『大砲入門 連載第三回』松代守弘(『歴史群像No.95』より) 「奴らにはこのフネでは勝てない」が軍艦の進化を促す

 毎号楽しみにしている連載のひとつが、松代守弘さんの『大砲入門』である。これまでも松代さんは大砲をはじめ兵器に関してあれこれ面白い記事を書かれていたが、この大砲入門の第三回は、サブタイトルが『外洋帆走軍艦の誕生による艦載砲の完成』というもので、ホーンブロワーなどの海洋冒険小説ファンにはたまらない内容となっている。

 現代の世界が、我々が今知るような形になった、最大の原因は何といっても、大航海時代と、それに続く欧米列強による帝国主義の時代があったからである。

 『朝日百科世界の歴史106 19世紀の世界2』では、加藤祐三さんが『列強の条件』で次のように述べられている。

●列強とは次の条件を満たす国である。
・自国の船で世界のどこへでも行き、商売ができる。
・その自国の船団を守る海軍を保有している。

 商船団とそれを守る海軍力こそが、列強の力の源泉であり、その象徴が外洋帆走軍艦である。
 これ以前にも、海軍力は戦争や国力の重要な要素ではあった。しかし、決定的な要因になったのはやはり外洋帆走軍艦が登場してからである。

 では、なぜ外洋帆走軍艦がそこまで決定的な力を持っていたかというと、外洋帆走軍艦は、同規模の外洋帆走軍艦でなくては太刀打ちができなかったせいだ。
 これ以前の軍艦でもっとも優れていたのは、オールで漕ぐ形式のガレー船である。ガレー船は最高速力こそ帆船に劣るが、機動力に優れていた。
 船をぶつけあうようにして敵に乗り込み、白兵戦によって制圧するという戦闘方式との相性が良いのも利点である。白兵戦力は戦闘員の人数のことであり、ガレー船の漕ぎ手はそのまま白兵戦要員になるからである。

 初期の大砲は、だから軍艦に搭載されたとしても艦首や艦尾に少数が搭載され、白兵戦前の景気づけや、港湾など地上施設を攻撃する際の攻城砲的な役割をしていた。
 大砲は鉄の塊で重く、船の上の見晴らしの良い場所にあまりたくさん載せては、バランスが悪くなるということも、大砲が少数しか装備されなかった理由である。

 しかし、外洋帆走艦であれば、ガレー船であればオールを搭載していた船腹に、甲板を設置し、その上に大砲をずらりと並べることができる。
 機動力ではまだガレー船に負けるし、大砲をたくさん搭載すれば人員に割ける容量は減るが、大砲の火力で敵艦を粉砕できるのであれば、このどちらも必要がない。
 ガレー船の機動力とは、結局のところ、互いに白兵戦を仕掛けるという前提があればこそ必要とされるものである。外洋帆走軍艦のように白兵戦は決着がついた後で、ついでに行うのであればちまちまとした小回りのきく機動力も、白兵戦のための大量の兵員もいらないのだ。

 外洋帆走軍艦とガレー戦闘艦とが戦闘になった場合を想定してみよう。ガレー船は何とかして接近し、白兵戦か、手持ちの小火器の射程で帆走軍艦を攻撃しようとするが、帆走軍艦は取り合わない。優速で翻弄して船腹からの大砲の斉射を繰り返すだろう。ガレー戦闘艦はぼろぼろになり、オールも折れて身動きがとれなくなる。こうなればもはや白旗をあげるか、沈むまで打ちまくられるだけだ。あるいは無力化したとして放置されるかもしれない。

 ガレー戦闘艦に勝ち目があるとしたら、まだ帆をあげておらず停泊中の帆走軍艦を奇襲するか、あるいはまったくの無風状態で身動きとれない帆走軍艦に前方か後方の大砲の死角から近づいて白兵戦を仕掛けるしかない。
 いずれも、あまりに限定されすぎた状況であり、ガレー戦闘艦では帆走軍艦に勝ち目がないことがおわかりいただけるだろう。

 こうしてヨーロッパで生まれた外洋帆走軍艦は世界の海を支配するようになった。優れた大砲と航海技術の融合が、帝国主義にひた走る列強を支えたのである。

 だが、その優位もハンプトン・ローズの海戦で新たに登場した装甲艦(あいあん・くらっど)を前に――

 そして、20世紀になって登場したドレッドノート級が――

 などのエピソードもあるのだが、とりあえず松代さんの今号の記事では、外洋帆走軍艦の登場と海戦の変化までである。
 次号は大砲革命の時代だろうか? いずれにせよ続きが楽しみである。

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