは急に目を伏せた。いいにくそうに声を低くする。
「ダイの家で不幸があった。事故で急にお父さんが亡くなった。まだ事情はよくわからないけど、ダイと弟の良平くんが警察でとりしらべを受けている。もしかすると通学途中にマスコミから聞かれるかもしれないけど、きちんと挨拶だけしてあとは何もいってはいけない」

 ダイの家の前を通って登校することにする3人は、築半世紀くらいの木造の三軒長屋の前で、小さな空き地に設けられた水道の側に、白いチョークで縁取られた人型をみる。

〔前略〕湿って灰色になったコンクリートに描かれた白いチョークの人型。身体を丸めていたようで、ひどくちいさく丸かった。昨日の夜は氷点下まで気温はさがっている。ダイのおやじさんもきっと寒かったのだろう。ぼくたちが立ちどまっていると警官がいった。
「学校へいきなさい。ここはきみたちのくるところじゃない」

 2つの引用は、それぞれ、作品の最初の断章と、2番めの断章から。
 友の身の上に何が起きたかわからない3人の焦燥感、友を気遣う不安感に彩られた文章のテンポに、ぐいぐい引き込まれる。

 続く第3の断章では、登校途中でマスコミの取材にあった3人が、5人1チームらしい取材クルーに囲まれながら、インタヴューに応じる。

 ぼくたちは目を見あわせた。学校からは禁止されている。だけど、三人ともなにかダイのために役立つことをしたかったのだ。〔後略〕

 ダイの父親が、家庭内ではちょっとしたことでキレて暴力を振るっていたことは、連作の他の作品でも言及があった(『十四歳の情事』)。
 マスコミ取材に応じる3人は、「ダイは太っててでかかったけど、暴力をふるうようなやつじゃありませんでした。あのおやじさんにはいつもなぐられていたみたいだけど、誰か別の人間をなぐってうさばらしするようなやつじゃなかった。ダイがおやじさんを殺したなんて、嘘に決まっています」と語る。
 「ダイのうちはお母さんが働いて、おやじさんは働いたり働かなかったりでした。それで働いていてもいなくても、いつもお酒だけは飲んでいた」とも。
 4人組の内で、1番冷静で皮肉っぽいジュンは、マスコミ取材の前、3人が公園で落ち合った場面で、ダイの父親のことを「あんなやつ死んでも当然だった」とまで言っていた。

 3人は、マスコミ取材に応じながら、ダイの身の上に何が起きたかを聞き出しもする。

「昨日の真夜中、泥酔している小野浩太さんが、長男と次男によって家の中から引きずりだされ、そのまま放置されました。今朝早く家族に発見されたときには亡くなっていた。まだ正式な発表はないけれど、死因は凍死の線が有力なの」
「そうですか」
 声が沈んでしまう。ジュンが考え込むようにいった。
「それなら、事故でしょう。ダイだって殺そうと思って、外にだしたわけじゃない。酔いを覚まそうとしただけだ」
 レポーターはまたディレクターに視線だけで確認を求めた。うなずいてぼくたちにいう。
「それがね、そう簡単にすまないの。大輔くんは殺すつもりだったといっている。お父さんが死んでもいいからと外に放置して、最後にバケツの水をかけたんだって証言してるらしい」
 それからなにもいえなくなって、ぼくたち3人はその場を離れた。

 ダイの家に、実際は何が起きたのか、3人がダイ自身の口から聞くことになるのは、作品の先のパート、内容上の山場にあたる場面でのことになる。

 3人の焦燥感や、不安を覚えながら友人を気遣うそれぞれの気持ちの描写は、導入部以降、背景に退いたり強まったりしながらも、作品の基調音のようにしてラストまでずっと続く。

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 結局、ダイが警察でした証言は、“弟をかばおうとしたもの”も含めて、“事件による一時的な興奮下のもの”として重視されなかったようだ。兄弟は、不起訴処分になり、ダイも2週間後にクラスに戻ってくる。

 ダイが、友人3人を公園に呼び出したのは、父が死んだ日から1ヵ月ほどすぎる頃のこと。
 「おれは人殺しになっちゃったんだ」と語られるこの場面は、圧巻。内容の山場と思える。
 あの日の夜に何が起きたか、自分の言葉で友人たちに語った後、ダイは続ける。
 「朝になったらやつは死んでた。驚きはしたが、おれは泣かなかった。これでようやくあのおやじから自由になれる。たいへんなことだとは思ったけど、心のなかじゃほっとしたんだ」

