『センゴク外伝 桶狭間戦記2』宮下英樹 バブル経済が弾けた織田の家督を継いだ信長の苦難

 世の中ゼニである。
 といっても、日本でゼニ=通貨を自前で流通させたのは、それほど昔ではない。中国から律令制度を取り入れた際に、自前の国産通貨も流通させようとはしたが、結局のところ市場に対して十分な通貨を供給できずに終わった。
 そこで中国と貿易して、通貨の輸入が行われた。
 日本人にとっては、長らくゼニ=宋銭の時代が長く続いた。。
 『センゴク外伝 桶狭間戦記』の時代も、流通していたのは輸入した銭貨である。もっとも、すでに宋の時代は鎌倉の頃に終わっており、明国から主に輸入されていた銭貨は永楽通宝という、輸出専門(らしい)の貨幣であった。もちろん、銭貨はそう簡単にはすり減らないので、宋代の銭貨も流通していた。

 経済規模が拡大すると、通貨だけでは取引が足りなくなる。そこを補う形で、今の為替にも似た借用書による取引が行われる。この借用書、なんだかんだ言って最終的には借金をした人間の支払い能力の有無によって価値が変動する。
 支払い能力が大きい戦国大名=領主の元であれば、借用書も高値で取引される。銭が回れば経済も回り、国は富む。

 しからば戦国大名は、いかにして己の支払い能力を示したか。

 それが、武威=軍事力である。

 軍事力があれば、いざという時には周辺国を掠奪してでも金を払うことができる。米を奪い、財貨を奪い、人もさらって売り払う。もちろん、自身の縄張りを守る能力も軍事力で保証できる。
 なんだかヤクザのようだが、戦国時代とは、そういう時代である。

 織田信長の父親、織田信秀は元は尾張国の守護の下、守護代のさらに下、武家としての身分は奉行のひとりでしかない。いくら津島を支配して銭の流通を押さえたとしても、領土は狭く、それほどの支払い能力はない。

 だが、信秀は戦に強かった。信秀は手持ちの金をうまく使い、戦に勝つことで、武威を上げた。その武威によって、己の支払い能力を伸ばし、金をさらに集めた。

 信秀の武威により、織田(弾正忠)家はバブル経済に突入したのだ。

 宮下英樹さんの『桶狭間戦記』を読み、それゆえに、信秀は戦をやめることができなかったのではないか――私はそのように考えている。

 バブル経済が、危ういと分かっていても膨らんでいる間は金を回し続けるしかないように、信秀もまた、自身の才覚によって作り上げた武威によるバブル経済に取り込まれ、戦をやめられなかったのではないだろうか。尾張一国だけのことならともかく、東の三河をさんざん攻めてたかと思うと、今度は北の美濃国まで手を伸ばして二正面作戦など、どう考えても手を広げすぎである。

 そして、バブル経済すべてに運命づけられた結果がやってくる。
 美濃の蝮、斎藤道三との加納口の戦い。
 今川の黒衣の宰相、太源雪斎との小豆坂の戦い。
 二度の敗戦が、信秀の武威を決定的に傷つけ、バブルは弾けた。

 自らの才覚によりバブルを限界まで膨らませた信秀は、弾けたバブルと共に消えた。
 跡を継いだ信長は、景気がいいときには埋もれていた身内の確執や、弱いとみれば容赦なく他人の領土(縄張り)を荒らしまくる戦国大名たちとの戦いに奔走することになる。

 父である信秀は強く、才覚があり、そしてそれゆえに、バブルで吹っ飛んだ。
 それを傍でじっと見ていた信長は、果たしていかなる道を選ぶのか。
 『桶狭間戦記』いよいよ佳境である。

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はじめまして

 遅ればせながら最近ようやくこの作品が目に付いた者です。

 今川義元と太原雪斎の出会いから始まる、この経済的展開は圧巻で、まさに「桶狭間は一日にして成らず」というか。

 今川側については、一巻の方でまた触れますが、織田側を見ると、まさに『ゴッドファーザー』という感じですね。

 意識してか、三巻のラストなんかまさにそれですし、一巻の祭りの場面で信秀が「大ダンナ様」と呼ばれる場面なんかまさにそれというか。

 あと信長の初恋や吉乃との隠れた関係とかも印象的で。


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