石田衣良、作『十五歳への旅』(『4TEEN』所収)、「誰にだって、それぞれの形の悩みがあるようだった」

 『十五歳への旅』は、石田衣良さん著の、連作短編集『4TEEN〔フォーティーン〕』で、ラストを締めてる1篇。連作のラストを飾る力作です。

 東京の月島界隈で暮らす、中学生男子4人組を描いた短編8作の1作で、4人組が3年生になる直前の春休み中の物語。
 4人は房総半島の海岸線を自転車旅行する予定だったのに、何度か打ち合わせをしてる内に、家族には秘密で、新宿中央公園にキャンプして、新宿の街を探検するって計画になっちゃう。
 ストーリーは、その2泊3日の出来事。分量的には、他の作品の2倍近くあって、1番長い(新潮文庫版で77頁ほど)。

 この作品は、少年達が自転車を連ねて新宿に向かう場面や、おっかなびっくりで公園にキャンプして、新宿の街を探検する様子の描写が楽しい。ストーリー的に山場になるあたりでは、少し作った感じが目立つようなのが残念。

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「七時だ。いくか」
 ドラマチックでも緊張もしていない声。ダイはどうでもいいようにうなずき、ナオトがうんといい、ぼくはペダルをまっ先に踏んで堤防をおりる坂道に一番のりした。このあたりは都心まで目と鼻の先なので、サラリーマンのラッシュアワーまではまだ一時間以上あるのだ。月島の朝はとても静かだ。
 ぼくたちは生ぬるい春の風を切ってもんじゃ屋のならぶ西仲通りを走った。パチンコ屋、焼き鳥屋、雑貨屋に洋品店、どの店もシャッターをおろしたままだ。狭い一方通行路の両側がアーケードになったいつもの商店街を、二列になって進む。ゆるやかなアーチ状になった運河のはしを渡るとその先は勝どきだ。

 上の引用は、4人組が揃って出発するあたり。
 この後、4人は、勝どき橋を渡って晴海通り経由で銀座を抜けた後、日比谷、桜田門、三宅坂、半蔵門、四谷と緩いけど長い勾配を上っていく。

 この間の描写は、とてもいい。例えば、勝どき橋を渡りはじめる直前の描写。

 その朝、隅田川は青く、海風は背中に心地よく、空はまぶしく雲って、都心は朝もやでかすんでいた。ぼくたち四人が長い坂道を駆けおりたとき、口々に意味不明の叫びをあげていたのはとても自然なことなんだ。

 自転車を漕ぐキャラクターの体感と、周囲の景観が、普段の視線でみるのとは違った彩を伴って立ち現れてくる感覚が一連の感知として描かれてていい。
 この「普段の視線でみるのとは違った彩を伴って立ち現れてくる感覚」は、日常生活の合間に体験し得る、ささやかな“冒険”の、ファンタスティックなリアリティー(リアル感)。

 四谷見附をすぎて、最初に目についたファミレスで早めのの昼食にした。〔中略〕
「なんだか、ばかみたいだな。電車なら二、三十分でいける新宿まで、こんなに苦労するなんてさ」
 ダイは口のなかでばりばりとロックアイスをかみくだいた。
「そうだな。なんかいつもの遠出とぜんぜん変わんないし」
 注文のイタリアンハンバーグが届くと、みんな無言で飛びついた。朝の五時半から起きていると昼にたべる最初のひと口はもう魔法みたいなうまさになる。〔後略〕

 こっちの引用ヵ所の前後も、すっごく面白い。
 例えば「なんだか、ばかみたいだな」。うん、“冒険”なんて、引いた視線でみれば、多かれ少なかれ「なんだか、ばかみたい」なとこはあるもの。でも、面白いからチャレンジする人はチャレンジする。そーゆーもんよね。

 先に引用した出発時のヵ所“ドラマチックでも緊張もしていない声。ダイはどうでもいいようにうなずき、ナオトがうんといい、ぼくはペダルをまっ先に踏んで堤防をおりる坂道に一番のりした”との響き合いも面白い。
 「なんだか、ばかみたいだな」、とか“どうでもいいように”うなずくようなノリの感覚に、意識のフォーカスを合わせた語りは、連作の別の作品にもあって。例えば、『ぼくたちがセックスについて話すこと』では、こんなふうに語られてる。
 “それでぼくたちもダイと同じようにつまらなそうに歩き始めた。だるいからだるい振りをするのか、だるい振りをするからだるくなるのか。そのあたりの中学生の心理というのは、なかなか複雑なのだ”。

 どうしてもね、アタシも“まだ14歳なのに……”的に感じちゃう。こーゆーのが、今風の子供のノリなのかしら?? とかの思いもよぎる。
 フィクションだってことはわかってるけど。作家、石田衣良のフィルターを通して観られた、今時の子供像をアタシが見聞きしてる例と重ねてみると、腑に落ちるものは、意外に大きい。

