『偽物語 下』西尾維新 天上天下唯我独損! あらゆる怪異を総ナメにする阿良々木暦の本領発揮、妄想惹起な下巻!
阿良々木暦をひとことで言うと、最強にして最弱である。
『偽物語』において彼にはふたつの側面がある。落ちこぼれかけの高校生で、半不死の半吸血鬼で、ファイヤーシスターズの兄貴で、脅威のセクハラ大王で、阿良々木ハーレムの最下層でうごめく卑しいウジ虫である。
……すでにみっつですらねぇ。モンティパイソンは難しい。
『化物語』もそうであるが、後日談たる『偽物語』は阿良々木暦のトークショー的な色合いが実に濃い。『化物語』はあれでも、エピソードごとに描かれる怪異に比重があったが、『偽物語』は怪異すらどうでもよくなってきている。
ではファイヤーシスターズの物語かというと、これまた微妙に違う。『偽物語』で阿良々木暦は、妹であるファイヤーシスターズを騙し、嘘をつき、キスをし、口の中を愛撫し、押し倒して胸を揉み続ける。最初から、最後まで。おはようから、おやすみまで。
妹たちが生まれてから――おそらくは――死ぬときまで。
阿良々木暦は、阿良々木火憐と阿良々木月火のお兄ちゃんであり続ける。つまるところ、上下巻にわたって阿良々木暦がひたすら語り続けていたのはファイヤーシスターズの物語――ではない。
善も悪も関係なく、日常も怪異も関係なく、エロとセクハラは関係なくもなく。
自分が、阿良々木暦が、ただ、ただただ、ファイヤーシスターズの「お兄ちゃん」であると。それだけを語り続けたのだ。
その覚悟を示すがごとく、阿良々木暦は敗北を続ける。読めば分かるが、読まないと分からないが、阿良々木暦は、やろうと思えばいつでも最強である。戦闘力的な強さという意味ではなく、精神的な強さという意味ではむろんなく、セクハラ大王的な意味はちょっとある。
なんとなれば、『偽物語』は阿良々木暦のトークショーであり、すべては彼の口からのみ語られるからだ。彼が語る言葉だけが物語を作り、彼が口を閉ざしてしまえば物語は消えてなくなる。
それどころか――
「最後に告白するが、実は僕に妹はいない。ここに語ったすべては妄想。“偽”物語だ」
なんて最後に彼が独白するだけで、すべてはひっくり返る。驚天動地どころの騒ぎではない。杞の人が言うところの天が地に崩れて落ちてくるほどの超展開だ。どうでもいいが、杞の人の妄想って四字熟語にすると“天地崩墜”でとてもカッコいい。
文字通りの意味で、文字通りだけの意味で、最強。それが阿良々木暦だ。
それなのに、それゆえに、それだから。
阿良々木暦は敗北を続ける。彼は常に勝てない。毒舌ではひたぎに、変態では神原に、巨乳では羽川に、噛み付きでは八九寺に、エロでは千石に。そして詐欺では貝木に。戦闘では影縫に。
彼は合わせたかのように、ぴったりと。相手の挑む戦いに、相手のフィールドに乗っかった上で、必ず敗北する。神原相手の花札のように、見かけの上では勝っているものも、気分的には完全な敗北だ。
繰り返される敗北は、阿良々木暦の、覚悟と――誠意であろうと思う。
繰り返し言うが、『偽物語』は阿良々木暦のトークショーである。どんな展開が待ちかまえていようが、最後は彼が「語った通り」になる。
だから、負ける。すべてを決定し、因果を律し、波動関数を収束させ、猫が生きてるか死んでるかを明らかにしちゃうがゆえに、阿良々木暦は自らの敗北を観測し続ける。
そして、だからこそ。
戦場ヶ原ひたぎは。あの毒舌クイーンは、下巻で消えたのだろうと思う。
阿良々木暦に、デレてしまったから。
阿良々木暦に、勝てなくなったから。
阿良々木暦は、語れなくなったのだ。
が、心配はいらない。
おそらく戦場ヶ原ひたぎは戻ってくる。
戦場ヶ原ひたぎがデレたのも、勝てなくなったのも、理由は明白だ。彼女はその卓越した戦闘センスと果断な決断力によって、阿良々木暦をのぞく全員から――つまり、阿良々木ハーレムの全員から――勝ち逃げを狙ったのだ。阿良々木暦が語れなくなれば、そうやって物語から退場してしまえば、それで彼女の勝利は確定する。
だが、同じことを、他の女性メンバーがやってしまえば。
彼女の勝利条件は消失する。物語の外に消えることで勝ち逃げを狙った彼女は、再び物語という舞台に上がらざるをえなくなる。
そしてその日は近い。きっと羽川が、あの委員長が、あの猫が。
動きはじめるからだ――巨乳的な意味で。

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