告白「口下手な彼」(改訂3版)

【この作品は】
 この作品は、電網工房・匠共通お題「告白」(2009年2月)に準拠したものです。
 告白「口下手な彼」の改訂3版になっています。
※作品本体は、次段から。

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「あたしとリュウくんのこと、小説で書いてほしいんです。お願いできませんか」
 ファーストフード店の小さな卓を渡るくらいの静かな声。アーミー風のストリート・ファッションでまとめてきていた彼女は、意外な話題を口にした。
「……どんな小説が期待されてるのかな?」
「えっと。あたしたちの、セックスのこととか?」リョウコちゃんの声は、良く聞こえた。
 ミルクでぬるくなったコーヒーにむせかけながら、つい、あたりに視線を配ってしまった。どうせ周りは空席だったが。
 ウィークデイの午後の半端な時間。他に客もいない喫煙コーナーで、向かい席のリョウコちゃんは、悠然としていた。
 昼過ぎに突然の電話で「近くの駅まで出るから会ってほしい」と、言われ、駅前で落ち合ったのだった。

 僕は、戸惑いを覚えながら、応じてみた。
「お母さんを介護してる様子を、小説にしてほしいのかと思ったよ。
 書くかどうか、即答はできないけど。もし書くとしたら、どんなふうに書いたらいいんだろう?
 小説は、この前みたいな取材記事とは、また違うし」
 “セックスの話となると、なおさら”って言葉は呑み込んだ。
 紅い眉毛が少しの間寄って、元ヤンキーって話の、張り詰めた感じの視線が緩む。
「えーと。小説は違うんですか? しゅざいの記事みたいな感じで、書いてもらえたら、嬉しいと思ったんですけど」
 今度はこちらが、困ったような表情を見せたようだ。リョウコちゃんは、思い出したように、トートパックをごそごそ探りだす。

 取り出された医療雑誌は、先週、彼女と連れ添いのリュウくんがやってる小さなバーを訪ね、直接手渡しした謹呈分だ。僕が、在宅介護の事情を取材した連載レポートが掲載されてる雑誌だった。
 季刊雑誌での連載は、数年越しになる予定だが、彼女たちの事情を取材した回では、連載の要になるだろう手応えを感じる記事が書けた。
 記事がうまく書けたのも、取材中「リョウコちゃん」「リュウくん」って感じの実名で呼べる関係までいけたことは大きかった。
 記事に何か不満があるなら、どうにかするつもりはあったんだが、まったく予想外の話になっていた。
 ちなみに、そういうわけで、「リョウコちゃん」も「リュウくん」も記事で使った仮名を、引き続き用いている。

「あたしもリュウくんも、字ばっかの雑誌、読まないんだけど。
 もらったの読んで。ちょっとびっくりしちゃった」
 卓の上に、雑誌を置くと、彼女は口ごもる。
「名前とか場所とか、変えてもらったけど。読むと、あたしたちのことってわかって。嬉しい感じ?」
 小首を傾げながら、区切った言葉がゆっくり続けられる。
「はじめは、しゅざい断ろうとも思ってたんですよ。けど、介護団体の人の紹介だったし。
 で、読んだら、最初のお話思い出したんです。
 “ワイドショーみたいに、もの珍しい話にする気はない。けれど、どこにでもある話を書くつもりももない”だっけ?
 正直、わかんないお話だったけど。あれで、しゅざいされてもいーかなって思ったのね。思い出したんです」
 それは、彼女に介護事情の取材を申し込んだ時、僕が口にしたことだった。

「小説も図書館で借りて、2人して読んだんですよ」
「短いのだけだけど」と、はにかみ笑いが続く。
「書くかどうかはともかく。もうちょっと聞かせてほしいな。
 何でまた、その……君たちのセックスのこと、小説に?」
 髪と同色に染められた紅い眉が、また、困ったように寄った。ふと、綺麗に整えられた形に戻ると、何かのDM葉書が挟んであった雑誌の頁を開き、指でなぞりながら読みはじめる。