「うちのおやじは最低だよ。死んじまったあとで、おれにこんなプレゼントをする。ずっと憎んでいたかったのに、簡単に憎ませてもくれない。この自転車を見て、あのおやじにも優しいところがあったんだって、おれは何度も思い出すだろう。よほど隅田川のなかにたたきこんでやろうかと思った。けれどできなかったんだ。〔後略〕」

 表題の「空色の自転車」は、ここでダイが言ってる自転車のことだ。
 突然引取りに来てほしいと連絡があった自転車で。自転車屋に行ってみれば、ダイの父親は、死ぬ日の前日に注文を出してた。息子を驚かせようと、黙っていたらしい。
 空色の自転車は、ダイにとって、父の形見になる。

「あのクソおやじにもほんとに優しいところがあったんだよ。おれはそのおやじを殺した。それでおやじがもし生きていたら、きっとまた同じことをやるだろうとわかってるんだ。おれは人殺しになっちゃったんだ。おれなんかといっしょにいると、みんなにもきっと悪いことが起きる。あの手紙はうれしくて何十回も読んだよ。返事だって書きたかった。でも、もうみんなとはいっしょにいられないんだ」
 ダイは吠えるような声をあげて、頭を抱えて泣いた。

 ここで、ダイが「あの手紙」と言っているのは、ダイが警察署で取調べを受けていた4日間、そして児童相談所に移されていた2週間の間、3人が何度も、連名で出した手紙のことだ。

 『空色の自転車』のストーリーは、シンプルに、「14歳の中学生4人の友情の物語」って要約してもいいんだけど。ダイを気遣う3人の思いがそれぞれ少しずつ異なってる様子が、重なりあうようにして描かれてる描写がいい。
 ダイの思いを3人が受け止めるとこまで含めて、「4人それぞれの思いが綾なす友情の物語」とでも言った方がしっくりくるだろう。

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 『4TEEN』の連作作品は、どれも、日常の内で一瞬経験することもありえるファンタジーのような経験を描く作品。必ずしも、リアリズムの小説ではない。
 『空色の自転車』は、リアルな日本社会で起きえる重い出来事を題材にしてるけど。その重みをよく受け止めながら、友情を巡る一瞬のファンタジーのような経験を描き出してる。
 そこがいい。

 『空色の自転車』で描かれる「ファンタジーのような経験」は、アタシ(紹介者)に言わせれば「祈りのようなものが込められた物語」と思える。
 新潮文庫版に収められてるあとがき「四人の十四歳へ」で、著者は、作品集が「少年たちの生きる力、成長する力を信じて、書くことをたのしみながら一冊の本を仕上げる」ようにして書かれたものとしてる。
 アタシが、「祈りのようなもの」と呼んでみたのは、「14歳の『少年たちの生きる力、成長する力』が、かくあれかし、と『信じ』られた想い」のことだ。
 この点をどう評価するかは、読者によって様々に別れるはずで。
 同じポイントを焦点にして、『空色の自転車』の評価も、作品集『4TEEN』の評価も別れるだろう。
 「祈りのようなもの」とは思わずに、「絵空事」的に考える人も、読者の内にはいるだろう、とは思います。もちろん、フィクションなのだから、「絵空事」であることは否定し難い。
 けれど、人はご利益があるからと祈るばかりでもないし、祈りの内容がファンタジーのようなものだと思っていても、祈らないとも限らない。
 『空色の自転車』というフィクションについては、描かれた友情を巡るファンタジーのようなものが、「リアルかどうか」よりも「かくあれかしと、信じるに足るかどうか」の方が、評価のポイントになるだろう、とアタシには思えます。

 アタシとしては『空色の自転車』は、ストーリー展開に多少強引な点も散見されるにも関わらず、評価できる意欲作と思います。そういう視点からは、作品内容の焦点には「祈りのようなものが込められてる」って言い方になります。

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 アタシが思うには「日常の内で一瞬経験することもありえるファンタジーのような経験」の説得力では、『空色の自転車』は、『大華火の夜』に劣ってると思います。『大華火の夜』で描かれた経験の方が、あり得ると感じられる力(説得力)は強い。
 けれど、意欲作なので、内容の訴求力は、『ぼくたちがセックスについて話すこと』よりも強いのが『空色の自転車』。
 ただ、この作品の中盤頃から散見されるストーリー展開の強引さなどは、『ぼくたちがセックスについて話すこと』の方には見られない。そんな作品だと思います。
 なんにしても、『4TEEN』中でも、読み応えのある力作と思えて。お勧めします。

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