『歴史群像 No.82』より『上杉激震! 御館の乱』福田誠、『激突! タラワ攻防戦』瀬戸利春
■本日の読書:『歴史群像 No.82』
●『上杉激震! 御館の乱』福田誠
上杉謙信の後継者である、上杉景勝については今ひとつぱっとしない印象がある。
まず内戦を勝ちぬいて権力を掴むために、武田勝頼と手を組んでいる。
武田信玄と勝頼。
上杉謙信と景勝。
どちらも偉大な父を持つだけに、なんとなく頼りない息子同盟というイメージがぬぐえない。もちろん武田勝頼はそれなりに力量のある戦国武将であったという意見もあるにはあるが、何せ結果がアレである。あの戦力差ではたとえオヤジであっても滅亡はまぬがれなかったかもしれないが、やっぱり信玄ならああも無様をさらすことはなかったんじゃあるまいかとも思えてしまうのだ。
そして続く織田軍による上杉攻めでも景勝はぱっとしない。北陸から柴田勝家、信州から森長可、上野から滝川一益と三方から織田軍が迫るやたちまち上杉家は滅亡の危機にたたされる。生き残れたのはひとえに本能寺の変があったせいで、景勝の功績ではない。これまた武田と同じく、同じ状況にオヤジ(謙信)がいたらやっぱなんかしてくれそうな期待があるのだ。
とどめは、豊臣政権を生き延びた後の関ヶ原である。家康にケンカを売っておきながら、石田三成らの西軍とはろくに連携もとらず、緻密でありながら柔軟性に乏しい自分勝手な作戦をたてて案の定うまくいかずに大失敗し、領地を大幅に削られている。
そういうわけなので、御館の乱の記事についても私はどことなく学生運動の内ゲバぐらいな気分で読んだわけだが。
ちょっと、景勝を見直してみたり。
いや、能力的にはやはり、誉められるものではない。
謙信の喪中に軍事行動に踏み切った果断さは良い。やってることは暴力団組長が亡くなったときに、葬式を利用して集まったライバルを殺そうとするヤクザの幹部という感じであるが。しかも、本命には逃げられているし、その後は押し切れずに北条や武田など外部勢力の介入を許している。このへんもなんかヤクザの跡目争いっぽいなぁ。
戦の采配にしても、義父の上杉謙信がみせた水際だった指揮とは比較にならない。
なんというか、全体として「うまくやってない」のだ。泥臭く、あか抜けない感じである。
しかし翻って我が身を省みてみよう。フィクションであればともかく、現実においてこちらの思惑通りスマートにモノゴトが進むことはまずないと言っていい。『ディプロマシー』で華麗に裏切りを決めたのに、その後で盛り返されてぐだぐだになった経験は誰しもあるだろう。
現実世界にセーブポイントはなく、失敗を選択し直すチャンスはない。
つまり、「うまくやってない」のが常態である。
その「うまくやってない」「ミスしたー」「こんなはずじゃなかったんだがなぁ」という状況で、諦めない。そうなっても、あがく。
それこそが、景勝が持っていた平凡で非凡な力なのではないだろうか。
運や時代がよければ、景勝がもっと成功していたとは思えない。たぶん彼はどうがんばっても戦国時代を滅ぼされずにすむのがせいぜいの男である。
だが、一度しかない人生で、それほど運も時代も良くないというのに、自分の力量ぎりぎりまで到達できたというのは。
それはスゴイことなのではないかとも思えるのである。
●『激突! タラワ攻防戦』瀬戸利春
肉弾突撃をかけるアメリカ海兵隊と、火力で迎え撃つ日本海軍陸戦隊。
ちょっと気になったのは、最後の『タラワ島の残したもの』という項目である。
アメリカ海兵隊は、本格的な島嶼への上陸作戦は太平洋戦争でコレが初めてで、物量も火力も活かすことができなかったという戦訓を得てその後の戦いに活かした――というのはうなずける部分だ。
しかし、日本軍の方で『一方で、タラワにおける水際陣地の予想以上の効果に幻惑され、サイパン戦まで水際配置を続ける一因になってしまった』(p49)というのは、さて、どうなのだろう。
タラワの戦いは1943年11月20日に始まり、その日のうちに第3根拠地司令部は砲撃で壊滅している。そして上陸3日目の22日には佐7特本部が落ちて、組織的な戦闘は終結。翌23日には最後の陣地が陥落した。日本軍は4690人の戦死者をだし、日本人捕虜はわずかに17名。他は朝鮮人労働者129人が捕虜になっているが、どの視点からしてもこれは全滅、玉砕である。
ここまで徹底した玉砕で、水際陣地がアメリカ軍をさんざんに苦しめたという情報が日本軍の上層部に上がっていたかどうかについてはやや疑問を感じないでもない。戦時中で、相手の損害がわからない状況であるからして、「あっというまにやられてしまった」ぐらいの認識しかなかったのではないだろうか。
ただ、ひょっとしたら、航空機による偵察か何かでそれらしい情報をつかめたり、タラワの根拠地司令部から水際でアメリカ軍を射的の的にしているという景気のいい連絡があったのかも知れない。
※3/11追記
mixiで速水螺旋人さんから指摘があったが、アメリカの公開情報から日本はアメリカ軍の損害を推測し、そこから水際陣地を評価したのではないかとも考えられる。公開情報といってもバカにできるものではなく、最初に引用されている『タイム誌』の記事(戦闘の次の週)にも、アメリカ海兵隊が3000人の死傷者を出したことが書いてあるのだ。
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