 リョウコさんは、母親のカヨさんの介護に協力的なリュウくんのことを“戦友”みたい、と言う。
 リョウコさんは、性的自己同一性障害で、性別適合途上だが、アルツハイマー症も併発しているカヨさんは、彼女のことを長女(リョウコさんの姉)と誤認。リョウくんは、カヨさんに、姉の同棲相手として扱われることも受け入れている。それだけでなく、何かとリョウコさんの介護を支えているリュウくんの様子は、2人の“戦友”みたいなつながりを、確かに感じさせる。

「ここだけ、ちょっとだけ違うくて。それで、小説に書いてもらえたら嬉しいと思うんです」
 あ……、と、思う。その、(くだり)は、気にはなっていた。
 記事で「性別適合」と書いてるのは、世間で言う「性転換」の医学的な言い方だ。
 リョウコちゃん本人には、女性ホルモン服用以上の性転換手術をする気はない、と聞いていた。
 そんな話も、取材中に聞いたのだが、聞かなければ女性としか思わなかった。
 面と向かっていても、やはり女性としか思えない。
 リョウコちゃんは、迷彩柄のパーカーの前を開いた下に、タンクトップだか下着だかよくわからない服をあわせて、白い首筋や、綺麗な胸のふくらみを見せびらかすようにしている。形成手術で、「喉仏削っただけで満足」とも言っていたけど、自信があるらしい。

「そこは、僕も最後まで気になってた。君たちのことと、お母さんのことを優先で書いて。
 申しわけない。リョウコちゃんのこと、はしょって書いてるのはわかってるんだけど」
 “もし、単行本化することになれば、その時に”と、口にする前に、キョトンとした感じで遮られる。
「あたしのことじゃなくて、リュウくんの、“戦友”みたいなことなんだけど」
 よくわからない。
「『性別適合途上』ってのが不本意……、リョウコちゃんの考えと違うって話かと思った」
 彼女のことを「性的自己同一性障害の男性」と書く気にはならなかった。
 かと言って、「性的自己同一性障害で、性別適合手術を済ませた」と書いてしまえば事実と違ってしまう。さんざん、迷ったのだった。
「ぜんぜんっ。そーゆーのは、あたし、へーき。
 だって、もーオンナやって長いもん。細かな勘違いは慣れちゃった」
「そうか。正直言うと、僕も迷って。“えいやっ”て感じで、はしょっちゃってね」
「へーきですってばぁ。だって、あたしのことオンナって思ってくれてるでしょ?
 しゅざいの時からわかってたけど。雑誌読んだら、やっぱりでしたよ」
 少し複雑な気分だが、喜んでもらえば、やはり嬉しい。もの書きなんて、単純なもんだ。
 そう言えば、3人で軽く飲みながら食事した時、彼女は「掌が大きいでしょ」と、はにかみながら言っていた。
 気にしているようだが、見ても、言われれば、大きいかもしれないと思うくらいだ。男の掌とすれば大きいと言うほどではない。「指が細長く見える付け爪で、目立たないようにしてる」とか言っていた。今日も、柔らかなゴールド系のマニキュアを綺麗に塗っている。