 けれど、その今風の子供のノリの続きで、笑ってしまう。“注文のイタリアンハンバーグが届くと、みんな無言で飛びついた。”(笑)。
 うん。どんなに、タルそうなポーズをとってみても、身体は正直よね(笑)。
 先に引用したヵ所の“ぼくたち四人が長い坂道を駆けおりたとき、口々に意味不明の叫びをあげていたのがとても自然なことなんだ”、も同じように面白い。

 ちなみに、テツローくんはちょっと勘違いしてるとこもある。
 朝の五時半から起きてても、デスクワークした後だと、そんな食欲は湧かなかったりもする。“最初のひと口はもう魔法みたいなうまさになる”のは、朝の五時半から起きて、身体動かしてきたからなんだけど。まーいーや。テツローくんも受験勉強とかすれば、わかるようになるはずだから。

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 新宿についた後、キャンプを張る公園で暮らしてるホームレスの人たちに、おっかなびっくりで、お土産渡して面通ししたり、アダルト・ショップ覗いたり、ストリップ劇場に入ったり、他愛のない“冒険”が続く。この辺も、キャラクターたちがドキドキしてる感じや、背伸びしてみてもすぐメッキが剥げちゃう感じが、読んでて楽しいです。
 先にも書いたことだけど、ストーリー的に山場になるあたりでは、少し作った感じが目立つようなのは残念。

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 作品のエピローグにあたる部分、少年達が冒険旅行に出る前にした約束どおり、それぞれの秘密を1つずつ語りあうヵ所は、読ませます。連作集全編のエピローグとしても読めるヵ所。

 誰にだって、それぞれの形の悩みがあるようだった。ぼくはふたりの秘密をきいても、まだ自分がなにを話したらいいのか迷っていた。ぼくにほんとうに人に話すほどの秘密や悩みなんてあるのだろうか。だってぼくはほんとうに平均的な十四歳なのだ。黙っているとダイが先に始めてしまった。

 遺伝性の疾患で、期待余命が短いナオトは、「親にも話したことがない」秘密を語る。それは夜中に1人で起きた時、「地球が猛烈な勢いで自転して、一日を刻むごーごーという音」が聴こえること。「ぼくが一番怖いのはあの音だな」。

 クラス1の秀才、ジュンは、勉強が得意で、何かを学ぶってことが楽しい、と語る。「でも、ときどきそれがうまくいきすぎることがある。そんなとき、ぼくは自分が詐欺師になった気がするんだ」。
 ジュンってキャラクターは、よく言えば賢明で、悪く言えば小賢しい言動が目立つキャラなんだけど。さすがに、この秘密を語りあうヵ所は、意を言葉に尽くせていない感じがする。なまじ賢いだけに、言葉は整ってるけど、ジュンが本当に言い当てたい不安感はもっと別の事柄だよね、って思える。
 ここでの、意を言葉に尽くせない感じは、アタシには好ましいものと思えます。少なくとも、半端な理屈で割り切ったつもりになるよりはずっと好ましい。

 語り手のテツローより先に話し始めるダイの秘密は、連作の1本前『空色の自転車』で語られた出来事から、そのまま継続してる不安。
 自分の事柄としてアダルトチルドレンの本をたくさん読み漁ったダイは、「どの本にも同じことが書いてある」と言う。「子供をなぐる親は、自分が子供のころ、やはり親になぐられていたって」。「おれは自分が怖いよ。未来のおれが怖いんだよ。大好きなもの、一番ちいさなもの、おれの子を、この手で壊すかもしれないおれが怖いんだ」。

 結局、テツローは、こう語りだす。「ぼくが怖いのは、変わることだ。」

「ぼくが怖いのは、変わることだ。みんなが変わってしまって、今日ここにこうして四人でいるときの気持ちを、いつか忘れてしまうことなんだ。ぼくたちはみんな年を取り、大人になっていくだろう。世の中にでて、あれこれねじ曲げられて、こうしていることをバカにするときがくるかもしれない。あれは中学生の遊びだった。なにも知らないガキだった。でも、そんなときこそ、今の気持ちを思い出そう。皮っていいことがあれば、変わらないほうがいいことだってある」
〔中略〕
「今から何年かして、自分がだめになりそうになったら、今日のことを思いだすようにしよう。あのときすごくいいやつらが四人いた。自分だって人生の最高のときには、あのメンバーにはいれるくらい絶好調だったって。今の弱さや不安を忘れないようにしよう。そうしたらきっと……」
 ぼくはそこでつぎの言葉に困ってしまった。
〔中略〕
「確かにいいことはないかもしれない。でも、それができたら、どんな悪いことにもなんとか耐えられる。なんとか生き延びて、悪い時期を我慢できるなら、もうゲームなんて勝ったの同然さ」

 ここの語りは、語り手キャラの気分が高ぶってる感じが、よく出てる。
 自己劇化とかロマン主義とかって呼ぶことは、簡単で。確かに芝居がかっているけれど、アタシ(紹介者)としては、そう呼んで切り捨てることはもったいないように思います。
 14歳の少年の高ぶった気持ちが言わせる言葉だけど、それはそれで意味があると思えるヵ所。

