苗字

 誰だ貴様、と見ず知らずの少女に詰問された。
 君こそ人んちで勝手に何やってるんだ、と問い返したい気持ちでいっぱいだったが、少女の眼光に気おされてしまった。破壊光線級の眼力の前では、大路ヒカルですと名乗るしかなかったのである。見た目は相手のほうが、どう見ても年下なのに。
「オージ?」
 僕の苗字を聞いた、少女の眼の色が変わった。本当に変わった。黒からピンク。
「貴様、そんな成りをして王子なのか。プリンスなのか」
 そんな成り、と言われるほどひどい格好をしているわけではないが、たしかに僕の服装は王子様とは言いがたい。
 どちらかというと高校生に見える。というか今着ているのはまぎれもなく、高校の制服だ。
 さすがに中学生に見られることはもう無いだろう、たぶん。そう信じたい。
 少女は僕の沈黙を間違ったほうへ捉えたか
「やっぱりそうか。貴様が王子か」
 断定すると、こいつはいい最初から大当たりだ、と玄関でぴょんぴょん跳ねている。
「さあ覚悟しろ王子め、今日が貴様の年貢の納め時だ、首はちゃんと洗って待っていたか。宿題やったか」
「盛り上がってるとこ、悪いんだけど」
「何だ王子め。そうか貴様、命乞いをしようというのだな! 卑しいやつめ。まあ、おとなしく這いつくばって『魔界で一番の美少女ヨミさまごめんなさい』と泣きながら三度言うなら考えてやらないこともないぞ。そうだこのヨミさまもお腹が空いてきたから食事の時間くらいは与えてやってもいい。うんそうだそれがいい王子、ごはんにしろ、うんと豪華にしろ。なにせ貴様にとっては最後の晩餐だからなあっはっは」
「僕は王子じゃない」
「ところで王子、今日のごはんは何だ」
「サンマがいいのがあったから刺身で。あと僕は王子じゃない」
「なんだと、サンマを生で食うのか。食べたこと無いぞ。他には何だ」
「だし巻き卵と、ほうれん草は……おひたしとゴマよごし。どっちがいい?」
「おひたしだ! かつぶしをたっぷりとな。王子! 料理の腕は確かなんだろうな」
「王子ではないけど、まあそれなりに」
「期待してるぞ、ヨミさまはしばらく世界情勢に耳を傾ける」
 テレビをつけてソファでごろ寝をはじめる少女。ここは僕の家のはずだったけど、おかしいな。
「ところでえっと、君」
「ヨミさまだ! 用件は手短にしろ、おなかすいたの!」
「僕、王子じゃないんだけど」
 きょとん、という表現がぴったり似合う顔をして、ヨミさまが首をかしげた。
「王子、じゃないの?」
「人違いだ、悪いけど」
「え? だってオージって。光の王子って……言ったじゃないかぁ」
「言ってない」
「言った、絶対言った! 聞いたもん!」
「言ってません」
「だーめー! 王子じゃなきゃヤなの! もうヨミさまおなかすいたのー!」
 ソファの上で足をバタバタとさせて駄々をこねるヨミさま。なんかもう、どんどん幼児化していってる気がする。
「はいはい、とりあえずご飯作るから。泣かないでね」
「……ヨミさま、泣いてないもん」
「デザートもあるよ」
「ほんとっ?」

 ミルクかんを食べながらヨミさまが問いかけてきた。
「貴様は王子と比べるとどのくらい偉いんだ」
「良くわかんないけど。……衣紋掛けとバッキンガム宮殿くらいの差があると思う」
「お前が宮殿のほうか?」
「まさか」
「……そっかぁ」
 その、そっかぁ。には明らかにバッキンガム宮殿程の価値はないよね、という落胆が混じっていたが、その通り。僕に警備の近衛兵を付けるだけの価値は無い。
「でも王子、ご飯おいしかったぞ。褒めてやる」
「王子じゃないけどね」
「うむ。ヨミさまは眠くなってきた、寝るぞ」
 ソファに飛び込むとそのままこてん、と横になる。
「あ、こら。ちゃんと歯磨いてから寝なさい」
「はぁい」
 渋々といった様子で、ヨミさまが洗面所のほうに向かっていった。
 今日も世界は平和だ。


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