「で、あたしのこと書いてもらったみたいなふうに、リュウくんのことも書いてあげてほしーんです。お願いできませんか?」
「……あ。でも“戦友”ってのは、リョウコちゃんも、そう言ってたでしょう。
 僕も、聞いて、ぴったりと感じたんだけどな」
「うん。それはそう。あたしには“戦友”みたいなんだけど……」と、カップに刺されたままのストローをぐりぐりしはじめる。
「でもリュウくん、本当はちょっと違うくて」
 何か一所懸命に考え込む様子に、手探りな感じで、言葉をかけてみる。
「仮に、僕が小説に書いたら、リュウくんも嬉しいのかな?」
「……ほっとする感じ?」
「リョウコちゃんには“戦友”でいいんだよね。本当のリュウくんは、どんなふうなのかな?」
 コーラをすするリョウコちゃんの眉毛は、僕が煙草を1本吸う間、八の字に寄っていた。ふと、顔を上げると、悪戯っぽいニヤニヤ笑い。
「リュウくんて、セクシーだけどマッチョじゃぁないでしょ」。
 それは、そうかもしれない。体操選手やボクサーのような体格で、少なくともボディビルダーやプロレスラーのようなマッチョではない。
「あそこも、硬くて長いんですよ」と、含み笑い。こっちをみると、真面目な顔を整えて続ける。
「普段はあたしのこと、たくさん愛してくれるけど。実は、ウケなのね。
 リュウくん、ウケの方が嬉しいヤツなの」
 話はわかる。もの書きの(さが)で、脳裏にあまり歓迎できない情景が浮かんでしまったが。
「えーと……。そういうことを僕が書くわけ?」
「ダメですか?」
「いや、ダメと言うか。どう料理していいか、とっさには思いつかないな。
 それに、“戦友”の話も、どうつながるのかな?」
「あ、だから、知らない人は、読んだらきっとリュウくんのことマッチョな奴って思うでしょ? 彼、結構プレッシャーなんですよ。そう思われるの」
 あぁ……、と、角刈りのリュウくんがカウンターの後ろで働いてる様子を思い起こす。
「つまり……。リュウくん、自分が男らしいかどうか、気にしてるわけかな?」
 今度は、紅髪を大きく揺らすように首を横に振るリョウコちゃん。
「そんなふうに言うと、余計気にして、自分のこと追い込んじゃう。
 いい男だし、かっこいいし、好きだよ、って言うんだ」
 ……なるほど。
「マッチョじゃないとこが、いーのにね?」
 いや、リョウコちゃんが、それがいいんなら、いいんだと思うが。
「そう言えば、彼、押しは強くないよね。口数も少ないしね」
 うんうんうんと、うなづきながら、リョウコちゃんが卓の上に身を乗り出してくる。
「繊細だし、シャイなんですよぉ」
「もしかしたら、2人きりのときは、リョウコちゃんが男役なのかな?」
 取材の間も時々、押しは強くないリュウくんが、思いっきりのいいリョウコちゃんの好きにさせてるふうに、感じたことはあった。
「違いますよぉ。普段は違うくてぇ」と、顔の前で、ぶんぶん掌が振られる。
「いっつも、たくさんしてくれるんですよ。
 彼がしてほしいときだけ。内緒の合図がね、決めてあってね」
「いや。ちょっと待って」気力をふるいおこして、のろけはじめたらしいリョウコちゃんを遮る。ちょっと疲れた声になってしまう。
「確か、前……リョウコちゃん勃起はしないって言ってなかったっけ?」
 彼女の男性器は、ホルモン服用の影響で萎縮しているそうだ。「盲腸か親知らずみたいなもん」らしいし、勃起力も喪失しているそうだ。「邪魔だけど我慢できないこともない」と聞いた時は、よくわからないまま、そんなものなのかと、自分を納得させたのだが。
「それは、ほら、インポになっちゃった人が使うお道具、あるじゃぁないですか。知りません? ちんちんの形しててー」
 また、あまり歓迎したくない絵が、浮かんでしまった。無数の疑問と、聞くんじゃなかった、って思いが脳裏で混線しだした。
「いや、知ってる。見たこともあるし。知ってるよ。
 えーと。……この相談。リュウくんも知ってるのかな?」
「話してはないけど。書いてもらったら、きっとほっとするんです」
「いや、そうなんだろうけど。ちょっと待ってね」
 ゆっくり、煙草に火をつけてから、口を開いた。
「もし、その小説書くんなら、リョウコちゃんだけでなくて、リュウくんにもいろいろインタヴューしないと書けないよ」
「え? そうなんですか??」
「だって、ほら。取材記事のときも、リュウくんやカヨさんにもいろんなお話聞かせてもらったじゃない。
 聞いたこと全部は書いてないけど。見えないとこで使ってはいるんだ」
「見えないとこって……」
「肥やしって言うか、隠し味って言うか」
「あー、お出汁みたいな?」
「で、僕がリュウくんにいろいろ聞くとするよ。彼が、僕にそういう、告白みたいな話するとは思えないんだけどな」
 むむむと、うなづくリョウコちゃん。「シャイだし」
 僕も、うなづき。「元々、口数少ないしね」
 そっかー、と肩を落とすリョウコちゃん。
「それに、こないだの取材とは別に、リョウコちゃんにもいろいろインタヴューしないと。やっぱり書けないな」
「あたし、へーきです。何でも聞いて」
「2人にいろいろ聞いても、結局、書けないかもしれない」
「えー??」
「僕は……、男が受身のセックスはしたことないからね。気持ちとかが想像もつかない。だからいろいろ聞かないと書けないけど。聞いても、やっぱり理解できないかもしれない」
 話をごまかしてるな、と思いながら、再び眉を八の字に寄せてるリョウコちゃんを見ていた。
 彼女の期待に応えるなら、別に、セックスに限って書かなくてもいいはずだし。わからない面は、いかにわからないか書いていけばいいんだが。
 彼女が洩らした話題について、リュウくんから話を聞けそうな気がしないのも、正直なところだ。
「その……。リュウくんは、雑誌の記事、気にしてるのかな?」
「うん、まー、いっつも気にしてることだから。同じくらい」
「来週また顔出すから、リュウくんには、それだけ言っといてよ」
 リョウコちゃんが明るい表情でうなづく「お願いしたこととか、ナイショですね」
「お店が静かなのは、火曜日とかかな?」曖昧にうなづきながら聞いた。
「週末のほかは、いつも静かですけどねー」と、リョウコちゃんは笑いながら応えた。