 つまり、こういう話。
 まだ14歳の少年は、それまでの人生を総括するように、物語内の今を「最高のときには、あのメンバーにはいれるくらい絶好調」なんだって言ってる。
 でも、この言い方は、気持ちの高ぶりが言わせてるものだと思うな。

 テツローくんが言わんとしてること、友人に伝えたい事柄の中心は、「今が最高」とか「絶好調」とかそういうこととはちょっと違ってるはず。「自分がだめになりそうに」なった時に、思い出すべきことが「今」なんだ、ってことが、彼の言いたいことの中心。

 作中の14歳の語り手キャラは、高ぶった気持ちに押し上げられて自己劇化してるけれど、この物語はいい、とアタシは思う。つまり、この場面での語りのことね。
 場面描写を通して語られてる考え方も、14歳の少年のセリフとか、高ぶった気持ちとかを補正しながら読み取れば、悪くはない。

 新潮文庫版の『4TEEN』に採録されてる、著者あとがき「四人の十四歳へ」を読むと、著者(石田氏)はこう書いています。(ちなみに、この著者あとがきは、かなり面白く読める)
 「自分自身の十代のなかで一番たのしかった年はいくつだったろうか。高校時代は本ばかり読んで暗かった。やはり中学がいいだろう。それも受験勉強が厳しい三年生でも、まだ中学に慣れていない一年生でもない。やはり底抜けにたのしかったのは、中学二年生十四歳のときだ」。

 アタシ(紹介者)はどうだったかしら? と思い出してみた。
 その頃のアタシの暮らしには、あまり、思い出したくないようなこともあったけど。後から思うと、バカみたいに元気がよかった。元気一杯暴れまわってた、とかとは違うんだけど。ふさぎ込んだり、惑ったりしてない時、充実してる時にチャージするエネルギーや、好奇心には、バカみたいに元気があった。
 要するにノリがいい時は、バカみたいにノリノリだった(笑)。

 ただ、アタシの場合は、「自分がだめになりそうに」なった時に、思い出すべき経験は、十代に限っても、もっと後の時期に集中してる。それは別に「最高」とか「絶好調」とかいう感じではないけれど、とても嬉しい経験。
 こうした経験は、無いよりはあった方がいいし、思い出せないより思い出せる方がいい。大事にしないよりは、した方がいい、とは思う。
 もちろん、過去の思い出よりは、今の充実の方がもっと大事と思うけど。もともと「自分がだめになりそうに」なった時に、支えになるような思い出(経験)って話だし。
 で、別に14歳の時がそうだ、ってことが、あらゆる人に言えるとも限らないけど、「大事にしないよりは、した方がいい」。そういう意味で、『十五歳への旅』って物語はいい。
 ラスト部分もいいし。連作全体の締めとしてもいい、と思います。

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 もんだいは、14歳の時に限らず、そんな経験を全然思い出せないという人、思いだす気力も湧かないくらい疲れ果ててる人、そんなタイプの人たちには、『十五歳への旅』は、腹立たしいような綺麗事のウソ話と思えるだろうこと。
 それは、想像がつきます。

 『十五歳への旅』は、リアリスティックな物語に、ファンタスティックなイリュージョンを重ね合わせてるような作品。アタシに言わせれば、『4TEEN』採録の作品には多かれ少なかれそうしたとこがあるんだけど。
 全編に被ったファンタスティック感覚のレイヤーが、パートによってなだらかに濃淡を変えてるようなとこは『十五歳の少年』の特徴ではある。
 ファンタスティックな感覚やロマンチックなものの考え方に信を置けない読者の視線には、かなり弱いところもあるのが、この作品と思います。

 これはこの作品の弱点だと、アタシは思うけれど。長所と裏腹の弱点だと思えて、いかんともしがたい感じ。
 ただ、同じ作品集に採録されてる『大華火の夜に』や『びっくりプレゼント』は、同じような「長所/弱点」の裏腹さを抱えていながら、ファンタスティックな感覚などに信をおけない視線にも、かなり強いはず。
 アタシとしては、『十五歳への旅』を読んで、なんかウソ臭いなー的に思った方も、上に挙げた関連作品読んで、もう1度『十五歳への旅』を再読されては、とお勧めしておきます。

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 作品の最後はこんなふうに締めくくられる。秘密のばらしっこが終わった後のくだりだ。

 ぼくたちは暗くなった公園を四列に並んで、行進でもするように走りだした。夜の風は驚くほどやわらかく、自転車ですすむぼくたちの背中を押してくれた。誰が最初に黎明橋をわたるか、いつものロードレースが始まった。
 十五分後には月島の街にあるそれぞれの家に、みんなばらばらに散っていくだろう。ぼくたちはおたがいにさよならといいあうだろう。
 つぎの日にまた会うに決まってる友達にさよならをいうのは、いつだってなかなかたのしいものだ。

 「つぎの日にまた会うに決まってる友達にさよならをいうのは、いつだってなかなかたのしいものだ」。この感覚は、さすがに、とても普遍性が高い感覚だと思います。

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