 その日は結局、もし単行本化することになったら、書き足して、リュウくんが「マッチョじゃない」感じにする、と約束した。
 本になるとは限らないし、なるとしても2、3年先、と話すと、リョウコちゃんは少し残念そうにしながら帰っていった。

 と、いうわけで、残念そうにしてたリョウコちゃんに報いようと、僕はこんな話を書いてみた。

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告白「口下手な彼」(改訂3版)作者ノート

親記事は、「告白『口下手な彼』」の改訂3版
改訂2版と読み比べて、一見、さほど変わっていないように思えるかもしれいない。けれど、作者的には脳を絞った結果です。

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告白「口下手な彼」は、当初、性自認が普通で異性愛者の「僕」を語り手に、読者には、語り手の戸惑い感をクスリとでも笑ってもらえればいい、と思って書いた小話(コント)。
ただ、「コント」とは言っても、“つくり”のオーバー・アクション風な“つくりすぎ”はしたくないと思っていた(今も思っている)。
それもあって、及び腰になっていた面はあった。
改訂版から改訂3版への修正は、根本的な改訂には至っていないにしても、作者的には当初の線で推し進めたと考えてる。
付随して、初稿版から指摘されていた「僕」がリョウコちゃんのセクシャリティをわかりすぎてるような感じも、修正したつもり。

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これらの修正は、主に「文章表現CDK」でいただいたコメントを踏まえさせていただきました。
改訂版に寄せていただいた、S.T.さんのコメントも、踏まえさせていただきました。
他に、旧版以降コメントを聞かせてくだすった方々にもあわせ、感謝しています。

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その後も、irc.cre.jp#もの書き系チャンネルにて改訂3版についてのコメントをいただいています。重ねて感謝。
2009年3月18日11:00~


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